第31話『二度目の名乗り』


 豪快に腹を貫かれたボスさん。

 ついさっき俺達に向かって「つまり――お前らはここで死ぬ」とどや顔で宣言していたボスさん。

 しかし悲しいかな。どうやら死ぬのはご本人さんのようだ。


「なっ……んだとぉ。貴様……なんのつもりで……」


「キーヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ。イヤァ、ナンノツモリッテイワレテモネェ? ボクハヨテイドオリニウゴイテルダケダヨ? モウオマエヨウズミー。シンソウヲシルヤツハヒトリモイカシテオケナイヨー。キヒヒヒヒヒ」


「なにを……」


「ダイジョウブ。ダイジョウブダヨ! オナカマモキミノテキモミンナミーンナボクガアトデキミノモトニオクッテアゲルカラ! ア、ソウソウ。マゾクノドレイネ。サキニアノヨニオクッテオイタヨ。ダカラニガサレルシンパイナイヨ! アンシンダネ!」


「「「「んなっ!?」」」」



 ボスさんを含めた全員が声を上げる。

 ボスさんが捕らえていたという魔族の奴隷。

 それをこいつが殺した?



「スジガキハコウダヨ! マゾクノドレイヲアツカッテタオマエラヲセイバイスベクセイギノマゾクノグンダンガココニトウチャク!! デモザンネン! オイツメラレギャクギレシタキミタチハマゾクノドレイトムリシンジュウシテイタノデシタ! イヤァ、ワルイヤツダネェ。ボクモゲキオコノオコダヨ。キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」



「魔族の軍団がここに到着? おい待て。もしかして魔族はもうジョバンニの街を攻めに動いてるのか?」


「ソノトオリ! スデニマゾクノグンダンハココニムカッテイルヨ。ホントウハモットハヤクコウナッテタハズナンダケドネ! デモ、ボクノアルジガユクエフメイニナッチャッタリデスコシオクレチャッタンダ。ホント、アルジッテバドコニイッタンダロウネ? カンタンニシヌヨウナヒトジャナイハズダケド」



 首をかしげて自分のあるじがどこに行ったのかと不思議がるキオノピー。

 そしてイリィナ様の話によるとこいつは宰相に仕えていた魔族らしい。

 つまり、こいつの主は宰相という訳で。



「あんの爺……死んでからも迷惑かけやがるのか……」



 俺やイリィナ様の仕業だとばれないようにあの宰相には行方不明になってもらったのに、まさかこんな所でも奴の手による邪魔が入るとは。

 本当に。実に迷惑な爺である。


「サァテ。モウタネアカシハジュウブンカナ!? ボクハオシャベリダイスキダケド、ジカンヲカケスギルトアルジニオコラレチャウンダ。トクニ、コンカイハナンノジジョウモシラナイマオウサマガクルカモシレナイッテハナシダカラネ。ソノマオウサマハナンデカグンタイトベツコウドウシテルラシイケド」



 意気揚々と俺達を殺す宣言をするキオノピー。

 けれど、その発言には致命的な矛盾があった。


「………………ねぇキオノピー。あなた、何の事情も知らされていない魔王を騙すために、事情を知ってしまった私たちを殺すと。そう言っているのよね?」


「ウン! ソウダヨ! コロスコロス! キヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」


「そう。でもそれ、あらゆる意味で不可能よ?」


「フカノウ? ドウイウコト? ア、モシカシテオジョウサン!? コノボクニカテルトカオモッテル!? アハハハハハハハ。ムリムリ。イクラボクデモソコラノニンゲンナンカにマケルワケナイジャナイカッ」


「まず一つ目の勘違い、正確には私は人間じゃない。半分人間で、半分魔族よ」



 そう言いながらおもむろにイリィナ様はキオノピーへとその手を伸ばし。

 口元で何かを小さく呟いた。

 瞬間――



「ギヒッ!?」



 人形のような体のキオノピー。

 その右手が黒ずんでいき、灰となった。




「イギィッ!? ボ、ボクノ。ボクノテガァ!?」


「あら大変。でも、大丈夫よ。大人しくしてくれるならこれ以上は何もしない。その右手も直してあげるわ」


 優雅にほほ笑むイリィナ様。

 右手を失ったキオノピーは怒りくるう。


「コノ……イイキニナルナヨオンナァ!! オマエガニンゲンジャナイノハオドロキダケドネ! タカガハンマガコノボクニカテルワケナイダロォォ!」



 激昂したキオノピーが素早い動きでイリィナ様へと迫る。

 けど――



「二つ目の勘違い。あなたは私に勝てると思っているようだけど、そんな訳がないでしょう? そもそも、あなたの本領はだまし討ち。人形の振りをしながら相手を闇討ちするのが本来のあなたのやり方のはず。もっとも、闇討ちでどうこうなる実力差でもないのだけれどね」



 言いながら魔術によって自身の爪を鋭く伸ばし、武器とするイリィナ様。

 その爪でもってキオノピーを迎え撃ち、今度はキオノピーの左腕を斬り飛ばした。



「イギィッ!? コンナ……アリエナイヨ。コノボクガ。コノボクガハンマゴトキニィィィィィィィッ!!」


「半魔だからって純粋な魔族よりも弱いとは限らないでしょう? 確かに、魔族領内において生き残っている半魔の数はかなり少ないわ。でも、それは単純に他の種族とくっつこうとする奇特な魔族が希少であるというだけのこと。それと差別問題ね。半魔はどこでも忌み嫌われるらしいから。そのせいで私のように育つ半魔は極少らしいわよ?」



 キオノピーを切り裂いた爪をペロリと舐めながら平然としているイリィナ様。

 四天王に匹敵する実力の持ち主であるらしいキオノピーを相手に圧倒している。


 もっとも、それは当然の事なのだが。

 なにせイリィナ様、魔王だしね。

 四天王に匹敵する実力をキオノピーが持っていようと、魔王であるイリィナ様に勝てるわけがない。


 イリィナ様はそのまま爪を三本立て。



「そして三つ目の勘違い。これが致命的ね。キオノピー。あなたは世間知らずでお城に閉じこもりがちな魔王を騙すために色々と画策していたんでしょうけどね。それ、もう無意味よ? なにせ――」




 そうしてイリィナ様は。

 


「私が魔王、イリィナだもの」



 自身が魔王であると。

 イルジオーネのボスさんに告げたのと同じように、再度キオノピーにもそう名乗った。



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