初めての感覚
いよいよ、ライブの方が始まった。
カメラは先に観客席の方を映し、盛り上がったファンたちが画面いっぱいに映っている。
観客席には、思いのほか海外の人が多かった。
日本のファンも負けず、大口を開けて推しの名前を叫んだり、ライバーの名前が書かれたうちわを掲げている。
「うおー、すっげぇ」
「ねー」
近藤さんが腕に絡みついてくるけど、オレはもうそれどころじゃなかった。
ライブって、こんなすごいのか。
生で見たら、二度と忘れられないと思う。
「ミニライブって、どれぐらいの規模?」
「え、どれくらいだろう。たぶん、会場によって違うと思う。今の会場は大きいから、四桁はいると思う。観客席以外も含めると、万はいってるよ」
会場によって収容人数は異なるってわけか。
不思議な事に、オレは自宅から一歩も動いていないし、パソコンの画面で見ているだけなのに。
会場の熱気が画面を通して伝わってきた。
真っ黒いステージの一点を全員が見つめ、今か今かと待ちわびている。
やがて、明るかったステージの照明が落とされ、色とりどりに輝くペンライトが前後に動く。
「……始まったか」
音楽が流れ、黒かったステージには虹色の光が現れた。
混ざり合っていた色が単色に分かれ、キャラクターが一人一人、名前のテロップと共に紹介されていく。
その中に、放送事故を起こした玄道カナデがいた。
『カナデぢゃああああああん!』
一人だけやたらと声の大きなファンがいて、驚いた。
他のメンバーも超盛況だが、カナデのファンが半端なかった。
確か、主な出番は二日目とか言っていたが、どうやら一日目もちゃんと出てくるみたいだ。
そして、感じた事のなかった何かが、始まりと共にオレの全身を駆け巡った。
「おお……」
歌が始まると、先ほどまでは何となしにバラつきのあった会場の空気。
これが一瞬で、何とも言えない一体感を実現した。
ステージは、二階建てみたいに、上下の二層に分かれている。
下には、一期生と思われる人たちが並び、上には二期生が並ぶ。
日本のライバーだけではなく、海外のライバーも混ざる形で列を組んでいた。
「すっげぇ……。えー……すっげぇ……」
語彙力が消えてしまった。
女の子達の綺麗な歌声が
オレが知っているアイドルとは、どこか異なっていた。
実際に歌って踊るアイドルをバカにするわけではないが、Vアイドルは似て非なるものだった。
デジタルに特化しているという点はもちろん。
リアルの人間にはできない演出が、実際に会場で行われているのだ。
背景の色は音楽の雰囲気に合わせて、色を変えていく。
たくさんの星やハートが飛び、今まで背景で流れていた星が、アイドルたちの周りを小さな鳥のように飛び回る。
何より、カメラが引いたことで気づいたが、ステージの周りにも背景が並んでいた。想像以上に大きな背景の中で、アポカリプスは歌っているのだ。
「あれ、消えた」
今まで立っていたメンバーが光の粒子となって消えてしまった。
かと思いきや、今度は光が別の形に変わり、別のメンバーになる。
放送事故を起こしたトルテという先輩。
その隣にカナデはいた。
「……んだよ」
カナデは手を振り、周囲の動きに合わせて、ステップを踏む。
アバターは、マリアさん同様に天使のような笑顔だった。
声がいくつも重なっているから、本来は分かるはずがないのに、どうしても際立ってしまう歌声。
カナデは、本気で楽しそうにステージの上で歌っていた。
今まで、リアルで行っていた事が嘘だったんじゃないか、と錯覚させるくらいに透明で、どこまでも清らかだった。
「……輝いて……んなぁ……」
カナデが歌い出してから間もなく、曲は終わりを迎える。
最後はみんなでポーズを決め、再び光の粒子となって、暗闇に消えていった。
その後は、メンバーがソロで歌うらしく、一人だけがステージに現れ、曲が展開されていく。
あっという間だった。
聞いていて、一分が経ったかどうかの感覚。
「レンくん。感想は?」
「……わ、分からない」
「あらら」
「これ、生で見た人。最高の思い出になるだろうな、って感じ。つか、今ってここまで技術進んでたんだって」
かつては、画面の向こうのキャラが出てくることはあり得ないと、懐疑的だった。
だけど、諦めきれない奴らがいて、情熱の末に実現したのだろう。
結局、否定した側には未来なんてなかった。
諦めきれず、頑張りまくった人たちが未来を作って、その一部をチケット一枚で見せられているんだな、と感じてしまった。
小難しいことはともかく。
オレは言葉が出てこなかった。
背中や脇の下が汗ばんでいた。
アホかと思うけど、鳥肌が立っていた。
それだけ、バーチャルアイドルのライブというのは、とてつもない魅力を放っていたのだった。
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