修羅場

 近藤さんはジッとスマホを見ていた。が、何度もコールが続くと、不満そうに言った。


「余計なこと言わないでね」


 着信に出ると、スマホをオレの耳に当ててくる。


『おーす』


 大人びた声色が、オレの耳朶を打つ。

 普段の土井と違って、今はカナデモードらしい。

 口調がいつもと違った。


『今さ』


 後ろでガヤガヤと話し声が聞こえていたが、パタリと聞こえなくなる。

 どこかに移動したらしい。

 土井はやや声を抑えて、こんなことを言った。


『そこにいるでしょ?』

「……なんだって?」


 目の前にある顔を見つめると、近藤さんは明らかに動揺した。

 一瞬だけ目を見開くと、すぐに着信を切る。

 だが、すぐに着信があった。


「んもぉ!」


 近藤さんは頬を膨らませる。


「無視。無視」

「ちょっと待ってくれ。説明してくれ。御茶乃マリア? あいつ、何のこと言ってるんだ?」


 神官服に身を包んだ、癒し系V配信者。

 オレが大好きな配信者で、いつも動画を見てた。

 そして、業界の大きなところで活動している土井は、無意味にその名前を口にしない。説得力が違うのだ。


 オレは近藤さんを見つめた。


「近藤さんが、……マリアさんなのか?」


 しかめっ面で、近藤さんは黙っていた。

 その間、ずっと土井から着信が届く。


「電話に出てくれ。頼むよ。これくらい聞いてくれてもいいだろ」


 近藤さんは躊躇った。

 でも、あまりにもしつこいので、渋々と言った様子で、着信に出る。

 だが、出たのは近藤さんだった。


「どうもぉ」

『あぁ、アンタが出るのね』


 着信の音声は、音量が大きく設定している。

 そのため、耳を澄ませると、音漏れした土井の声が聞こえた。


『……あたしさ。見てるから。ふはは』

「へえ」


 近藤さんが辺りに目を走らせる。

 すると、ある一点に目が留まった。


 立ち上がって、近づいた場所は本棚に置いてある、ぬいぐるみ。

 ぬいぐるみは二つ置かれているのだが、その間に丸い形をしたカメラが設置されていた。


『ペット用のカメラ買っておいてよかったわ』

「レンくんは、ペットじゃないでしょう」

『アンタが言うの? ていうか、人のモンにちょっかい出さないでくれない?』


 修羅場が起こっていた。

 近藤さんは一見冷静に見えるが、机に置いた手は、爪が木材に食い込むのではないかと思うほど、力が込められている。


『何言わせようとしたのか知らないけどさ。あたしもアンタの事録っている以上は、同じ条件だと思うんだけど』

「そうかなぁ。炎上すれば、アイドルの方が大変だと思うよ?」

『どのみち、二人とも終わりでしょ。ね?』


 土井は刺し違えるつもりで、堂々と言ってのけた。

 気が強いというか、リハーサルに行く前はブルブル震えていたのに、こういう所は相変わらずだった。


『マリアさん。コラボしようよ』

「嫌です」

『今からマネちゃんに言って、スケジュール合わせるから』

「わたし、断りましたよ」

『拒否権ないでしょ。好き放題しやがって。アンタの時間奪ってやるからな』


 そして、通話が途切れた。

 近藤さんは鼻息を荒くして、オレのスマホを振り上げた。


「もおおおおお!」


 思いっきり、スマホを床に叩きつけた後、何かに憑りつかれたように、近藤さんは机の上のパソコンやカメラ、土井が持ってきた機材をメチャクチャに破壊しまくる。


 身動きのできないオレは、暴れる所をただ見守ることしかできなかった。


「最低! 何なの、あの子!」


 高い機材が見るも無残な姿になっていく。

 近藤さんは机を何度も叩き、長い髪が乱れて、肩で息をした。

 相当、逆鱗に触れたようだ。


 一頻り暴れた後、近藤さんは力なくその場にへたり込む。


「もぉ……殺すしかないのかな……」


 危ない事を口走ったので、オレは声を掛けた。


「あのぉ、ユメさん」


 ジロッとした目で振り向いてくる。


「マジで、……マリアさんなの?」

「そうだよ」


 気力が抜け落ちた風に、あっさりと白状した。

 まるで、どうでもいいって感じだ。


「わたしは、ずっとキミの傍にいたよ」

「あー、えっと。……なんて言えばいいのか」

「レンくんも悪いよね。だって、気を持たせるようなことばかりしてくるし。告白だって、OKしてくれたじゃない。そりゃ、女の子は、本気になっちゃうよ」


 今にも倒れそうな足取りで、ベッドにやってくる。と、オレの上に跨り、重なるようにして抱きしめてきた。


「幻滅したって遅いよ。もう離さないから。ずっと好きだったもん」

「……ユメさん。どうしよう。オレ、心の整理がつかないんだけど」

「レンくんは、わたしだけ見てればいいの。何だってしてあげるんだから。ね?」


 顔を頬ずりされ、近藤さんが全身で抱き着き、力を込めた。


「……絶対に、あいつだけは許さないから」


 憎しみを込めた一言で、オレは黙ってしまった。

 人が本気で怒った瞬間と言うのは、男とか、女とか、関係なく本当に恐ろしいのだな、と体感したのだ。

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