第4話『ぷっつんするヴァリアン』
俺の推しである魔王イリィナ様が俺の方へと近づいてくる。
それだけで俺は「っ――」と緊張で息もできなくなる。
そのままイリィナ様の柔らかそうな手が俺の方へと伸びてきて――
まずぐいっとイリィナ様は何かを探るように俺の耳を引っ張り。
次にぐにんぐにんと俺の顔を弄って。
最後は額にデゴピンしてきた。
「………………とてもそうは見えないんだけど」
「――って何をしてるんですか!?」
俺をジト目で見つめるイリィナ様と、そんなイリィナ様に食ってかかるセーラ。
いやぁ。それにしても。
イリィナ様の手……とても柔らかかった。
まさに天使の手というべきか。触られているだけで昇天しそうなほど癒されたね。
まさに至福の時だった――
「何って。私は今まで人間を見たことがなかったからね。少し調べてみたかっただけよ。悪い?」
「悪いに決まってるでしょう!? ヴァリアン様の顔を無遠慮に触るだなんて……。そんなのうらやま……万死に値します!!」
「なによ。やる気? もう察しているでしょうけど私、魔王よ? とても強いのよ?」
「知ったことではないです。私も本来のしなりお? では魔女と呼ばれる存在だったみたいですし。ヴァリアン様の隣に立てるようレベル上げだって頑張りました。魔王が相手だからって負けたりしません!」
「しなりお? 何を言っているのかよく分からないわね。ともかく、あなたなんかが魔王であるこの私に勝てるわけがないでしょう? どれほどレベル上げを頑張ったのかは知らないけれど、私のレベルは71よ?」
「私のレベルは87です」
セーラが自分のレベルを告げる。
すると、なぜか誰も言葉を発さなくなった。
イリィナ様に触れられて半ばトリップしていた俺は場がしーんとなってようやくセーラがイリィナ様と言い争っていたのだと気づく。
「こらセーラ。イリィナ様に対して喧嘩を売ったらダメだろ? 俺たちはイリィナ様の配下となるために来たんだから」
「し、しかしヴァリアン様。この魔王、ヴァリアン様に対してあまりにも無礼で」
「セーラ。魔王じゃなくて魔王様、だ」
「……申し訳ありませんでした」
俺に対して謝るセーラ。
けど、俺じゃなくてイリィナ様に対して謝ってほしいんだけどなぁ。
ここに来るまでの間、セーラには魔王イリィナ様がどれだけ素晴らしい存在なのか徹底的に教えたつもりだったのだが、それでもセーラにはイリィナ様の素晴らしさが分からなかったらしい。
「――申し訳ありませんでした魔王様。セーラには後で強く言って聞かせます。なのでなにとぞ、その寛大なお心でお許しいただけないでしょうか?」
セーラの無礼を謝罪すべく、代わりに俺が魔王様に対して頭を下げる。
しかし――
「「「…………………………」」」
おや?
誰も声を上げないぞ?
俺は不思議に思って顔を上げてみる。
すると目の前では魔王様がカクカクと震えながら俺を指さしていて。
「えぇと……。ね、ねぇ人間。あなた達のレベルを教えてくれないかしら?」
そんな事を聞いてきていた。
なので。
「セーラは先ほど彼女が言った通りレベル87です。そして自分は上限であるレベル99となります。我々を魔王様の配下の末席に加えて頂ければ必ずやお力になれるかと」
とりあえず自分もセーラもある程度の実力は備えてるから配下に加えてくれるなら力になれるよとアピールしてみた。
なのに。
「騙されないでください魔王様。こんな人間どもがレベル80超えなどありえませぬ。おそらく姑息な人間らしくなにか細工でもしたのでしょう。ここは殺しておくべきかと」
さっきから俺とセーラのレベルを疑いまくってた魔族が横からしゃしゃり出てきた。
おのれぇ……。
「そ、そうなの? でも、なにも殺す事はないんじゃないかしら? 話を聞くと私の配下になりたいみたいだし。一度配下にしてから様子を見てもいいと思うのだけど」
おぉ、さすがは魔王イリィナ様。
お優しいそのお心に俺は大感謝です!
「なりませぬ! 人間は我ら魔族にとっての敵。ここで殺しておくべきです!」
おいコラ。ゲームに登場すらしなかったモブ魔族。
なんで魔王様の配下のくせに魔王様の決定に異を唱えてるんだ? あぁん?
処すよ? 処しちゃうよ?
「でも――」
俺たちを処分することに抵抗を感じている魔王イリィナ様。
その様子を見ていたモブ魔族は「ちっ」と舌打ちをして。
「――この半魔が。いつも通り黙ってお飾りになっていればよいものを」
そう小さく呟いて。
瞬間。
俺はぷっつんした。
(――――――あぁ。なるほどなるほど。つまりこいつはイリィナ様の敵な訳だな?)
魔王イリィナ様。
設定資料集によると彼女は先代魔王と人間のハーフらしい。
さっきモブ魔族が言ってた半魔というのは魔王イリィナ様を侮辱する言葉だろう。
ゆえに……許せん。
何が許せないかって。こんな奴が魔王であるイリィナ様の配下に居ることが何よりも許せん。
なので――
「魔王様。自分のレベルをお疑いのようでしたら決闘にて確かめてみますか? 幸い、そこの配下の方は血気盛んな様子。彼も自分のレベルをお疑いのようですし、どうか彼と手合わせさせていただけませんか?」
「それは……でもいいの? 彼は魔王軍の中でも血気盛んで知られる獣王。その配下よ? きっとあなたを殺す気でくるわ」
獣王?
あぁ、四天王の獣王バカダスか。
ゲームの主人公に一番最初に倒される四天王。
それの配下となればなるほど。俺が知らないのも無理はない。
というか。
そんな事はどうでもよくてですね。
「なんと!? 俺の心配をしてくださるのですかイリィナ様!? ありがとうございます! ありがとうございます!!」
あの魔王イリィナ様に心配されてしまった。
俺に声をかけてくれるだけでも至福なのに心配までしてくれるなんて。
俺はなんて幸せ者なんだ!!
「いや、えぇと。そこまで喜ばれる事じゃないと思うのだけど……。ねぇ、そこの女魔術師さん。この人間の男、どうして私に対してだけこんななの?」
「それは……ヴァリアン様があなたを推しているからですね」
「おし?」
「要はヴァリアン様はあなたに好意を持っているという事です」
「好意? どうして?」
「――知りませんよ、そんな事」
なんかひそひそと話をしているセーラとイリィナ様。
少し前まで険悪な感じだったのに、いつの間に仲良くなったんだろうか?
「人間がこの私を相手に決闘だと? いいだろう。受けて立ってやろう。よろしいですな? 魔王様、宰相様」
「……両者共に納得しているなら構わないわ。好きにしなさい。私も勝手に見物させてもらうわ」
「お主がそれでいいというなら……いいじゃろう。レベル99というのが嘘か真か。この目でしかと見させてもらおうではないか」
そうして。
俺とモブ魔族は決闘する事になった。
なお、俺の隣ではセーラがモブ魔族に向けて手を合わせていた。
いやいや、殺す気はないからね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます