第32話『逃れられぬ展開』


「……キィ? マオウ?」



 それを聞いて完全停止するキオノピー。

 こいつもイルジオーネのボスさんのようにあり得ないと断じるのだろうか。

 そう思いながらキオノピーを見ていると、奴はガクガクと体全体を震わせ。



「ウスモモイロノカミ……。シンクノヒトミ……。ソレニコノボウダイナマリョク。ア。アァ。アァァァァァァァァ!? ソンナ。アリエナイヨ。ドウシテ。ドウシテアナタガココニイルンダァァァァァ!? アルジハナニヲヤッテ――」


 さすがは魔族とでも言うべきだろうか。

 イルジオーネのボスさんとは異なり、イリィナ様が真に魔王である事。

 それをキオノピーはきちんと理解できたらしい。


 魔王であるイリィナ様がこの場所に居るわけがないと騒ぐキオノピーだが。



「あなたの主であるジー。宰相なら既に始末したわ。もっとも、魔族領内において宰相は失踪したという事になっているけれどね」


「……エ?」


 自分の主が始末されていると聞かされて。

 それがよほどショックだったのか。キオノピーは微動だにしなくなる。

 しかし、すぐに奴は「キキ」と小さく笑い。



「キキ。キヒヒ。キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ。アァ、ソウカ。ソウナンダネマオウサマ! ソッカ。アルジはヤラレチャッタカァ。コノヨノニンゲンヲカイナラシ、スベテヲジュンスイナルマゾクがテニイレルセカイ。ボクモソンナセカイヲミタカッタノニナァ!!」



 壊れたように笑うキオノピー。

 何かを企んでいるのか?

 けどこの状況、奴は完全に詰んでいるはずだが……。



「この世界の人間を飼いならす……ね。そんなつまらない事をジーは考えてたのね。だからこそこうして無理に戦争の火種を作ろうとしていたと……。でも、ご苦労様。そんな未来は訪れないわ。私が魔王である限りね」


「イイヤ。ソンナセカイニナルサ! マオウサマ。アルジニアヤツラレルママダッタアナタガコウシテボクタチノジャマヲスルヨウニナルナンテオモワナカッタケドサ。デモ、ザンネンナガラウゴクノガオソカッタネ!!」


「遅かった?」


「スデニウゴキダシタマゾクタチハトマラナイヨ! コノマチデノタタカイ。ソレヲキッカケニマゾクトニンゲンノアラソイハケッテイテキナモノニナルノサ! モウダレニモトメラレナインダヨ!! キーヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」



 笑い転げるキオノピー。

 魔族と人間の争いがジョバンニの街の戦いをきっかけに激化する。

 そんな未来を予想して、笑いまくっている。


 実際、何もしなければそうなるからな。

 ゲームでもこの魔族の大侵攻をきっかけに魔族と人間の争いは決定的なものになるし。


 けど、今回はゲームとは違う。

 なにせゲーム内ではいつも勇者の敵役としてジョバンニの街を攻めていたはずのイリィナ様がこうして真実にたどり着いたのだから。



「遅くない。決して遅くなんかないわ。この街を攻めてきている魔族のみんな。彼らに事情を話して退いてもらう事は可能なはずよ! この街に捕らえられていた魔族の奴隷。彼らは同族の魔族が人間との戦争のきっかけ作りの為に人間へと引き渡していたのだと。真の元凶は人間などではなく、あなたとあなたの主に関係する者であると。そう納得してもらえばいいのよ」





