第35話『曲がらぬ者』


 選手交代。

 イリィナ様はふわりと後ろに飛び、勇者から距離を取って。



「――っ。待て! 逃げるのか魔王!? これだけの惨状を作り出しておいて。お前はぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 瞬間、また怒りをあらわにする勇者。

 だから。



「うるせぇよ。いい加減黙りやがれこんの勘違い野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」



 そんな勇者に負けじと俺は叫んだ。

 そのまま超絶手加減しながらあらかじめ用意しておいたハリセンで勇者の頭をぶったたく。

 

 ――スパァンッ



「ぐっ――」



 小気味いい音と共にその場に倒れ伏す勇者。

 当然、死んでない。

 やはりこれくらいの攻撃では勇者は死なないし、師匠的存在も現れないようだ。


 勇者はすぐにむくりと立ち上がり。


「この……そこをどけ魔王の尖兵! 俺は魔王に用があるんだ」


「そうか。でもそんなの知らねえよ。そもそも魔王様はお前なんかに用はないってよ。実際、お前なんか魔王様が相手するまでもないしな。だから俺が遊んでやるよ」


「遊ぶだと!? たかが魔王の配下のくせに大きく出たな。俺が魔王でもないお前なんかに負けるわけがないんだぁぁぁぁぁぁ!!」



 白銀に輝く両手剣を容赦なく振り下ろす勇者。

 それを前に俺は何もしない。

 両手を広げて無抵抗の姿勢を見せた。

 そのまま勇者の剣は俺を真っ二つに――




 ――ギィンッ!!



「………………は?」


「で? 誰が誰に負けるわけがないって?」



 振り下ろされた勇者の剣。

 それは俺の頭に直撃するも、傷一つ俺に与えられなかった。



「俺の攻撃が……全く効いていない? そんな。相手は魔王でもないただの魔族なのに」


「全く効いていない訳じゃないぞ? 当然のようにクリティカルヒットしたからな。ほんの少しだけ痛かったし、HPも減った。今のような攻撃を後数千回当てれば俺は倒せるだろうよ」


「数千……」


「ああ。もっとも、俺は回復アイテムも持ってるからな。それを込みで考えれば最低でも後数万回はクリティカルヒット出さなきゃいけないだろうな」



 もっとも、そんな数千数万の素振りに付き合うつもりなんて微塵もないけど。

 俺もただずーーーーっと何もせず突っ立ってるつもりはないしな。


「あぁ、それとお前。勘違いしてるみたいだから言っておくが、俺は魔族じゃなくて人間な?」


「嘘を吐くな! 悪逆非道の魔王に従うお前が人間? そんな馬鹿な話が――」



 スパァンッ――

 俺は再度ハリセンで勇者をしばく。

 超手加減したが、それでも勇者は情けなく「ぐぅっ――」とよろめいた。



「さっきから黙って聞いてれば……。イリィナ様が悪逆非道? この街の人たちを滅ぼした? 魔物を生み出した諸悪の根源? ふざけんな。全部、お前の勝手な妄想じゃねえか。誰もかれもが魔王を悪いように想像して好き勝手言って。お前はそれを鵜呑うのみにして。何が勇者だ。聞いて呆れる」



「勇者? いったい何の話をしているんだ?」




 訝し気な声を上げる勇者。

 あぁ、そっか。

 このアルトが勇者と呼ばれるのは魔王を討った後の話だからな。

 現時点で勇者と言われてもピンとこないか。


「――いや、違う。そんな事はどうでもいい。お前……さっきからいったい何なんだ!? 自分が人間だなんて嘘をついたり。まるで魔王は悪い存在じゃなくて、勝手にそういうものに仕立て上げられた存在みたいに言って。俺を動揺させるつもりなのか!? どこまでも汚い魔族め!!」


「実際、俺はそう言ってるつもりだよ。イリィナ様は悪い存在じゃない。今回のこの惨事に関してもな。これはある魔族の策略によって引き起こされたもので、イリィナ様はこの惨事を未然に防ごうとしていたんだよ」


「それこそ嘘だ!!」


「何を根拠に?」


「だって、俺は見てきたんだ。魔物に殺される人々を。魔族によって苦しんでいる人々を。魔王もそうだ! さっきも、罪もない子供を手にかけていて……」


「イリィナ様が罪もない子供に手をかけたその瞬間をお前はきちんと見たのか?」


「当然だ! しっかりこの目で見たぞ。魔王がその手で罪もない……子供を……」


 次第に声を小さくしていく勇者。

 そんな勇者に俺は静かに言ってやる。


「イリィナ様はな。罪もない子供が同族の魔族に殺されて。それを嘆いていたよ」


「な………………」


「必死に魔族の侵攻を抑えようとして。でも、無理で。だから自分のせいだって。子供の亡骸の前で泣いて謝っていたよ。そこにお前が現れたんだ」


「………………」


「魔王が魔物を生み出してるってのもどっかの誰かが言い出した嘘だ。現に、俺はイリィナ様が魔物を生み出してる姿なんて見たことがない」


「………………」





「なぁ、アルト。お前はそれでもイリィナ様……魔王が悪だって。諸悪の根源だって。そう言うつもりなのか? 確かに今回の惨事、イリィナ様にも非はあるだろうさ。なにせ、魔王なのに配下の魔族を御しきれなかった訳なんだからな。だけど、それって許しがたい悪なのか? 本当に悪いのは今回の惨事を引き起こした奴じゃないのか?」



 俺の問いかけに勇者は黙ったままだ。

 やがて。



「――だ」


 勇者が小さく何かを呟いた。

 けれど、声が小さすぎて聞き取れない。


「なに?」


「―――そだ」



 うつむき、震える勇者。

 やがて奴はまっすぐ俺を見据え、憎悪に燃えた目でハッキリと。



「――嘘だ!!」



 嘘だと。そう言いきりやがった。



「嘘?」


「あぁ、嘘だ! 騙されないぞ魔族め! お前が人間であるなんて信じてもやるもんか! いや、仮にお前が人間だとしても関係ない。魔王に与する人間も俺の敵だ! 魔王がすべて悪い! 魔王を倒しさえすれば世界中のみんなが救われるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 なにもかも魔王が悪い。

 そんなバカげたことを叫びながら突貫する勇者。




 ああ、本当にこの勇者は人の話を聞かない。

 自分の信じたいものだけを信じている。

 呆れた正義だ。

 だからこそ――――――俺はこいつを絶対に認めない。



「こんの馬鹿勇者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 全力全開の一撃。

 俺はハリセンにすべての力を込め、ひっぱたく!

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