キミのために

ちょっとした嘘がバレた瞬間

 ネットで調べたところによると、今年のアポカリプス・フェスは前年の二倍は来客があったとのことで、黒字。

 超がつく大盛況となった。


 フェスが終わると、会場での賑わいが嘘のように。

 画面から伝わってきた熱意が夢であったかのように。

 オレはいつもの日常に戻った。


 朝。

 リビングで夢を見ていた。

 夢の内容までハッキリと覚えている。


 なんか、見知らぬ道を歩いていると、黒塗りのハイエースがあって、見るからにヤバいだろって夢だ。


 ちなみに、ハイエースとは、『の車』なので、本当に地球上のみんなが注意してほしいと心から願っている。


 ともあれ、オレは黒塗りのワゴン車から離れて、逃げようとしたところをガタイの良いマッチョの外国人に押さえられ、「カモン」とか言われ出した辺りで、目が覚めた。


「はぅあぁ⁉」


 全身汗だくで目を覚まし、ソファの上で起き上がる。


「う、わ。マジで変な夢見たわ。あー、……ほんと、犯罪者消えてくんねえかな」


 心臓が強く脈を打ち、オレは胸を押さえて深呼吸した。

 ネオンライトで照らされた、飲み街みたいな場所を歩いた光景が頭に残ってる。嫌悪感がすごいやら、何やらで、起きて早々嫌な気分だった。


 そして、テーブルの向こうに誰かの姿が見えた。


「……」


 いつの間に帰って来たのか。

 土井が立っていた。

 土井の前には、近藤さん。


「ふぅ……。勘弁してくれよ」


 朝から、二人は睨み合っていた。

 真顔で腕を組む土井は、ライブ会場から直近で帰って来たのか。それとも、近場のホテルから即刻帰って来たのか。

 ピンク色のチュニックとジーンズの恰好だった。


 一方で、近藤さんは寝間着姿のままだ。

 ニコニコと笑っているが、後ろで組んだ手が硬く握りしめられている。


「二人とも。何やってんの?」


 二人は答えない。

 まるで人間そっくりのオブジェが、初めからそこに設置されていたかのようである。


 耳鳴りがするほど静かな空間で、自分が動く度にズボンの裾が擦れ合う音だけが聞こえる。


 冷蔵庫から麦茶を持ってきてコップに注ぐと、それをテーブルに置いてオレは再び二人を見上げた。


「出て行ってくれません?」

「お断りします」


 ひんやりした麦茶を口に含む。


「言っときますけど。風見くん、あたしと付き合ってるんで」

「わたしはレンくんに告白してOK貰いましたよ?」

「そんなわけないでしょ。風見くんは嫌がってたじゃん」


 片方は、アイドル。

 片方は、癒し系お姉さん。


 畑こそ違うが、どちらも人気のV配信者であることに変わりはない。

 さて、オレの答えはもう決まっている。

 土井にだけではない。

 近藤さんにも同様の答えを突き付けなくてはいけない。


 しかし、思うのだ。


「しつこいと……。二度と声が出なくなりますよ?」


 近藤さんは、どこからか包丁を取り出した。


「上等。こっちだって、二度と配信なんかできなくしてやるから」


 土井も包丁を取り出した。

 両者は、互いに切っ先を向けて睨み合う。

 こんな姿を見たら、リスナーが悲しむどころではない。


「あのさ。オレ、考えたんだけど」

「なに?」


 包丁を持った土井が近づいてくる。

 オレはソファの背もたれを跨ぎ、後ろに避難する。


「二人には大事な話があるんだ。真面目な話だ」

「奇遇ねぇ。わたしも大事な話があるから」


 包丁を持った近藤さんが迂回してくる。

 オレはリビングのドアを開き、ドアの裏側に隠れた。

 隙間から声を張り上げて、二人に呼びかけた。


「いいかい? キミたちはオレと違って、別のステージに立ってる女神みたいなもんなんだよ」


 ギ……ッ!


 体全体で押し開こうとする近藤さん。

 オレは足を引っ掛け、必死に耐えた。


「レンくんとは、裸で寝た仲でしょう?」

「は? それ、マジ?」

?」


 土井が玄関を開けて中に入ってきた。

 オレは二つの意味で、二人に疑問を投げかけた。

 包丁を向けられたオレは、すぐに階段を上り、自分の部屋に駆け込む。

 すぐに鍵を掛けると、遅れて激しい物音がドアの向こうから聞こえてきた。


「なに? 寝たの⁉」

「ど、どういう意味で?」

「エッチしたのか、って!」

「してない! 本当に何もしてない!」

「じゃあ、何であんなに勝ち誇ってんの⁉ 意味分からないんだけど!」

「それは……」

「答えてよ! ライブ中に彼氏が寝取られました、とか。どこの漫画よ!」


 別に寝取られてはいないのだが、オレは自分の身に遭ったことをドアの向こうにいる土井に説明した。


「噛まれたんだ!」

「何を?」

「体を」

「……」

「信じられないかもしれないけど。本当なんだ。近藤さんは、たぶんヴァンパイアだと思う。オレの体中に噛みつきまくって、謎の愛情表現をしてきたんだよ。怖かったさ。でも、どうしようもなかった。震えて、泣きながら寝ていたよ」

「どうして、噛まれたの?」


 土井の問いに別の声が答える。


「レンくんが夜中に、忍び込んできたから」

「お前さぁ!」


 ドンッ。


 ドアを強く蹴られ、オレは二の腕を抱いた。


「あたしに電話で何て言った? 抱き着いてきて困るからって言ってたじゃん!」


 ライブ前日の電話。

 オレは、近藤さんとのトラブルを一部誤魔化して伝えていた。

 変に気を遣わせたらマズいな、と思ったからだ。


 近藤さんは「やめて」と言われ、帰ってくるまで手を出さない事を交渉したに過ぎない。


 オレは『噛まれたこと』や『ベッドで抱き着いたこと』については触れていない。寝室に向かったことは知っていたので、バレたとしか言っていなかった。


「最低なんだけど!」

「ごめん。でも、怒るから……」

「怒るでしょ! 何で余計なことばかりするわけ⁉」

「……必死だったから」


 二の腕を抱きながら、オレは奥に引っ込んだ。

 ガチャガチャとドアノブが回り、ドアをこじ開けようとしてくる土井。


「ねえ。開けて」

「……ごめん。ちょっとお腹痛いから」

「開けて。怒ってないから」

「うん。あの、……お腹痛くて」


 ドンッ。


 もう一度強めに蹴られ、オレは椅子の裏に隠れた。

 その後、オレが部屋を出る事になったのは、尿意を催した時である。

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