 戦争は起こさせない。

 ジョバンニの街を魔族が攻めに来ているとはいっても、まだ間に合うはず。

 そうイリィナ様はやる気をみなぎらせる。


 それをキオノピーは「キヒヒヒヒヒ」と笑いながら見ていて。


「ソウダネェ。モシカシタラマニアッチャウカモシレナイ。ダカラ、ネンニハネンヲイレテオクコトニスルヨ!!」



 そう高らかに言うキオノピー。

 彼は自身の口を変形させ、高速回転する銀の刃を出してきた。



「――まだ実力差が理解できていないの?」



 やれやれと肩をすくめるイリィナ様。

 それでも「キヒッ」と小さく笑うキオノピー。


 それを見て――――――俺は奴がやろうとしている事に遅れて気づいた。



「違いますイリィナ様!! 奴は自分を壊すつもりです!!」


「え? ……あ!?」


「なんですって!? クッ……させな――」



「モウオソイヨッ!!」



 イリィナ様が何かする間もなく。

 キオノピーは勢いよく銀の刃で自分の胴体を真っ二つにした。



「ちぃっ!!」





 俺はすかさずエリクサーを取り出し、キオノピーへと振りかける。

 HPが少しでも残っていれば全回復するエリクサー。

 これでキオノピーは再生するはず。

 後は自殺できないように動きを封じれば――



「キヒ……ヒ。ナニヲヤロウト……シタノカハ……シラナイケドネ。ムダダヨ。コレデヨウヤク……マゾクノセカイガハジマルンダ」



 ボロボロになって崩れていくキオノピー。

 再生する様子はない。



「ダメ……だったか」



 HPが少しでも残っていればエリクサーは対象を全回復させてくれる。

 けれど、おそらくキオノピーのHPは先ほどの一撃で0になってしまったのだろう。

 いくらエリクサーでも、死んだ相手を蘇らせることはできない。


 そしてこの『ファイルダー・レゾナンス』の世界に蘇生アイテムは存在しない。

 勇者パーティーの誰かが死んだら即ゲームオーバーとなるこのゲームに、蘇生アイテムはそもそも用意されていないのいだ。


 一度訪れた死はどうすることもできない。


 つまり――キオノピーの死をどうにかすることはできない。



「アァ。ニクキニンゲンドモ。ボクノテデニンギョウミタイニアヤツリタカッタナァ。マ。イイカ。ジゴクニボクガイケルノカハワカラナイケド。ソコデニンゲンドモヲマツノモオモシロイカモネ。アソビツクシテヤルンダヨ。キヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒィ!!」



 そうやって人間への憎しみをあらわにしながら。

 キオノピーの肩だはどんどん崩れていき。

 そうして………………奴は物言わぬガラクタになった。






「………………ヴァリアン様、イリィナさん。念のため確認しましたが、捕らえられていたと思われる魔族達はみんな、殺されていました。おそらく、キオノピーが」


「……だろうな」


「くっ……なんて事を」



 キオノピーが言ってたものな。

 魔族の奴隷達は既に始末したって。

 俺たちがここでやりあっている間。あるいはそれよりも前にやつは肝心の魔族の奴隷達を消してしまっていたんだ。



「これでジョバンニの街を攻めてくる魔族達を止めるのはかなり難しくなってしまいました……」


「そう……だな」



 そもそもの話、魔族の奴隷達が殺されてしまっている時点で分が悪い。

 仮に生きてさえくれていれば、その姿を魔族達に見せて怒りを抑えて侵攻を止めさせることも出来たかもしれない。


 けど、もうそれは不可能だ。


 なら、今回の魔族の奴隷の一件。真の黒幕が人間ではなく開戦をもくろんだ一部の魔族であるという真実を説明してジョバンニの街を攻めるのをやめさせるか?

 難しいだろう。


 同族がそんな事をしているなんて。口で説明されたところで納得できるわけがないし。

 そもそも、暗躍していた魔族。その中で判明している宰相とキオノピーは既に死亡している。

 さらに実行犯であるイルジオーネのボスさんもキオノピーによって始末されているし。


 そんな三人の死体を見せながらこいつらこそが今回の黒幕であり、魔族の奴隷を殺したのはキオノピーなのだと魔族達に説明しても信じてくれるとは思えない。


 せめてキオノピーが生きていてくれていて、魔族達の恨みを一身に受けてくれていればまだ望みはあったのかもしれないが、奴はそれを恐れたのか自殺してしまったからな。



 生き残ったイルジオーネのボスさんに魔族達の恨みをぶつけてもらう事は可能かもしれないが、しょせんボスさんは人間。ボスさんを殺した後、魔族達の恨みが人間全体へと向かうのは想像に難くない。




 そうしてしばらく考えていると。



「――――――おい、聞いたか? 魔族の軍団が現れたって」


「そんな。どうしてこの街に……」


「知らねえよ。とにかく逃げるぞ!! なんでもすげえ数で攻めてきたらしい」



 辺りが騒がしくなってきた。

 キオノピーの言っていた通り、魔族の軍勢がジョバンニの街から見える範囲に現れたのだろう。



「イリィナ様。どうしますか?」



 目をつぶって考えているらしいイリィナ様。

 やがて彼女は目を開き。



「止めるわ」



 そう告げた。

 そのままイリィナ様は俺とセーラをまっすぐに見つめ。



「ヴァリアン。それにセーラ。お願い、私に力を貸して。一緒に……魔族達を止めて欲しいっ!」



 そう言って、俺達を頼ってくれた。

 正直、無理ゲーだと思う。

 だが――



「分かりました!」


「出来る限りの事はします」



 そうして。

 俺、セーラ、イリィナ様の三人はジョバンニの街を攻める魔族達を止めるべく、行動を開始した――


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