第17話『君に託す』



「さぁて。覚悟はいいよなぁお前ら」


 セーラがイリィナ様を助けに入ったのと同時に。

 実は一緒に参上していた俺は散々イリィナ様を弄んでくれたクズ共を相手にキレていた。


「な、なんだよお前ぇ!? この僕を誰だと思っている!? 正当なる魔王の第一子、コソクナーだぞ!?」


 周りの治癒術師に癒されながら偉そうにそんな事を言う魔族。

 だが。


「はぁ? 知らねえよ。散々イリィナ様を傷つけやがって。コロス」


 実際、俺はそいつが誰なのか知らなかった。

 ゲームには未登場のキャラだしね。

 第一子だかなんだか知らないが、とりあえずモブだろう。




「イリィナ様……だとぉ? まさかお前……いや、お前らは例のイリィナの下についたっていう人間か!?」


 俺とセーラを交互に見てそう叫ぶモブ。

 ふむ。

 俺は向こうの事を知らないけど、向こうは俺の事を知ってるみたいだな。


「だとしたら?」


「ふざけるな! ありえないだろそんなの!!」


 えぇ……。

 そんないきなりこっちの存在を否定されましても。

 いやまぁ、こいつらが今から何を言ったところで抹殺することは確定してるのだけど。


「ありえないって……何がだ?」


「例の人間達はヤンチャッチャ族の反乱を抑えに向かったと聞いているぞ。だから、ここに居るはずがないんだよぉ! そうなるように宰相は仕込んだんだからなぁっ!」



 ああ、そういう。

 というか、ヤンチャッチャ族の反乱云々って俺とセーラをイリィナ様から遠ざける為の工作だったのか。


 道理で。

 俺とセーラが単独でヤンチャッチャ族の反乱を手早く抑えますよと言っても受け入れられず、足の遅い兵士をたんまりつけられた訳だ。



「ヤンチャッチャ族の反乱鎮圧ねぇ。それなら確かに俺もセーラも向かったさ。なんならまだ終わってないよ? だって反乱のある地域とやらにたどり着いてすらないしな」


「ならなんでここに居るんだよぉ!?」


「そりゃ当然、イリィナ様の身に危険が及んだって分かったからだよ。超特急で戻ってきた」


「はぁ? 何を言ってんだ、お前? イリィナの身に危険が及んだって。そんなの遠くに居る状態でどうやって分かるんだよ!? デタラメばかり言うなよ!」



「デタラメなんて言ってねえよ。イリィナ様にはあらかじめ、アイテム『ペイントマーカー』を持ってもらってたからな。それでイリィナ様が戦闘状態に移行したって分かった。それで戻ってきたんだ」



 アイテム『ペイントマーカー』。

 本来は敵なんかに投げつけるアイテムだ。

 このアイテムを相手に投げつけると、その後一定時間にわたってその相手の動向が把握できるようになる。


 その居場所や、眠っているとか戦っているとかの大まかな状態や、弱っているかどうかの状態なんかも分かるようになる。

 俺はそれをイリィナ様に色んなアイテムと共に持たせて、一睡もせず数分ごとに一度イリィナ様の状態を確認していたのだ。



「か、仮にそれでイリィナの身に危険が及んだと把握出来たとしても、こんな短時間でここまでたどり着けるわけがないだろ!!」


「そうだな。俺だけじゃ無理だな。でも、そこに熟練じゅくれんの魔術師が居れば話は別だろ?」


「熟練の魔術師……まさか転移魔術!?」


「ご名答。転移魔術でセーラは一度行ったことのある場所ならどこにでも飛べる。もっとも、屋内じゃ使えないし、着地点もそこそこ限定されるけどな」



 そうしてヤンチャッチャ族の反乱を抑えに遠くに行っていた俺たちはまず転移魔術で魔王城の前まで飛んで、急いでここまで走ってきた訳だ。



「本当はもっと早くに着いてたんだけどな」



 そう。

 俺とセーラはイリィナ様が絶対的ピンチになる前にここにたどり着いていた。

 もちろん、俺はすぐさまイリィナ様に敵対するクズ共を一掃しようとしていた。


 けどその時。


「待ってくださいヴァリアン様」


 俺がイリィナ様を助けるために動こうとしたその瞬間。

 セーラはそんな俺を止めてきたのだ。


「私は……イリィナさんにこれ以上関わるのは反対です」


「セーラ……」


「ヴァリアン様がそこまで手をかける必要がイリィナさんにあるなんて、私には到底思えないんです。本当にイリィナさんはヴァリアン様がそこまで尽くさなければならないような。そんな素晴らしいお方なんですか?」



 真剣な目で俺に訴えるセーラ。

 その手はガッシリと俺の手を掴んで離さない。


 もちろん、ここで彼女の手を振りほどいてイリィナ様を助けに行くのは簡単だ。

 けど、それだと必ず遺恨が残る。



「イリィナ様が素晴らしい人かどうか……か」



 そんなの考えるまでもない。

 だから俺は――



「セーラがそんなに言うなら、俺は手を出さないでおくよ」



 すぐに助けに行きたいのをこらえて、俺はイリィナ様や刺客達に気づかれないようにその場で気配を殺しながら座る。



「ヴァリアン様……。いいんですか?」


「ああ、いいよ。けどセーラ。その代わり、お前には自分の目でイリィナ様を見て、それで判断して欲しい」


「判断……ですか?」



「ああ。イリィナ様はこういう窮地きゅうちでこそ特に輝く。その輝きを見て、セーラには決めてもらいたいんだ」


「決める?」


「イリィナ様に救う価値かあるかないか。その判断をセーラに託すよ。イリィナ様を救うかどうか。セーラ次第だ」



 幸い、連中にイリィナ様を殺すつもりはないらしいしな。

 最悪、この場で助けに入らなくても死ぬことはないだろう。

 もちろん、正直なところ今すぐ飛び出したいところだが。



 だけど、俺は信じている。

 イリィナ様の輝きを見ればきっとセーラもイリィナ様を放っておけなくなるって。

 そう信じているから。


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