第14話『(イリィナ視点)襲撃』


 ――魔王イリィナ視点



 私の直属の配下となったヴァリアンとセーラ。

 彼らがヤンチャッチャ族の反乱に駆り出されたその日の夜の事。



「――――――出てきなさい。居るのは分かっているわ」



 自分の寝室。

 そこに忍び寄る複数の気配を感じ、私はそいつらに声をかけた。



「勘がいいなぁ、イリィナ。本当にお前は憎らしい妹だよ」



 闇の中、浮かび上がる複数の人影。

 そいつらは全員仮面で顔を隠し、その手に様々な武器を持っていて。

 その内の一人が仮面を外しながら私へと返事を返してきた。


 その見覚えのある顔は……。


「あら、生きていたのね。コソクナー」


「兄さまと呼べよクソ妹。あのまま死ねる訳ないだろ? 特にお前なんかに魔王の座を渡したままじゃさぁっ」



 コソクナー。

 彼は私と同じく父である魔王の子供。

 かつて魔王の座をめぐる後継者争いで私に敗れた一番上の兄だ。




「それで? いまさら何の用かしら? まさか今更あのときのやり直しでもしようと言うの?」


「まさかも何もその通りさ。お前のような半魔に魔王の座は荷が重い。その座は長男である僕の物だ。だからお前をぶち殺して僕が魔王になるのさぁっ!」


「あらあら。面白くない冗談ですこと。さすがはコソクナーお兄様。妹たった一人に部下を大勢引き連れて不意打ちを狙い。あげくやられてしまったお方とは思えないセリフですね」


「あれは僕が悪いんじゃない!! 無能な部下が僕の足を引っ張ったからだ。そうでなきゃお前みたいな半魔に僕が負けるもんかっ!」


「だったら最初から一人でかかってくればいいでしょうに」



 相変わらず残念な兄だ。



「うるさいっ! 大きな口がきけるのもこれまでだぞイリィナッ! 今日連れてきた連中はあの時の無能たちとは一味違うんだからな。なにせあの宰相が僕に託してくれた暗部だ。レベルも全員50を超えてる。いくらお前でもたった一人でこいつらと僕を相手になんかできないよなぁ?」


「あぁ、なるほど。あなたがどうやってここまで忍び込んでこれたのか。その点が不明だったのだけどジーが手引きしていたのね」


「あっ」



 いまさら口を手で押さえるコソクナー。

 会話の誘導も何もしていないのに向こうから周囲の刺客のレベルが50~60程度である事と、この襲撃が宰相であるジーが手引きしたものである事を教えてくれるなんて。


 本当におめでたい愚兄だ。


「ふ、ふんっ。そんな事を知った所でどうなるって言うんだ。イリィナ。お前はもう終わりだよ! 訳の分からない人間を二匹も部下にしてさぁ。それで宰相はお前の自由意志を奪う事にしたそうだぜぇっ」


「自由意志を奪う?」

 

「そうさ。これでお前を操って、そうして操ったお前の命令であの人間達もこき使うんだってよ。そして僕は操り人形になったお前に代わって魔王になるのさあっ!!」


 そう言ってコソクナーが取り出したのは……首輪?

 なにかしらのアイテムかしら?

 おそらく、着用者の意志を縛るような。そんな効果があるのだろう。


「ふぅん。そう」


 しかし、ジーも苦労するわね。

 私を意のままに操りたいというジーの意図は理解したけれど、そのためにこんな無能を送りつけてくるしかないなんて。


 とはいえ、これは少々厄介ね。

 こんな残念なコソクナーはこれでも前魔王の息子。

 それも長男として育てられていたからレベル60は超えていたはず。

 無論、相手がコソクナーだけならばどうとでもなるけれど、周囲の刺客も相手するとなると少し面倒だ。



「さぁ、行くぞイリィナァァァ!!」


 そしてこちらに手を向けるコソクナー。

 すかさず私もコソクナーに手を向け。


「トリプルファイヤーアロー」


「ウォーターシールド」


 コソクナーから放たれる魔術の火矢。

 それが三本続けて放たれるが、それらは私の魔術による水の盾によって防がれる。


「さぁ。お前らもかかれぇっ!」


 連れてきた刺客達にコソクナーが号令を出す。

 それと同時に刺客達は連携のあった動きで私に迫ってきた。


「ライトニングバレット」


「ちぃっ」


 刺客の内の一人の雷撃による魔術。

 相性により、その雷撃は私の水の盾は貫通。

 私はダメージを受けてしまう。


「あっはははははははは。苦しそうだなぁイリィナァ。まだまだ行くぞぉ!!」


「面倒ね……」


 単調でありながらそこそこの威力の魔術を放ち続けるコソクナー。

 そんなコソクナーを補佐するような形で速度重視の魔術を放つ刺客集団。

 更には死角から私に向かって暗器を飛ばしてくる刺客まで。


 一人一人は私に及ぶまでもないが。こうも連携のあった動きをされると厄介だ。



「ヒャッハハーー。それにしても哀れだなぁイリィナ。信じていた宰相に裏切られるなんてさぁ」


 盛大に笑いながら魔術を放ち続けるコソクナー。



所詮しょせんお前なんか魔王の器じゃないんだよぉっ! 父上だってお前を認めてなかったしなぁ。お前は一人ぼっちなんだよイリィナ!! お前を信頼する臣下なんか最初から誰一人いないのさっ」


