第15話『(イリィナ視点)襲撃-2』


 ――イリィナ視点


 懐に手を突っ込み。

 そこから回復アイテムを取り出しながら私はコソクナーへと啖呵たんかをきった。


 それをコソクナーはつまらなそうに見ていて。


「ふんっ。誰が殺してなんかやるもんか。徹底的に痛めつけて、お前が泣いて謝るまでボコってやるよ。それで散々楽しんだ後はお前の自由意思を奪って、僕のペットにしてやる。だからポーションでもなんでも使うといいさ。苦痛が長引くだけだからさぁ」



 ニヤニヤと笑いながら私の行動を止めようとしないコソクナー。

 救えない男だけど、今はありがたいわね。

 これがポーションだと。そう思ってくれているとはありがたい。



 私は取り出した回復アイテムを一気飲みする。

 すると――効果はすぐに表れた。


 傷が全快する。

 気力も蘇り、今ならどんな魔術でも放てそうな気すらする。



「はぁ!? なんだそれ!? アレだけ痛めつけた傷が全快だって!? そんなポーション聞いたことがないぞ!?」



 私の傷が癒えるのを見て焦りだすコソクナー。

 そんなコソクナーに刺客の一人が近づき。



「は? なんだって? アレはエリクサー? エリクサーってどんな傷でも治すあのエリクサーか? クソッ。イリィナお前ぇっ! ずるいじゃないかっ! 偉そうな事を言っておいてやっぱりお前も魔王としての特権で裏でやりたい放題……。なに? エリクサーはおそらく例の人間が持ち込んだ品だと? 例の人間って何者なんだよ!? そんなの僕は聞いてないぞ!!」



 その場で荒れるコソクナー。

 どうやらヴァリアンやセーラについて。コソクナーは詳しい事情をジーから聞いていないらしい。



「まずは周囲の刺客達から片づけましょうか」



 そう言いながら私は刺客達に手を向け。

 けれど魔術を放つ寸前、その矛先をコソクナーへと変えた。



「ロストエンジェル」


 コソクナーの足元の影からロ黒い天使が現れる。

 その天使はそのままコソクナーへとまとわりついて。


「は? あ゛!? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



 コソクナーへと憑依した黒い天使。

 天使はコソクナーの身体を内側から破壊する。

 決して絶命させないように。けれど決して回避できないダメージを与え続ける。


 それが私の切り札。ロストエンジェルだ。

 これを喰らえばどんな相手でも瀕死状態になる。

 自身の影から湧く天使を躱すのも相当難しく、この魔術を使って避けられた事は今までに一度もない。



「もっともその間、私は他の魔術が使えないしあまり動き回れないのだけど……ね」



 リーダー的存在であるコソクナーが大変な事になっているというのに無言で私に襲い掛かってくる刺客達。

 隙を晒していた私はほぼ無防備な状態で胸にナイフを突き立てられてしまう。



「ぐっ……。この――」



 ナイフを突き立てた刺客を殴ってやろうとしたけれど、刺客はナイフをそのままにして退避。

 私はコソクナーを始末した代償に、多大なダメージを受けてしまっていた。



「とはいえ、これで後は補佐役の刺客だけね」



 懐にあるエリクサーの在庫は残り4つ。

 これだけあれば余裕で刺客を撃退できる。

 そう考えながらエリクサーを取り出そうとするが……。


「あら?」


 懐に入れていたエリクサー。

 それを入れていた3つの入れ物は壊されていて、中身のエリクサーはポタポタと地面に零れ落ちていた。

 つまり残るエリクサーは……たった一つのみ。



「――――――アイテム破壊。やってくれたわね」



 相手の所持するアイテムをランダムで破壊する技。

 さっきの刺客は私の胸を刺したとき、それを使ったのだろう



「けど、いいわ。こんなものもう使わなくても問題ない。後は一人ずつ眠ってもらうだけの事よ」



 刺客達はさっきまでコソクナーの高火力魔術の影に隠れて私を攻めていただけ。

 先ほどの胸を刺した一撃も致命傷には程遠い。

 焦らず慎重に対処さえすればこの刺客達を片づけるのは容易だろう。



 そうして私が一人ずつ仕留めようと魔術を放とうとしたその時。



「「「ハイヒール」」」



 数人の刺客が一斉に治癒魔術ちゆまじゅつを唱えた。

 その治癒魔術をかける対象は……コソクナー。

 まずいっ。



「させないわっ!」



 躊躇ためらっている場合じゃない。

 相手に複数の治癒魔術師が居る以上、もはや殺さずになんて言っていられない。

 私はコソクナーを抹殺すべく魔術による炎弾を叩きこんだ。


 けれど。


「っ――」


「ちっ。本当に鬱陶うっとうしいわねアナタ達」



 身をていしてコソクナーを庇う刺客。

 そのせいでコソクナーのとどめを刺せなかった。

 つまり。


「クソッ。イリィナァァァァァッ! お前、一度ならず二度までも僕をこんな目に遭わせやがってぇっ! 絶対に許さないからなぁっ!!」


 複数の術者による治癒魔術。

 それを受けたコソクナーが復活してしまった。



「お前だけは絶対に僕のおもちゃにしてやるっ! 泣きながら殺してって言われても殺してやるもんか! それで自由意思を奪ってぇ。それで僕の思い通りに動く操り人形にしてやるよぉっ!!」


