どこかで聞いた体験談みたいな

 事件が起きたのは、花火大会から三日後のことだった。

 見覚えのないメールが送られてきたのだ。


『本日は、アポカリプスプロダクションのオーディションにご応募頂きありがとうございます。弊社では、多彩な才能とエンターテイメントに対し、飽くなき探究を続けております。

 さて、ご応募頂いた書類等の選考に選ばれましたので、本日ご連絡させて頂きました。

 詳細は送付した封筒をご覧くださいませ』


 リビングで手作りホットドッグを食べている時だった。

 中が半熟で、腹を壊すんじゃないかと懸念している所にメールがきたから、本当にびっくりした。


「な、なんだ、これ? え?」


 アポカリプスプロダクション、と言えば玄道カナデの所属事務所。


「封筒?」


 身に覚えがなく、オレはホットドッグを口に突っ込んだままリビングを出た。サンダルを履いて玄関の扉を開け、ブロック塀に設置している家のポストを開く。


 すると、そこには覚えのない白い封筒が投函されていた。

 封筒を取り、端っこをビリビリに裂いて、中身を取り出す。

 出てきたのは、数枚の紙きれ。


「面接会場?」


 紙には、指定の場所が事細かに書かれていた。

 多目的施設の二階にある会議室で行うと書かれている。


 というか、問題はそこじゃない。


 オレは応募なんてしていなかった。

 バーチャルライバーになろうなんて考えた事すらない。

 しかも、質悪いのは、書類選考を通ってしまっていることだ。


 玄関先で困惑していると、リビングの方からバイブの音が聞こえた。


「え、……怖いんだけど」


 テーブルの上に置きっぱなしにしたオレのスマホ。

 手に取って、確認してみると、土井からチャットが送られてきている。


『届いた?』


 文面から察するに、土井が何かやらかしたらしい。


『これ、なに?』

『アイドルオーディション』

『あの、意味が分からないんですが……』


 しかも、アポカリプスって、男だと名前が違うっぽい。

 アポカリプス・スターって言うらしい。

 手に持っている紙がブルブルと震え、胃に溜め込んだ物を吐きそうだった。


 オレが文字を打ち込んでいると、面倒になったのか。土井から着信があった。


 すぐ電話に出て、土井に訳を聞く。


「ねえ。これ、なに?」

『だから、オーディションの通知だって。昨日、送ったって聞いたから』

「だ、誰に?」

『マネちゃん』


 マネちゃんというのは、マネージャーの事だろう。


「ぼくぅ、応募してないんですけど」

『は? あたしが応募したに決まってんじゃん』

「ハァ、……ハァ……」


 恐怖で呼吸が乱れてくる。

 耳鳴りまでしてきた。


『あたし、考えたの。確かに、風見くんって事務所に入ってないから。ウチの事務所に守ってもらえないよなぁ、って。だったら、いっそのこと、風見くんもアイドルになればいいじゃん、って。そしたら、無関係じゃないでしょ』


 理解するまで時間が掛かった。

 土井の閃いた逆転の発想にオレの意思は全く入っていない。

 肝心のオレを置いてけぼりにして、話が進んでいたというのだからおかしい。


「あの、さ。こういうオーディションって、期間とかあると思うんだけど。応募して、すぐは来ないんじゃないの?」


 これに対し、土井は答える。


『アポカリプスだと、倍率がヤバいから年に一、二回、募集期間はあるけど。男の場合は違うよ』

「そ、そうなの?」

『うん。前に、スターの人がやらかしちゃって、元々倍率が少なかったんだけど。さらに応募が減っちゃって、閑古鳥状態なの』


 何か、色々と大変だったみたいだ。

 ようは女の子のアイドルと違って、男の方は嫌われているか、敬遠されているかで、あまり人気がないのかもしれない。


 つまり、『常に募集状態』であるということを土井は言いたいのだ。


『面接の日、早いでしょ?』


 紙を確認する。

 五日後だった。


「う、……うん」

『良かったじゃん。ウチの社長喜んでたからさ。期待裏切っちゃダメだよ』


 このままだと電話を切られそうなので、慌てて声を発する。


「あのさぁ……」

『なに?』

「オレ、……応募してな……いよ」

『あたしがしたの!』

「だっから! 何で一言もなく応募すんだよ! やべぇじゃん! オレ、Vの事、全然分からないって!」


 見るのは好きだけど。

 自分でやるってなったら、話は別だ。

 盛り上がるトークデッキなんて持っていない。

 オレのやることは、木の皮をひたすら剥いでいく虚無ゲームだけだ。


『……嫌なの?』

「嫌っていうか。無理だよ。断るわ」

『……そう。じゃあ、面接の会場で断りなよ。もう準備してるから。今は仕事増やさない方がいいよ』

「何だろう。……言いたいことが山ほどあり過ぎる」

『社長が、風見くんのこと、才能ないって思えば落とすだろうからさ。経験だと思ってやってみればいいじゃん。もったいないよ』


 いじけたように言うと、電話が切れてしまった。

 残されたオレはスマホと睨めっこをして、その場に蹲った。

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