炎のように

 二日目のフェスも相変わらずの盛況ぶりだった。

 ライブの入りは基本変わらず、まずは観客席の方を映してから、ステージの画面の方に映像と音楽が流れる。


 映像にはライバーの紹介ムービーが流れた。

 一人目から、『玄道カナデ』の名前が出て、次に先輩たちの名前。

 床に設置されたライトが虹色のビームを発し、会場を照らす。


 一日目より大きな声援が轟いていた。


「相変わらず、すげぇな」


 今日は、近藤さんが隣にいなかった。

 近藤さんは自分の配信があるとかで、オレの部屋にいる。

 リビングで一人、ソファに座って画面を眺めているわけだ。


 初めに全員で歌う流れは、恒例のようだ。

 一日目と同じで、違うメンバーで一緒に歌い、会場を温めている。

 ライブの始まりを告げる鐘のようなものだ。


 いくつもの歌声が重なり、曲に合わせた背景が相乗効果を生み出しているため、盛り上がりが一気に加速した。


 全員で歌う曲が終わり、一時的に周囲が暗転する。


 その直後、ドラムの音と共に


『みんなの首を貰いにきましたぁ! 玄道カナデでーすっ!』


 物騒な文言と共に登場したカナデ。

 爆発の中に紛れて姿を現し、軽快なロック調でメロディーが流れだし、カナデが歌い出す。


 一瞬だけ観客席の全員が映し出され、オレは言葉を失った。

 一日目とは比較にならない一体感が映像の向こうにはあった。


 ほとんど悲鳴のような声援。

 ファンの掛け声が激しいドラムの音で消されて、その上にカナデの歌声が乗っかる。


 ――……こりゃ…………――


 気が付けば、オレは口を押えて見入っていた。

 玄道カナデは、オレなんかが簡単に声を掛けていい存在じゃない。

 ライブにその理由が全部出ている。


 どう表していいのか。

 例えば、カラオケで歌う素人の声や雰囲気。

 楽しげに叫んで、みんなで盛り上がって、満たされていく感覚がある。


 あれとは、


 カナデから感じたのは、確かなアーティスト性。

 先輩たちと温めた空気を何倍も過熱して、強制的にファンたちを引っ張り回していく力強さがある。


 会場の空気は、カナデが作っていた。


 音を通して、鼓膜から脳へ直接流れ込んでくるカナデの感情。

 アイドルの中に一人だけ紛れ込んだ、異質の歌姫。

 なぜ、こいつが運営に期待されているのか。

 ここまで力を入れて、前面に推されているのか、肌で理解できる。


「お前の周りに……他の人せんぱいいなくなってるな……」


 ファンだけでなく、先輩さえも置いてけぼりにする歌唱力だった。

 なのに、歌声は惚けている事を許さずに、周囲をぐいぐいと引っ張っていく。


 そのため、独壇場どくだんじょうでは終わらない。

 歌を通してを全体に波及し、雰囲気を上げたり、あえて下げたり、濁流の様に激しさを増していた。


 そして、約3分という短い曲は終わりを迎えた。


 カナデの残した余熱を使い、先輩たちが続く。

 後の人が歌い辛いという事はなかった。


 まるで、小さな炎で作られたイルミネーションの如く、先輩たちは静かに輝いているといった風だ。


 大元である炎は完全にいなくなり、残されたオレはようやく背もたれに体重を預ける事ができた。


「……ハァ」


 自分の決心は間違ってなかった。

 一度、ちゃんと話さないとダメだ。


「そういや、麦茶……飲みたかったな」


 喉が渇いているのを思い出し、オレは重い腰をソファから上げるのだった。

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