攻防

 トイレから出ると、そこには悪魔が二人立っていた。


「さて。話の続きといきましょうか」

「その前に手を洗わせてくれ」


 二人の前を横切り、洗面所に向かう。

 手を洗っている間、二人は手に包丁を持った状態で、オレをジッと見ていた。


 何とも言えない威圧感が肌を刺してくる。

 二人の視線に耐えながら、オレは切り出した。


「話しに関しては、一人ずつ話したい。真面目な話なんだ」

「ふぅん。……わかった」


 土井は納得してくれたようだ。

 近藤さんも静かに頷き、同意見といったところか。


「で、二人はどこまでいったわけ?」

「なあ、土井。お腹が空かないか?」

「答えてよ!」


 歌姫のシャウトが風呂場に響く。

 オレはため息を吐き、二の腕を抱いた。

 防衛本能が「逃げろ」と危険信号を出している。


「肩とか、お腹を噛まれただけだよ」

「わたしは、レンくんの匂いいっぱい嗅いだよ」

「ごめん。ちょっと、黙っててくれます?」


 浴室のドアに張り付き、向けられた切っ先から逃れようと顎を引く。


「あたし、……ライブ頑張ったよ?」

「う、うん。見てた」

「――わたしとね」

「きいいいいいい!」


 振り上げた途端、オレは咄嗟に体を真横にずらした。

 曇りガラスの部分は、材質がプラスチック製。

 なので、包丁のような鋭利なもので差すと、損傷する事が目の前の事実を通して分かった。


「違う。……違うんだ!」

「何が違うの⁉ あたしはキスだってしたことがない! 抱き着いたくらいじゃん! それ以上はさせてくれないくせに!」


 曇りガラスが人間だったら、滅多刺しにされている状態だ。

 ギシギシと軋む音を立てて、ドアの一部が変形していく。


「ねえ。どうすんの? 泥沼だよ?」

「ふふ。どうしようっか?」


 近藤さんが煽る度に、土井は火に油の状態。

 オレは両手を突き出し、必死に制止した。


「その事も含めて、二人には話がある。まずさ。二人とも、自分たちの立場忘れてないか?」


 二人は互いの顔を見合わせる。


「立場?」


 ようやく立ち上がる事ができたオレは、アメリカンジェスチャーさながらに身振り手振りをする。その途中で、土井の手首を掴み、さりげなく向こうを向かせた。


「二人は人気配信者なんだ。オレみたいな底辺とは違う」

「関係ないでしょ」

「大アリなんだ」


 この勢いだと、二人揃ってる状態で物を言ってしまう。

 片方がいると、邪魔が入るし、オレの気持ちを伝えれない。

 段取りは狂ったが、こうなれば一人ずつ呼び出して気持ちを伝えないと。


「収拾付かなくなりそうだから、まずは土井から話そうと思う。悪いけど。近藤さんは家の中で待っててくれ。オレは土井と、近くの公園に行ってくるよ」

「ここでいいじゃん」

「ダメだ。言ったろ。真面目な話なんだ」


 土井はチラチラと包丁を見ていた。

 さりげなく伸びた手をさりげなく掴み、くるりと反転。

 後ろから両肩を掴んだオレは、そのまま玄関の方に連れて行く。


「待って。あたし、トイレ」

「公園にもあるから」

「ここでいいでしょ!」

「土井! 分かってくれよ!」


 お前、包丁回収するだろ。

 こいつに武器を持たせたら対等じゃなくなる。


 オレは顔も知らないリスナーのために、一肌脱いでいた。

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