第19話『期待外れ』


 そうしてモブ兄上は少し長い詠唱の後。

 究極の魔術とやらを放ってきた。


「喰らえ!! セブンスファイヤーソード!!」



 迫りくる七本の火剣。

 今までのように三つ何かを重ねた攻撃じゃない!?


 数にしてみれば単純に二倍以上の攻撃。

 それらは俺を串刺しにしようと迫ってきて――



「いやだからそうじゃないって(ペシッ)」



 俺は七回連続ペシっと迫る火の剣をはたきおとす。



「なっ……。あり得ない!! 僕の……僕の出せる究極魔術なんだぞ!? かわすのならまだしも、そんな簡単に叩き落すなんて。そんなのあり得るはずがない!!」


「いや、あの……」




 お前、魔術を舐めてるの?

 今の魔術のどこら辺が究極魔術なんだよ。

 だって三本の火矢が七本の火剣に変わっただけじゃん。

 数だけ増やせばいいわけじゃないんだぞ?



「はぁ……」


 クズとはいえ相手はイリィナ様の兄上。

 だからこっちも気合いを入れて戦おうとして、その切り札を真正面から受けようとしたのに……なんかまともに戦うのも馬鹿らしくなってきた。



「な、なんだよその目はぁ!? お前も僕を馬鹿にして――」


空打くうだ


 みっともなくわめくモブ兄上。

 距離はあったが、それでも俺は彼に向かって俺は拳を放った。

 結果。


「はぶっ!?」


 それをモブ兄上はまともに受け、静かになってくれた。

 けれどモブ兄上の周りに治癒術士たちがそろってまた「「「ハイヒール」」」して。


「な、なんだよ今の!? お前、僕に何をしたぁ!?」


 復活するモブ兄上。

 俺が何をしたのか分からなかったらしい。


 単純に虚空を殴って衝撃派によるダメージを狙う技である『空打』を発動しただけなんだけどなぁ。

 ま、いいや。答える義理もないし。


「空打」


「へぶっ!?」


 またもや吹き飛ぶモブ兄上。

 それを律儀に回復術士たちが「「「ハイヒール」」」と回復させてるのが面白い。


 しかし、その最中。



「おっと待った。何を逃げようとしてるんだ?」


「っ――!?」


 モブ兄上が引き連れていた刺客。

 その内の何人かが俺に攻撃を仕掛け、さらに別の何人かが逃げようとしていたので逃げようとしていた奴らに連続で「空打」をおみまいして足を止めさせる。



「逃がすわけないだろ? お前ら全員地獄行きだ。ちなみに地獄行き旅行の料金はタダでいいから遠慮なく楽しんでくれ。――セーラ、こいつらを絶対に逃がすな」


「畏まりましたヴァリアン様。では――――――――――――虚空結界ヴォイド・プリズマ


 イリィナ様を助けた後、俺の戦いをただ黙って見てくれていたセーラに周囲を半透明の結界で覆ってもらう。

 これでこいつらは術者であるセーラを倒すか、もしくは結界の解呪をしないと逃げられなくなった。



「ヴァリアン様、私もそろそろ参加しても宜しいでしょうか? 私もこの方たち。特にあのイリィナさんの兄をかたるには地獄を見て欲しいので」


「ん? あぁ、悪い。俺に遠慮して手を出してなかったのか。もちろん、構わないよ。だけど、絶対に殺すなよ?」


「もちろんです。だって、殺したらそれで終わりじゃないですか」



 軽くセーラが「ウォーターカッター」と腕を振る。

 そうして放たれた水の魔術はモブ兄上へと飛んでいき。



 ズバンッ――



「なっ!? ん!? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



 綺麗に切断されるモブ兄上の両足。

 極薄の水の刃に切り裂けぬものなどあんまりない。

 レベル差もあるだろうし、特殊な魔術を何一つ使えないモブ兄上にこれをどうにかする術はないだろう。


「ふふっ。無様に悲鳴を上げながら芋虫のように這いまわって情けない。その程度で魔王になろうとしていただなんて。笑ってしまいますね」


「イリィナ様も言ってたからな。こいつは魔王の器じゃないって。仮にこいつがあのままイリィナ様をどうにかできところで宰相のじじいにいいように操られてただろうさ」



 足を失い、その場でただ喚くモブ兄上、

 そんな彼をまたもや回復術士達が「「「ハイヒー……ル」」」と回復させるのを待って――



「「「………………(バタッ)」」」


「お?」



 なぜか知らないが、向こうの回復要員達がいきなり倒れた。

 俺もセーラも手を出してないのにだ。


 モブ兄上の両足もなんとかくっついてはいるものの。


「おいっ! 何を寝ているんだよこのノロマァ!? さっさと立て。それで僕を完全に治せよぉっ!!」


