一日が終わっての反省

 ひぐらしの鳴く夕方の庭先。

 フェスの一日目が終わり、オレは土井と通話をした。


『ふふん。どうだった?』

「すごかったよ」


 土井にとっての本番は、明日だ。

 今日は全員が歌うステージがあり、そこに少しだけ登場しただけ。

 オレには、たった10秒か、20秒の登場時間が永遠の残像として頭に残っている。


『本当は、……もうちょい、カッコ良い所見せたかったけど……』

「十分だって」


 ライブを見たことで、オレの心にはが芽生えてしまった。

 きっと、この感情をすでにファンの人たちは持っているはずだ。

 こんなに純粋な感情が自分にあったなんて、自分でも知らなかった。


「あのさ。土井」

『なあに?』


 オレは土井と交際はしていない。

 勝手に土井が交際していると言い張っているだけだ。

 だが、本人がそのつもりなら、オレはやはりハッキリさせなくちゃいけないな、と強く思ってしまった。


「いや、……帰ってきてからでいいや」


 今、言うべきじゃない。

 言って、モチベーションを崩したら、元も子もない。


『なに? 気になるじゃん』

「いや、お前立ってる場所、……すげぇなって」


 土井は、まだ自覚しきれてない。

 今、自分がどの位置にいて、どれくらい高いステージで輝いているか。

 本人からすれば、必死になり過ぎて分からないだけかもしれない。


 オレは関係ない人間だからこそ、あのライブを見て素直に感じた事がある。


 土井は、もう別世界の一歩手前にいる。

 いや、入口は潜っているか。


『全体ライブだかんねぇ。そら、すごいでしょ』

「あー、……うん」


 電話の向こうに、みんなの憧れる歌姫がいる。

 優越感がないといえば、嘘になる。

 それ以上に、土井のために自分がしっかりしないといけないんだな、と強制的に分からされた気分だ。


 同じVのライバーでありながら、近藤さんが嫉妬した気持ちまで分かる。


 常人では、無理な所に土井はいるのだ。

 その場所を狙ってる奴は、ゴロゴロいて、土井が不幸な目に遭えば喜ぶ奴までいる。


 それだけ高嶺の花であることを自覚していない。

 オレは土井のそういう所に、危うさを感じてしまった。


 だから、オレがしっかりして、ちゃんと言う事を言わないとダメだ。


「明日も頑張れよ」

『言われなくても頑張るって』


 通話を切った後、オレはため息を吐いてしゃがみ込んだ。

 チャット蘭。同接数。盛り上がり。

 確かな実力。

 いずれも、オレにはない物ばかりだ。


「あ~~~~~~~、やっべぇ。まだ鳥肌がおさまらねえ」


 圧倒される気分は悪くなかったけど、複雑な気持ちになってしまった。

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