花火
土井は、昼を少し過ぎた頃、お姉さんに電話を掛けていた。
迎えに来たお姉さんは、「何やってんの」と呆れ半分に叱っていたが、グッタリしている土井を後部座席に乗せて、オレに頭を下げてきた。
真っ直ぐ病院に連れて行くとの事だ。
いつの日かと同じように、車を見送り、オレはようやく後片付けをすることができた。
そして、花火大会当日。
オレは再び馬島と一緒に海へきたわけだ。
「……はぁ」
「なんだよ。今度はお前が暗いじゃないか」
馬島はタンクトップに短パンという恰好で、防波堤に寄りかかる。
普段の夜とは違い、花火大会がある沿道は、歩道に飾られた提灯の明かりでオレンジ色に照り輝いていた。
「普通さ。こういうのって、女の子とくるだろ」
「仕方ないだろうが。オレ達独り身なんだから!」
お互い、彼女なんているわけがない。
「おまけに、玄道カナデは……体調不良でお休みだってよぉ。なんか、最近のライバーさ。体調不良ばっかで、心配になるぜぇ」
土井の場合、自業自得で風邪を引いただけだが、馬島の話を聞くに、体調不良でお休みする配信者は珍しくないようだ。
「そんなに多いの?」
「最近はね。ちょくちょく多いんだ。大事を取って休んでるならいいけど。体調を崩しちまったら、やっぱ心配になるわ」
「へぇ……」
てことは、近藤さんとかも、体調崩したりするんだろうか。
別れてから連絡取ってないし、今は何をしているのか分からない。
一方で、土井からは鬼のようにチャットがくる。
『会いたい』
『体が焼けそう』
『ねえ。聞いてる? 死んじゃうよ?』
本人曰く、熱が39度あるらしい。
『寝てろ』
とだけ送っておいた。
「んで。風見。俺らは花火を見に来たわけだが……」
「ああ。……ちょっと、写真撮りたくてな」
「そういう柄だったか?」
「記念にいいだろ」
スマホのカメラモードを起動し、上端の時刻を確認。
花火は20時からだ。
今は19時58分。
「……ふん」
何やら、馬島がニヤッとした笑みを浮かべて、オレを見ていた。
からかわれてるみたいで、ちょっとムッとしてしまう。
「なんだよ」
「何でも。つか、こっちが聞きてぇわ」
防波堤に肘を突き、星の浮かぶ夜空を見上げる馬島。
「なんか、良いことあったか?」
「何もねえけど」
「そうか? 今のお前……」
ヒュー、と風を切る音が遠くから聞こえてくる。
慌てて、画面を空に向けた。
一本の白い明かりが、沖の方から上ったのを見つけたのだ。
「楽しそうだぞ」
ドン。と、内臓を震わせる爆音が夜空に響き、シャッターを押すタイミングが少しずれてしまった。
画面には、ピンク色の花火が四散する所を収めたが、画面外にはみ出てしまう。微妙に失敗してしまい、次を狙うために、再びスマホのレンズを花火が上がった地点の真上に向けた。
「……なんか言ったか?」
「何でもねえよ。つか、撮れたか?」
「全然、ダメ。失敗だわ」
「下手くそ。連射で撮った方が早いぞ」
「ど、どうやって設定すんだよ」
「貸せ。右端のアイコンをさ」
ドン! ドン、ドン!
「あああ! また上がちゃったじゃん!」
急いで馬島に設定してもらい、連射モードに切り替えてもらう。
馬島も自分のスマホを取り出し、カメラを起動したようだ。
「二人で撮れば、いいの一つくらい撮れんだろ」
「よっしゃぁ! いくぜえええええ!」
色とりどりの花火が上がっては、枝垂れ桜の様に夜の空へ浮かぶ。
オレはその一つ一つを逃すまいと、下手くそながら写真に収めた。
どっかの馬鹿が、今頃花火大会に行けないって泣いているだろうから、せめて花火の写真だけは見せてやりたいと思った。
「お」
ちょうど、最後の大きな花火。
五つの火の輪が重なって弾け、綺麗に画面へ収まった。
連続でシャッターを切っているから、花火が膨れ上がって散り、下方に垂れて消えるまでの間をオレは撮り続けた。
一瞬だけ魅せた綺麗な虹色の明かりだった。
写真の枚数がえらいことになっていたが、とりあえず中から綺麗に映ったものをピックアップし、全部土井に宛てたチャットに貼り付けていく。
自分で振っておいて、土井のために尽くすことに楽しさを覚えるなんて。
オレも優柔不断な奴だな、と自分に呆れてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます