フェス

心の変化

 片方は、超絶人気Vアイドル。

 もう片方は、癒し系お姉さんで超有名な配信者。


 二人に挟まれると、こうなる。


『んね、ウチの事務所さ。ゲーム出すの。結構、面白くてさ。ゲーム配信サイトで出るらしいから、やってみ。そうすれば、配信の人気出るんじゃない?』

「あ、はい」


 鬼のように朝と夜に電話が掛かってきて、意味もなくダラダラと電話をするアイドル。


「レンくん。顔見せてよぉ。何もしないからぁ」


 本当に尿意を催して、必死に懇願した末、渋々お願いを聞いてもらった。そして、今トイレに籠って電話をしているわけだ。


『まだいんの、あいつぅ。追い出せばいいじゃん』

「できるわけないだろ」

『何で?』


 扉越しに立ってる近藤さんを見つめ、声のトーンを落とす。


「……包丁……持ってんだよ」


 何で、オレの周りって、必ず凶器持ってんの?

 おかしくねえか?


 今、電話している土井だって、何かと包丁を持っていたり、スタンガンを持っていたりする。でも、今孤立無援の状態であるオレは、こいつに愚痴るしかない。


『警察呼びなよ』

「無理だよ」

『なんで?』


 トイレに行く前の事を思い出す。


『オレはぁ! 近藤夢さんをぉ! 乱暴しましたぁ! ――早くトイレ行かせてよ! 漏れるって!』


 せっかく、土井のおかげで言質を言わずに済んだのに。

 今度は尿意に便乗して責めてきたのだ。


 尿意責めは、とんでもなく堪えた。

 しかも、自分の部屋のベッドだから、汚したくない気持ちが強すぎた。


『ばか』

「ごめん」


 何で、土井に謝ってるのか。

 それすら疑問に思わなくなってきた。


 ドン、ドン。

 コツ、コツ。


 ノックの後で、金属の当たる音がトイレに響く。


「レンくん! 寂しいよ!」


 ガチャガチャガチャ。

 激しくドアノブを回され。オレは握り拳を額に当てた。


 オレの人生、マジでホラーな展開を迎えている。

 思えば、土井をフった時から、全部の歯車が狂った気がする。


「あの、今、……大なんで。お願い。静かにして」

「……むう。じゃあ、リビングにいるから。早く来てね」


 足音が遠ざかっていく。

 オレはため息をこぼし、「やっべぇ」と一人で呟く。


『何で弱み握らせちゃうのよ』

「おしっこしたかったんだよ」

『漏らせばいいじゃん』

「ベッドがグチャグチャなるだろ。あと、お前カメラで見てたと思うけど。機材とかメチャクチャになってるぞ」

『あー……』


 反応を聞くに、やはり見ていたらしい。


『物は買えばいいし。別にいいよ。あたし、お金……持ってるし……』

「だけど、データは?」

『バックアップ取ってるから。何とかなるでしょ』


 配信に差し支えないなら、それでいい。

 一番、不安だったのはそこだ。


『あ。みんなとご飯行くから。切るね』


 通話が切れて、オレは一人悩む。

 コンサートの配信チケットは買った。

 でも、あの様子の近藤さんが、見せてくれるとは思えない。


 相変わらず、オレの親なんて帰ってこないし、仕事人間だからそっちに集中しているだろう。

 ていうか、今は親に帰ってこられると、かえってマズい。


「……応援……したいんだよなぁ」


 土井のアイドル活動に対しては、自分でも驚くくらいに、オレは本当に応援してやりたい。純粋な気持ちが、以前より膨れ上がっている。


 ちゃんと自分の目で、土井の頑張ってる姿を見ないと意味がない。

 誰かの感想を聞いて答えたって、本人に気持ちを伝える時、すぐにボロが出るものだ。


 そしたら、土井は傷つくだろう。

 それはオレの望むところではない。


 何としても、土井のコンサート映像は鑑賞する。


「となれば、……戦うしかないか」


 まだ始まるまで期間がある。

 その間に、近藤さんと決着をつけないといけない。


 プランはない。

 どうなるかも分からない。


「要は、コンサートを見れたらいいんだ。鑑賞している間、悪魔の手を阻止しないと……」


 オレの中に、光り輝く御茶乃マリアは、もういなかった。

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