第33話『逃れられぬ展開-2』


 ジョバンニの街を攻めようとしている魔族達を止めるべく奔走した俺、セーラ、イリィナ様の三人。


 俺たちは三手に別れ、それぞれ力づくでもなんでもいいからと手段も選ばず魔族達を止めようとしていた。



 みんな頑張った。

 俺もセーラもイリィナ様も。人間も魔族もあまり傷つかないように。死なせないようにと頑張ったんだ。


 そうしてみんな頑張って頑張って頑張って。

 色々と不測の事態やらなんやらが起きつつもなんとか犠牲者を出さないようにと動いたその結果。

 その結末を先に言わせてもらおう。



 無理でした。

 なにせ今回、ジョバンニの街を攻めようとしてきた魔族の総数は約十万の軍勢だったらしく。

 俺達三人で止められる規模ではなかったのだ。


 既にジョバンニの街を守っていた砦は崩れている。

 そこから魔族達が無尽蔵にジョバンニの街へと攻め入り、ジョバンニの街は火の海となっていた。


 その中で――





「剣を下ろしなさい! 私たちが戦う理由はないのよっ! これは仕組まれたことで――」



 未だに諦めずに魔族達を止めようとしているイリィナ様。

 けれど、魔族達はその言葉に耳を貸してくれなくて。



「どけぇ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁ! 人間めよくもぉぉぉぉぉっ! 俺の家族を返せぇぇぇぇぇ!!」



 激昂している魔族の男。

 強靭そうな肉体。頭から伸びる禍々しくも赤黒く輝く角。

 とてもおぞましい姿であるというのに、そんな彼の瞳からは大粒の涙があふれ出ていた。


 よほど人間が憎いらしく、正気を失っているようにも見える。



「あなたがどうして人間に対してそこまでの怒りを抱いているのか。それは分からない。だけど、このまま暴れさせておく訳にもいかないの。ごめんなさい」


 そう言って。

 イリィナ様はなんらかの魔術を用いたのか。

 暴れている魔族の男を大人しくさせた。


「うぐっ……まだ……俺は……サチコォ……」


 そのまま倒れ伏す魔族の男。

 呼吸はきちんとしており、死んでは居ない。

 イリィナ様は無事に魔族の暴徒を一人、無力化させたのだ。


 けれど、喜べない。喜べるはずがない。

 なにせ、こんな風に怒りに支配された魔族はこいつだけじゃないのだから。

 今も幾十、幾百もの魔族達がこの男のように怒り狂い、その衝動のままに暴れまわっているのだ。


 それを止める事など、もはやできない。





「くっ……どうしてこんな。ごめんなさい。私がもっと早く行動していれば。もっと早くジーの企みに気づいていれば……。ごめんなさい……ごめんなさい……」



 火の手があちこちで上るジョバンニの街。

 魔族達の怒号、逃げ回る人間達の悲鳴。

 そんな戦場の中、イリィナ様は既に息を引き取っている人間の子供の前で謝り続けた。



「こんな子供まで巻き込んで。ジー達のつまらない策略のせいで多くの人を死なせて……。ふふっ。魔王が聞いて呆れるわ。私、何もできてないじゃない……」



 子供の死体の前でそう毒づくイリィナ様。

 今も多くの魔族達がジョバンニの街で破壊活動を続けている。

 けど、俺たちはそれを止められない。


 一部の奴らを無理やり止めることは出来るだろうけど、その全員を止める事なんて到底できないんだ。


「イリィナ様……」


「ねぇ、ヴァリアン。人間って……何?」


「………………」


「人間は悪だって。徒党を組んで私たち魔族に牙を剥く存在だって。そう私は教わった。けど、こんなの見せられたら信じられないじゃない。何が正しいのか、分からないじゃない……」



 基本的なスペックにおいて、人間は魔族よりも貧弱だ。

 もちろん、俺やセーラのように例外なんていくらでもある。

 けれど、種として見れば人間は魔族より弱い。



 結果、このジョバンニの街では多くの人間が魔族の手によって殺された。

 相手が子供だろうが女だろうが、怒りに駆られた魔族達は容赦なく殺したのだ。

 そんな場面を見せられ、さしものイリィナ様も困惑しているようだ。




「強者が勝ち、弱者が損をする世界。圧倒的多数が勝ち、少数が損をする世界。私は、私のように損をする人が少しでも救われればいいと。そう思っていたわ。けど、これは違うのよ。こんな……こんなか弱い人間の子供が死ぬような。そんな世界なんて願い下げなのよ……」


 怒りに震えるイリィナ様。

 その怒りに反応しているのか、イリィナ様の周りにある瓦礫が徐々に崩れていく。

 まるで空気そのものが震えているような。そんな光景だ。



「私はただ――」


 イリィナ様が何かを言いかける。

 その時だった――




「――やっと見つけた。お前が……お前が魔王だな!?」



 鋭い声がその場に響く。

 声のする方向を向くと、そこには白銀の鎧を身に纏った青年が居た。



「その圧倒的な存在感。子供すら手にかける邪悪。お前が……お前が何の罪もないこの街の人たちを殺した元凶か!?」


「――ちがっ!?」


「クソ。どうしてだよ魔王!? 魔物を生み出し俺たち人間を苦しめ、それだけじゃ飽き足らずこんな大虐殺まで。お前には欠片ほどの慈悲の心もないのか!?」



 イリィナ様の言葉をさえぎり、ただ怒りのままに吠える青年。

 そんな二人を見て、俺は絶句していた。


 ――俺は、この場面を知っている。

 そして、これは絶対に避けなければならなかった場面だ。


 だからこそ絶対に回避すべく俺たちは動いていたのに、運命の強制力でも手伝ったのか、結局はこうなってしまった。

 その青年の事を、当然俺はよく知っている。


 なぜなら――



「覚悟しろよ魔王! お前はこの俺が倒して見せる! この場でお前を倒して、二度とこんな悲劇は起こさせない!!」


「――現れやがったか。アルト・ディセンバー……」


 アルト・ディセンバー。

 こいつこそがゲームにおいて魔王であるイリィナ様を倒す存在。

 後に勇者と呼ばれるゲームの主人公なのだから――


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