放送事故

 楽屋を映した途端、広がっていた物騒な光景。


『何をしてるんですか?』

『調子に乗ってたので、絞めてるんです』

『あれ? 台本にありましたっけ?』


 玄道カナデが冷たい表情で、先輩らしき女性キャラを壁際に詰めている。胸倉を掴まれた先輩は、斜め下を向き、『すいません』と小刻みに震えていた。


『えー、それでは自己紹介をお願いします』

『どうも。玄道カナデです』


 自己紹介している間も、首に回した腕は解こうとしない。

 脇の下でブルブル震えた女の子にマイクを近づけると、


『ど、も。……けっほ。数の子……げっほ……トルテです……』


 トルテと名乗ったキャラは、本気で咳き込んでいた。

 ピンク色をベースとした髪で、水色や金色などのメッシュが入った、派手めな容姿の子。


 結構本気で締まっているらしく、何度もタップしていた。

 インタビューに訪れているのは、マイクを持ったライバーと、カメラマンの二人だけ。


 ライバーはオロオロとした様子で、カメラに向かって何か言っていた。


『あの、……ちょっと……止めますね』


 カメラは不自然に斜め下を向く。


『――……本番……ッ!』

『だって……つが……』

『ひっぐ……悪く……もん』


 収拾がつかないと判断したのか、カメラを覗き込むアングルで、インタビュアーが手を振る。


『映像が乱れてすいません。スタジオにお返しします!』


 そして、映像が切り替わった。


 *


 和やかなBGMと共に、たくさんのライバーが『みんな仲良しだね☆』と、黄色い声が上がっていた。


 謎のシーンを見たオレは、隣を見る。

 遅れて近藤さんもこっちに向いた。


「あれ、……って」

「放送事故だねぇ」

「やっぱり……」


 あいつ、何やってんだよ。

 先輩に気遣いまくって病んでたじゃねえか。

 なのに、本番中に先輩をシメるって何考えてんだ。


「カナデちゃんのキャラには合ってるんじゃない?」

「キャラっていうか。事故は、事故な気がするんだけど……」


 近藤さんは立ち上がって、「お茶取ってくるね」と冷蔵庫に向かう。


 その間、オレはパソコンの画面をジッと見つめた。

 正直、自分でも自分の顔が引き攣っていると分かってしまう。


『えぇ、続いては物販のコーナーですね』

『アクリルスタンドやポスターなど。皆様のお手元に! 一家に一人。アポカリプスをよろしくお願いしま~す!』


 元気に宣伝するが、一向にカナデの様子が映らない。

 戻ってきた近藤さんは、紅茶のカップを持ってきた。

 オレは自分の分を受け取り、近藤さんが飲むのを待つ。


「あ、こっちも、一応飲んで……」

「もぉ。毒なんか入ってないよ!」


 一服盛ったでしょうが。


 近藤さんが、続けてオレのカップにも口をつける。

 喉を見て、飲んだところを確認。


「よし」

「……もぉぉ」


 紅茶を飲んでゆっくり待つこと、数分が経過。

 ようやく、映像が切り替わり、廊下っぽい場所が映される。


『はぁ……はぁ……、ではぁ、お二人ともぉ。自己紹……えっほっ!』


 たぶん、喧嘩の仲裁で疲れたんだな。

 廊下の端で座り込んでしまう。

 同じく向かいに座り込んだ二人は、肩で息をしていた。


『……玄道……カナデです』

『数の子……トルテ……』


 二人は一礼した。


『コンサートまで、……もうちょっと待ってください』

『しまーす……』


 そして、映像は切れた。

 もう事故に次ぐ事故だった。

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