 私はコソクナーの魔術を避け、それと同時に迫る刺客たちの攻撃をなんとかいなして。


「だって言うのに調子に乗って人間なんかを部下にしてさぁ。それで信じていた宰相に裏切られるんだから馬鹿だよねぇ。もっとも、宰相は最初からお前を操りやすい手駒として――」


「ふ、ふふ」


 好き放題言ってくれるコソクナー。

 気にする必要などない。


 けれど……あぁ、笑みが漏れる。

 戦闘中だというのに抑えられない。


「ふ、ふふ。くふふふふふふふふ。ぐふっ。ハ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」




 結果、私は思いきり笑ってしまう。

 そのせいで余計な一撃を喰らってしまった。

 これが狙いでさっきの話をしていたのだとすれば私はコソクナーを褒めるべきだろう。

 もっとも、彼にそんなつもりは微塵もなかったのだろうが。


 その証拠に。


「な、なにがおかしい!?」


 ほら、怒った。

 異常に沸点の低いコソクナーは何か思い通りにならない事があるとすぐこうやって激昂するのよね。


「なにがおかしいって。何もかもがおかしいわよ。私が宰相であるジーを信じている? いつ私がそんな事を言ったのよ」


「は? だってお前は傍に宰相をずっと置いていて――」


「父が魔王だった時から宰相を務めているジーは多くの魔族達と関係を持っている。そんな彼を信用していないからという曖昧あいまいな理由で排除なんかできる訳ないでしょう? 馬鹿なの?」


「なんだとぉっ!?」



「そもそもの話、私は誰も信頼していないのよ。コソクナー。あなたは言ったわよね? 私が一人ぼっちだって。私を信頼する配下なんて誰も居ないんだって」


「あ。あぁ、そうさ。お前はたった一人で魔王ごっこやってるだけの勘違い魔王だよっ! 誰もお前なんかの下で働きたくないって思ってるさ。そりゃそうだよなぁ。誰も半魔の下でなんか働きたくないものなぁっ」


 あぁ、本当に好き放題言ってくれる。

 けれど、全く腹が立たない。

 だって――


「そうね。その通りだと思うわ」



 そんな事、私はとっくに知っているもの。



「………………は?」


 呆けた表情でこちらを見つめ、攻撃の手を止めるコソクナー。

 そんな彼に私は続けて言う。



「しいて反論させてもらうとすれば、私は勘違いなんかしていないという事くらいかしらね。真に私に付き従ってくれる者なんて居ない。信じられる人も居ない。それを承知の上で私は魔王としての役目を果たしているのよ」



 生まれてから今まで。

 私の周りはずっと敵だらけだった。

 誰もが半魔である私をさげすんだ。

 今、目の前に居るコソクナーはそのうちの一人にすぎない。


 コソクナー以外の私の兄たちも全員が私の敵だったしね。

 私を生んだ母や父でさえ私を嫌う敵だった。


 だから、いまさら私が一人ぼっちなんだと言われたところで何も響かない。



「魔王の座を争う継承者争い。その中で私は何度も殺されかけたわ。魔王になんか興味なんてなかったのに。逃げても刺客を送られ、逃げなくても毒を盛られる。だから私は強さを求めたのよ。そうしなきゃ生き残れなかったでしょうしね」



 知らない魔族の子供に殺されかけた。

 知らない大人にも殺されかけた。

 果ては野党につけ狙われ、捕らわれの身になったことだってある。



「強くなって降りかかる火の粉を払い続けて。そうしている内に私は魔王と呼ばれるようになった。その時、ジーは私に言ったわ。これからの魔族を私が導くようにってね。正直、ふざけるんじゃないわよと思ったわ」



 成り行きで魔王になっただけの私がどうして全魔族なんてものを背負わなければならないのか。

 正直、その重責から逃げたいと。そう思った。

 ジーは魔王として至らないところばかりの私を補佐すると言っていたけれど信用なんかできる訳ないし、実際こうして裏切られている。



「けれど、他の魔王後継者たちを排した責任が私にはある。私は私が生き残るために他の魔王候補者を蹴落とした。なら、その責任は負うべきと。そう思って私は魔王として君臨する事にしたのよ」



 たとえ部下が誰も自分の事を認めてくれていなくても。

 どれだけ身近な人物が裏切者として潜んでいようとも。


 それでも、私がすべてを投げだしたら魔王を失った魔族達は秩序を失うだろうから。

 それで私とは関係ない魔族が何人も不幸な目に遭ったりなんかしたら寝覚めが悪いから。


 だから私は魔王としての責務を果たすことにしたのだ。


「ハッ。そうかい。そりゃご立派な事だなぁ。もっとも、その結果がこのザマじゃ笑い話にしかならないけどねぇ」


「そうね」


 それはコソクナーの言う通り。

 私はやりたくもない魔王としての責務を果たし続け、その結果こうして追い詰められてしまっている。


 他の魔王候補者たちを蹴落として私を狙う者が居なくなったあの時、逃げていればきっとこんなことにはなっていなかった。


 何も捨てる物のない私はどこにだって行けたし、魔王を失った魔族達は私を追うどころじゃないはずだからきっと余裕で逃げ切れただろう。


 けれど――私はあの時の選択を後悔していない。

 そして、こんな所で退く気も、諦める気も微塵もない。

 だから。


「さぁ、来るなら来なさいよコソクナー。周りの刺客たちも遠慮なんかしなくていいわよ。だけど、忠告しておくわ。殺さずなんてぬるい事を言ってないで殺す気で来なさい。私も今度こそ、あなた達を殺す気でやらせてもらうから」



 私は懐に手を突っ込みながらそう言ってやった。


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