「あなたみたいな小物の思い通りに動くなんてまっぴらご免よ。もっとも、あなたはジーにいいように使われているだけでしょうけど。この件が終わったらきっとあなたは処分され――」


「はぁ!? 何をごちゃごちゃ言ってんだよこのクソ妹がぁ! さっさと泣き面を見せろよぉっ!!」



 そう言いながらまたもや威力だけの魔術を放ってくるコソクナー。

 けれど完全にキレているからか、先ほどまで放っていたものより威力が高く、しかも軌道が滅茶苦茶で読みづらい。



「……厳しいわね」



 そうして私は再度コソクナーの魔術をいなしながら周りの刺客の対処に追われた。

 けれど――――――終わらない。


 刺客にダメージを与えても、コソクナーにダメージを与えてもすぐさま複数の治癒魔術師がその傷を完治させてしまう。


 可能ならば治癒魔術師から始末したいが、それをさせてくれる刺客達ではない。

 いっそまとまってくれていれば一か八か特大の魔術で一掃出来るものを、刺客達は常に私を挟撃できるような立ち回りをしている。


 これではどうやってもまとめて一掃なんてできない。



 そうして私ばかりが傷ついていき。

 残り1本しかないエリクサーを飲んで全快して。

 そうして戦闘は継続できたけれど、どうやっても状況は好転しなかった。



「はぁ……はぁ……はぁ……」



 辛い。

 頭が痛い。

 血を流しすぎたし、魔術も限界まで使い続けてしまった。



「ここまでだな、イリィナ。正直、ここまで粘るとは思わなかったよ。まぁ、結果は最初から決まってたわけだし? 無駄な努力ご苦労様って感じだけどね」



「はぁ……はぁ……。そう……ね。ここまでみたい」



 もう魔術は使えない。

 エリクサーも使い切ってしまった。



「まったく。こんなことならヴァリアンの言う通りもっとエリクサーを持っておくべきだったかしらね」


「はぁ? 何を寝ぼけた事を言ってるんだクソ妹? その言い草じゃまるでもっとたくさんのエリクサーを用意できたみたいに聞こえるじゃないか」



「ふふっ。寝ぼけた事……ね。確かに。普通に考えたらその通りだわ」


 普通はエリクサーなんてそう簡単に手に入らないものね。


 もっとも、ヴァリアンは常にエリクサーを100個近く常備しているらしいけれど。

 

 まぁそんなバカげた存在なんて想定の外だろうし、寝ぼけた事と言われるのも当然だろう。



「本当に……デタラメな奴らだったわね」


 ヴァリアンとセーラ。

 私が初めて出会った人間。


 そういえばヴァリアンの奴。

 彼は私の傍に居られなくなる事をとても気にしていたわね。


『イリィナ様は上限MAXまでエリクサー持っててください! 何かあったらマズイですからね。後、これとこれとこれも――』


 そう言って彼の持ってる全エリクサーやらよく分からないアイテムやらを渡そうとしてきたのよね。

 私は「不要よ」と言ったけど彼は全然引き下がらなくて。


 押し負ける形でいくつかのアイテムとエリクサーを5つだけ受け取った。



「もし私がここで死んだら……あの子たちはどうなるのかしら?」



 コソクナーやジーの思い通りに動く操り人形になんか死んでもなりたくない。

 そうなるくらいなら残った力で自害してやる。

 けれど、ここで私が死んだら……なんて事をつい考えてしまう。



『つまりヴァリアン様が居なければイリィナさんの信頼できる配下はゼロだったと……。さすが魔王様(笑)ですね』


『イリィナ様が俺の推しだからです!』


『なにとぞ、イリィナ様の為に俺の力を使わせてください!』



 なんでこんな時に彼らの事を思い出すのか。

 まだたった一か月程度の付き合いだというのにね。


 セーラは魔王である私に対して無礼な発言を何度もしてきて。

 けれど、決して見下すような目で私を見ることはなくて。


 ヴァリアンは私を推しだとか。そんな訳の分からない事を言って。

 私の為に誠心誠意尽くしてくれて。

 でも、彼がそうしてくれる理由に心当たりなんてまるでなくて。


 私に近づく他の奴ら動揺、二人もどうせ何かを企んでいるのだろうと私はずっと疑っていて。

 どうせ私を利用しようと近づいてきたのだろうと決して心を許さないように心がけて。


 それと同時にいつしか私は自分の為に尽くしてくれる彼らに応えたいとも思ってしまっていて。



「あぁ、そっか」



 こんな時になってようやく、私は気づく。

 なんて事はない。



 私はもう………………一人ぼっちなんかじゃなかったのか。


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