第29話『騙る者』


「ふん。こうもあっさりBランク冒険者パーティーである『シタサン』や部下たちがやられるとはな。俺の目も節穴だったという訳か」


 部下たちが次々とやられていると言うのに動揺する様子もないボス。

 こいつにこの状況を覆せるような力があるようには見えないが……何か策でもあるのだろうか?

 もっとも、どんな策があろうが魔王であるイリィナ様が負けるなんてところ、想像すらできないんだけどな。


 そもそも、この世界のラスボスこと魔王であるイリィナ様が勝てない相手なんてそうそう存在しないはずだし。

 

 なのにこの『イルジオーネ』のボスのこの余裕。

 なんか不気味だ。



「さて、貴様ら『セーヴァ』に問う。貴様らが求めるのは魔族の奴隷の解放。それに私たちを法の下に裁く事。この二点で相違ないな?


 静かに俺達『セーヴァ』へと尋ねてくるボス。

 それに対して俺が答える。


「ああ、そうだ。それさえ守ってくれればこれ以上は勘弁してやる」


 そんな俺の言葉にボスは腹を立てた様子も怯えた様子も見せず、ただ不敵に笑って見せる。


「ふっ。お優しい事だ。とはいえ、貴様らの方こそこの辺りでやめておくことだな。さもなくば後悔するぞ?」


「後悔ですって?」


 イリィナ様がボスの強気な態度が気に入らないのか、苛立ちを見せる。


「あぁ、そうだ。そもそも、仮に貴様らが私たちを倒したところで何も変わらんのだ。私たちの組織が潰れたとしても、それに変わる組織がまた一つ生まれるだけ。そして、私たちの商売を邪魔した貴様らは死ぬまでその命を狙われるだろうな。それだけ強大な存在が我々には付いているのだよ」


「強大な存在……だと?」


「そうだ。魔族の奴隷を売買するこの一件。これには魔族が……しかも魔王が関わっているのだからな。いかに実力者である貴様らといえど、魔王とはやりあえないだろう?」



「「………………え?」」

「な、なんだって!?」


 自信満々にそんな事を告げる『イルジオーネ』のボス。

 馬鹿な。

 魔族の奴隷を売買するこの一件に魔族が。しかも魔王様が関わっているだって!?


 そんな……。

 そんな馬鹿な………………。

 ………………………………?

 ………………………………………………………………あれ?

 ………………………………………………………………いや、どういう事?



「「ジーーーーーー」」



 俺とセーラが無言でイリィナ様を見つめる。

 するとすぐにイリィナ様は首を『ぶんぶんぶん』と横に振って違うと否定する。

 そんな俺たちのやり取りに気づかないまま、『イルジオーネ』のボスは続ける。



「どうも魔王は人間との戦争を望んでいるようでな。そのきっかけとして魔王が利用しようとしているのが魔族の奴隷だ。魔王は機をうかがって奴隷達を救う為にという大義名分を掲げ、こちらに攻め込むつもりらしい」


「「へぇーー」」


 再び俺とセーラの二人でイリィナ様を見る。

 けど、やっぱり全力で首を横に振っていた。


「まったく、笑える話だとは思わないか? 俺たちが扱っている魔族の奴隷と言うのは他ならぬ魔族によって調達されたものだ。その魔族の奴隷を助ける為に奴らは仕掛けてくるというのだからな」


「ま、魔族によって調達? ちょ、ちょっと待ちなさいよ。人間が魔族領に行って魔族達を捕らえていたんじゃ……」


「魔族領などという危険な地域にわざわざ出向けるわけがないだろう。魔族は子供であっても魔術を使えるのだからな。メリットに比べ、デメリットがあまりにもでかい」



 うーん……。

 つまり、こういう事か。




 魔族の奴隷を売買していた『イルジオーネ』は魔族の誰かに命令されて魔族の売買を行っていた。

 それを指示していた魔族はその問題を魔族間で大きく取り上げることで人間領へと攻め込む口実にしようとしていた。

 その為に実際に同族である魔族の奴隷を『イルジオーネ』へと引き渡し、着々と戦争の準備を整えていると。


 筋書きとしてはこんな所か。

 つまり――



「魔族の誰かが戦争を起こしたくてやりたい放題やってるってことですね」


「人間は集団で魔族の子供達をさらう蛮族って話を魔族領で聞きましたけど……その魔族の誰かさんはそういう噂を広めたりして魔族領内で戦争の機運を高めていたのかもしれませんね」



 つまり、元凶はこいつら『イルジオーネ』ではなくその魔族という事だ。

 もちろん、こいつらもその元凶に手を貸してるから同罪といえば同罪だ。

 だけど、こいつらをやっつけて裁いてもらうだけで済む問題じゃなくなってしまった。



「ちぃっ! 誰よ。そんな事をしている馬鹿は」



 憤るイリィナ様。

 無理もない。


 まさか味方であると思っていた魔族達が同族の魔族の子供を奴隷として人間達に押し付け、それを騒ぎ立てて戦争だ戦争だと騒ぎ立てていただなんて思ってもみなかっただろうからな。



「? 言っただろう。これは全て魔王の意思だ。そこにはきっと魔王らしく邪悪で壮大な目的が――」



「んなもんあるわけないでしょう!? あなたは黙って捕らえている魔族の子供達をこっちに渡しなさい!」


 イルジオーネのボスに向かってマジギレするイリィナ様。

 その心中、俺とセーラには理解できます。

 でも当然、そんなのイルジオーネのボスは分かるわけもなく。



「そんなものがあるわけがない? これは異なことを。それではまるで貴様が魔王の意志を正しく理解しているというように聞こえるぞ?」


「少なくとも私以上に魔王の意志を正しく理解できている者なんて居ないと思うけど?」


 そりゃそうだ。

 なにせイリィナ様こそが魔王様ですからね。


「――話にならないな。そもそも、こちらが管理している魔族を渡すなどできるわけがない。渡せば最後、私は魔王の不興をかって殺されるだろうからな」


「絶対に不興をかわないと思うのだけれど?」


 イリィナ様がそう言うなら絶対に不興をかわないね。

 だって、魔王様であるあなたがそう言ってるんだもんね。


「さっきから貴様、何様のつもりだ? 一体何の根拠があって――」


 その時。

 イリィナ様は自身の顔に被せられた仮面を外した。


「根拠? 当然あるわ。なにせ私こそが魔王イリィナ本人だもの。それ以上の根拠が必要なのかしら?」



 そう言ってイリィナ様は自身の正体を明かすのだった。



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