第34話『路線変更』
アルト・ディセンバー。
黒と金のオッドアイの眼を持つ黒髪の青年。
こうして見ると少し顔立ちが整っているだけの青年だし、見るからに弱そうだ。
だが、侮ってはいけない。
こう見えてもアルトはゲーム『ファイルダー・レゾナンス』の主人公であり、後に勇者と呼ばれる存在だ。
現時点では見た目通り弱いだろうが、後々は単独で魔王を倒せるほどの実力者になる。
そうなったら最後、俺やセーラでも勝てるかどうか。
いや、無理だな。そうなったらほぼ確実に勝てない。
だからこそ、こいつとは敵対したくなかったのに。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
その手には白銀に輝く両手剣を携え、アルトはイリィナ様へと迫る。
「ちょっ。なんなのこいつ。話を聞きな……さいっ!!」
ギィンッ。
硬質化させた自身の爪でアルトの攻撃を弾くイリィナ様。
「くぅっ――」
たまらず軽く吹き飛ばされるアルト。
けれど、それくらいで奴は諦めない。
きちんと受け身を取り、そのまま愚直にイリィナ様へと再度剣を向けてきた
当然、話を聞く様子は微塵もない。
「まだまだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「この……だから話を……。いや、待って。この状況……まさか……。ヴァリアン、もしかしてこの子が!?」
さすがイリィナ様。
セーラやイリィナ様にはゲーム内で起きる主要イベントについて既に話している。
だからこそ、事ここに至ってイリィナ様も感づいたようだ。
「ええ、イリィナ様。こいつこそが例の勇者。アルト・ディセンバー。俺たちが最も警戒すべき相手です」
「アルト・ディセンバー。この子が例の……」
「この方がヴァリアン様が言っていたあの……」
イリィナ様とセーラの目つきが変わる。
目の前の相手を取るに足らない相手ではなく、決して油断してはならない存在として再評価したのだ。
「何をごちゃごちゃと! ここで俺がお前を。お前をぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「くっ……。さっきから馬鹿の一つ覚えのように特攻してきて……。この……剣を引きなさいアルト・ディセンバー!! 私たちはあなたと争う気なんて欠片もないのよ?」
「何を今さら。そんな言葉で俺は騙されないぞ魔王! お前のせいでみんな苦しんでるんだ。お前に分かるのか? 平和だった村がたった一匹の魔物によって滅ぼされる理不尽。そんな理不尽がこの世界にはありふれているんだ。そんなの、絶対に間違ってるんだぁぁぁ!!」
「何よそれ!? そんなの私、関係ないじゃない!?」
「多くの魔物を生み出しておいてぇぇぇ!!」
「あなたたち人間が魔王である私の事をどう思っているのかは聞いたけれどね。魔物云々に関しては完全に濡れ衣よ!! だから話を――」
「うるさいうるさいうるさい! お前ら魔族と話す事なんかあるもんか! いつもいつも人を苦しめて。それだけじゃ飽き足らず、平和に暮らしていたはずのこの街の人々まで無残に殺し尽くして……。許さない。俺が絶対にお前を倒す。倒すんだぁぁ!!」
「それは――」
怒りに震える勇者。
本当に。全く。これっぽっちも話を聞く気がない
そんな勇者に対して、イリィナ様は律儀に付き合っていて。
「今のところヴァリアン様の言っていたシナリオ通りですね。そして、だからこそイリィナさんは本気を出せていない。あの程度の人。イリィナさんなら片手で吹き飛ばせるでしょうに」
「………………ゲーム通りだとイリィナ様が勇者に致命的攻撃をする瞬間、勇者の師匠的存在が横から出てきて体を張って勇者を庇う。それでその師匠は半死半生の傷を負って、それでも勇者を逃がす時間を稼ぐべくイリィナ様へと立ち向かうんだ」
「そうしてイリィナさんから逃げ延びた勇者は師匠の死を嘆き、同時に魔王への復讐を決意して力を求め、やがて魔王を打ち倒すという訳ですか……。だからこそイリィナさんは本気を出せないんですね。うっかり勇者に致命的攻撃をしてしまえばその瞬間、私たちが恐れているシナリオ通りになってしまうかもしれないから」
ぶっちゃけ、今の勇者はとんでもなく弱い。
なにせ今ってゲームでいうとプロローグ部分だからな。
そこらの魔物とやりあっても苦労するレベルだろう。
だからこそ、イリィナ様は苦しんでいる。
どれだけ手加減した攻撃であっても、それが勇者にとって致命的攻撃になるかもしれないから。
その攻撃を横から師匠的存在が出てきて勝手に喰らい、勝手に半死半生の傷を負って死んでしまうかもしれないから。
「どうして。どうしてお前ら魔族はそんなに争いを望むんだ!? 強いのがそんなに凄い事なのか!? 弱者をいたぶるのがそんなに楽しいのか!? なぁ、答えろよ。答えろよ魔王ぉぉぉぉぉぉ!!」
「それ……は……」
ああ、それにしても腹が立つ。
こっちの事情について何も知らないくせに。
自分が正義だと信じて疑っていなくて。
魔王であるイリィナ様を悪だと最初から決めつけていて。
手加減されているとも知らず、弱いくせに好き勝手言いたい放題。
その攻撃はイリィナ様に全く届いていないけど、勇者の言葉を聞くたびに顔を悲痛に歪ませるイリィナ様の姿がもう見ていられなくて。
同時に、対面していてそんな事にも気づいていない様子の勇者の鈍感さ具合に更に腹が立って。
だから――
――ギィンッ。
「な、なに!?」
「ヴァ、ヴァリアン?」
共に驚く目の前の勇者。それと俺の背後に居るイリィナ様。
勇者がイリィナ様へと振り下ろした剣。
それを俺は自分の身体で受けとめていた。
「クソッ。新手の魔族か。卑怯者めっ! 一対一の勝負に水を差すのか!? これだから魔族は――」
うるさく喚く勇者。
そんな勇者に俺はたった一言。
「――――――黙れ」
とだけ言ってやった。
するとあれだけやかましかった勇者が「う……」と静かになる。
「ヴァリアン。私は――」
「イリィナ様。ここは俺にお任せを。イリィナ様はこいつの相手をすべきじゃありません」
なにせ、俺たちはゲームのシナリオから逃れようとしているんだからな。
ゲームのシナリオ通り、この場で魔王であるイリィナ様が勇者の相手をする必要はない。
むしろするだけ損だ。
だからこそ、勇者の相手はこの俺がする。
それにより、ゲームのシナリオとは違う道筋をたどることが出来るだろう。
それで結果がどうなるのかは分からないが、それでもイリィナ様が勇者の相手をするよりはマシだ。
「――――――分かった。ヴァリアン。後はお願いね」
「お任せを。イリィナ様」
さてと。
イリィナ様から託してもらったし、今度は俺が勇者の相手をする事にしよう。
さぁ………………選手交代だ。
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