第25話『魔王様、人間領に現る』



「マジですか………………」



 魔王イリィナ様。

 人類から恐れられる魔王という存在。

 そんな彼女が今――



「ふぅん。ここが人間の街なのね……。魔族の街よりもよほど発展している。強固な外壁にも守られているし、魔物が襲ってくる心配もない。興味深いわ」


 そんな彼女が今、ジョバンニの街に人間の振りをして紛れ込んでいた。


 外見上はほぼ人間と変わらないイリィナ様。

 なら目立つ事さえしなければ俺とセーラと共に街に入る事も可能だろうという事でジョバンニに来た訳だが、なんと普通に門を通れてしまった。


 けど、何がきっかけで魔族だとばれるか。

 ましてや魔王だなんてばれたらどうなってしまうのか。

 正直、冷や汗が止まらない。



「まったく……。イリィナさん、私たちは遊びにきている訳じゃないんですよ? さっさと目的を果たさなきゃいけないんですから」


「分かってるわよ。けれど、魔族側が得られたのはオークションで同胞の魔族が売買されるという情報のみ。だから後は地道に探すしかないわ」



 そう言いながらあちこちを興味深そうに見るイリィナ様。

 傍から見れば田舎から出てきた少女という感じに見えるはずだが、どうしても『魔王だってばれるんじゃ……』という俺の恐怖は消えない。

 いや、大丈夫だろうって分かってるんだけどね?




 魔族と人間を明確に区別する方法なんて少なくとも俺は知らないし。

 他の魔族っぽい見た目をしている魔族ならともかく、半分だけ魔族のイリィナ様は外見上は人間にしか見えないし。


 だから大丈夫だって頭では分かってるんだけど……やはり不安だ。



「そういえば最初から少し気になっていたのだけど……この仮面、意味があるの? 私の顔は人間達に知られていないはずだけれど」



 そう言いながら自分の顔につけた仮面に触れるイリィナ様。

 俺がイリィナ様にお願いしてつけてもらったものだ。

 ついでに、俺とセーラも同じ仮面をつけている。



「仮面はつけておいた方がいいでしょう。顔を知られていい事なんてありませんからね」


「でも、こんな奇妙な仮面をつけている方が目立つんじゃないかしら? 視線も感じるし……」


「それはきっと気のせいでしょう。顔に酷いやけどを負って兜をずっとつけてる冒険者とかも居ますしね。そんなに目立ってないはずです」



 俺もやたら視線を感じる気がするけど、きっと気のせいだろう。

 なにせなんの特徴もない黒の普通の仮面だ。

 レベル上げに必死になっていた時、こっそり冒険者活動していた頃にもつけていた黒仮面。


 これが目立つとか。そんな事あるわけがない。

 そう思っていたのだが――



「おい、あれ……」


「ああ。アレがうわさに聞く冒険者パーティー『セーヴァ』か?」


「パーティーメンバーが全員黒の仮面をつけているってあの?」


「でも、確か二人組じゃなかったか?」


「きっと偽物だろう。それにあのパーティーの目撃情報はここ数か月なかったし、魔族領に向かったって噂もある。本物の『セーヴァ』はもう全滅しているだろうよ」



 うーん、おかしい。

 やはり視線を感じるような気がする。

 なぜだ?

 仮面を被って正体が分からないようにしているはずなのに。

 いったいなぜ……。


「あの……ヴァリアン様。心して聞いていただけますか?」


「な、なんだ。セーラ?」


「私たち、この仮面のせいでかなり目立っています」


「なん……だと……」



 目立っている……だと?

 俺たちの変装は完璧のはず。

 それなのに目立ってしまっているだなんて……。



「いや、当然でしょう? こんな目立つ仮面を三人そろって被って。しかも聞こえてきた限りだと『セーヴァ』っていう有名な冒険者パーティーが同じような仮面をつけた集団なんでしょう? そんなの目立って当然じゃない」



 なるほど。

 全ては『セーヴァ』という有名な冒険者パーティーのせいらしい。

 そいつらがたまたま俺たちが付けているような仮面をつけて活動する集団で、だからこそ俺たちが目立ってしまっていると。


 ………………アレ?

 それってつまり――



「なぁ、セーラ」


「なんですか、ヴァリアン様?」


「冒険者パーティー『セーヴァ』ってそんなに目立つパーティーなのか?」


「ふふっ。何を言ってるんですかヴァリアン様」


 面白い冗談でも聞いたかのように噴き出すセーラ。


「そ、そうだよな。別に『セーヴァ』って有名な冒険者パーティーでもなんでも――」


「あれだけ大量のダンジョンを攻略して荒らしていた私たち『セーヴァ』が無名なはずないじゃないですか」



 俺は言葉を失った。



「………………え? ちょっと待ちなさいよ。つまり冒険者パーティー『セーヴァ』って――」


「ええ。『セーヴァ』は私とヴァリアン様がこの人間領で冒険者としてレベル上げをしていた頃に使っていたパーティー名ですね」


 その通り。

 冒険者パーティー『セーヴァ』。

 これは俺とセーラが人間領でレベル上げをしたり、本来なら勇者が攻略するダンジョンを先に攻略して中のお宝を横取りしたりしていた時に使っていた冒険者パーティー名だ。


 あの時も確かに俺達はこの仮面を被っていた。

 俺やセーラの顔が各方面に知られるとそれだけ動きにくくなるし、なにより俺は両親に冒険者として活躍している事をこれっぽっちも話していないからね。


 ちなみに家を出るとき、『ユーシャ学園の入学試験に向けてそれはもうとてもすごい修行してきます。絶対一位取ります。探さないでください』と置手紙を残してきてある。

 なので抜かりはない。


 抜かりはない……はずだったのだが……。



「まさかここまで注目を浴びてしまう事になるなんて……。誤算だったな」


「前々から思ってたけどヴァリアン、あなた馬鹿でしょ?」



「何を言ってるんですかイリィナさん。ヴァリアン様は馬鹿じゃありません。ただ、ほんの少しだけ愉快な方というだけなんです」



 まさか仮面を被って完璧な変装をしたと思ったら、そのせいで目立ってしまうなんてなぁ。


 とはいえ、このジョバンニの街に囚われているという魔族を見つけ出すためにも冒険者パーティー『セーヴァ』という肩書きは役立つだろうし。

 そう思ってたからこそ『セーヴァ』してた時に使ってた仮面をそのまま使ってたんだし。


 そのメリットを『少し目立ってしまっているから』という理由だけで失くしてしまうのは少し惜しくて。


「………………まぁ有名な冒険者パーティー『セーヴァ』として目立ってるだけなら問題ない……か」



 俺は強引にそう思い込むことにした。


 そうだ。

 要は俺たちの素性がばれなければいいのだ。


 俺やセーラの素性がばれるのはまだ許容できる。

 だが、イリィナ様の素性がばれるのだけは本気でまずい。だって魔王だもの。

 だが、それもばれなければ何も問題はない。


 そう――問題ないのだ!!



 そんな訳で。

 俺たちは冒険者パーティー『セーヴァ』として、とりあえずこの街の冒険者ギルドに行って情報を集めることにした。


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