 ぎゃんぎゃんとそんな事を喚くモブ兄上。

 足がくっついているのに立つそぶりも見せなかったのが気になっていたが、アレは完全に治っていないかららしい。


 これは――


「MP。魔力切れか」


「みたいですね」



 魔術師は自分の限界以上に魔力を使いまくればああやって倒れる。

 思えばこの刺客の治癒魔術師達、モブ兄上や刺客達の受けたダメージを何度もいやしてたからな

 そりゃ魔力も底を尽きるというものか。


「なら後は作業だな。セーラ、どうする?」


「そうですね……。ではヴァリアン様。申し訳ありませんがこちらの勘違いしているクズは私に任せてくれませんか?」


「OK。しかし……なんだ。俺が思った以上に苛立ってるんだな、セーラ」



 こういう時、普段のセーラなら自分の希望を言わず『ヴァリアン様にお任せします』とか言うのに。

 それなのに自分でモブ兄上を痛めつけたいと希望を出すあたり、よほどモブ兄上に対してムカついているらしい。


「そうですね。自分でも少し驚いています」


「それだけセーラもイリィナ様の事を気に入ってくれたって訳か。改めて聞くけど、どうだった? 俺の言った通り、イリィナ様は素晴らしいお方だっただろ? セーラが力になってあげたいと思うくらいには」



 だからこそセーラはイリィナ様を救うために動いてくれたんだろうし。

 と、俺はそう思っていたのだが。


「いいえ、別に。私はイリィナさんのこと、素晴らしい方とは思いませんでした」


「えーー」


 まさか否定されるとは。

 予想外だ。


「じゃあ、なんで助けたんだ?」


「それは。――素晴らしいとは思いませんでしたけど、眩しかったから……ですかね」


「眩しい?」



「誰も頼れる人が居ないのに。何度も裏切られて、痛い目を見ているのに。それでも誰にもすがらず、さらには信じるとまで言ったイリィナさんが……私にはとても眩しく見えたんです」


「セーラ……それって――」


「そして、それを馬鹿にするこのクズにはどうしようもなく殺意が湧きました(ガスッ)」


「ぎゃあっ!?」


 言いながらモブ兄上の完治していないらしい足を雑にってみせるセーラ。

 どうやら相当頭にキてるらしい。


(誰も頼れる人が居なくて、何度も裏切られて痛い目を見ているのに……か)


 つまり、アレか。

 セーラは過去の自分と今のイリィナ様を重ねて見ている訳か。


 物心つく頃には親に捨てられていて。

 信頼していた孤児院の先生には魔術的価値があるからと魔術ギルドに売り飛ばされ。

 そうして実験体にされそうになり、自分ではどうにもならない状況の中で助けを求め、そんなところを俺に助けられたセーラ。


 そんなセーラとイリィナ様の境遇は確かに少し似ている気もする。

 ただ、その中で出した結論が大きく異なるんだ。


 窮地きゅうちの中で助けを求め、そこを奇跡的に俺に助けられたセーラはその後、自分を助けてくれた俺だけを信頼し、依存するようになった。


 それに対し、イリィナ様は先ほどの窮地きゅうちの中でも誰にも助けを求めなかった。

 しかもそれだけじゃなく、そんな中で他者を信じようとする心まで芽生えさせた。



 過去のセーラと似たような境遇にありながら一歩も引かず、決して屈しなかったイリィナ様。

 だからこそ、セーラはイリィナ様の事を『眩しく見えた』と評したのだろう。


 そんなイリィナ様に対して好き放題やらかしてくれたモブ兄上達。

 セーラから見ればさぞ過去に自分を虐めていた連中と同類のクズ共に見えた事だろう。


 だからこそ、セーラはこんなに怒っている。


 なので。


「……なぁセーラ。この刺客達もお前の方で処理しとくか?」


 きっと刺客達にもイラついているであろうセーラに俺はそんな提案をしていた。


「え? いいんですか? ヴァリアン様」


「あぁ、構わないよ。ウルトラお仕置きタイムの間、俺は宰相の爺の方をやっとくし」


 そうして俺はその場をセーラに任せ、セーラが構築した結界の外に出る。

 さて、じゃあ――サクッと宰相倒しに行くとしますかね。


かしこまりました♪ では――――――悠久辛苦エターナル・ペイン



 そうして。

 俺は後ろで「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ」」」と愉快で楽しそうなショータイムが始まったらしい事を感じながら、宰相の元へと急いだのだった――


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