ぎゅってする

 今まで、女の子と付き合ったことがないから、分からないけど、交際するって色々と大変なんだな。


「はい。あーん」

「あー……」


 近藤さんが腕を絡め、肉じゃがを口に運んでくる。

 今まで、おっとりとしていた雰囲気が、豹変しているように思えた。


「美味し?」

「……うん」


 近藤さんは指と指を絡ませ、恋人繋ぎをしてきた。

 近藤さんの作った肉じゃがは、味がよく染み込んで濃い味だったので、オレの好みだった。でも、ジャガイモを歯で噛み砕いた時に、ちょっとだけ苦味があったので、もしかしたら傷んでいるのかもしれない。


 咀嚼する所をジッと見られ、何となく食べにくかった。


「近藤さんは食べないの?」

「ユメ」


 口を尖らせ、近藤さんが言った。


「名前で呼んで」

「ゆ、ユメ、……さん」

「むぅ。まあ、いっか」

「せっかく作ってくれたんだから、一緒に食べようよ」

「わたしは、いいかな」

「へぇ?」

「お腹空いていないし……」


 ニコニコと笑って、オレが食べる所を見てくる。

 あまりにもジッと見てくるから、オレは肉をスプーンで掬い、近藤さんの口元に持っていく。


「どうぞ」

「え?」


 一瞬だけ、眉が持ち上がった。

 驚いた風にスプーンとオレの顔を交互に見つめ、「いいよぉ」とオレの手を返す。


 何かおかしいな。

 別に近藤さんを疑うわけではないけど、自分で作った料理を自分だけ食べないとか。


「何か入れてます?」

「……入れてないよぉ」


 いっそ、「大嫌い」とか言われてもいいから、スプーンで持ったジャガイモを無理やり食べさせてみようか。


 そう考えたオレは、自分でも強引ではあるが、近藤さんの肩を抱いた。

 イチャつくためではない。

 相手が逃げないためだ。


「レンくん……」

「ユメさんもどうぞ」

「はは。お腹空いてないって言ったのにぃ」


 ニコニコと笑う天使の笑顔が一変した。

 口角を持ち上げ、近藤さんはニッと笑うのだ。


「オーバードーズしないように調整したから。ふふ」

「……お?」


 オレはいつの間にか、近藤さんの胸に顔を埋めていた。

 手に持っていたスプーンは床に落とし、頭の中がグルグルと回る。


「う、お、ねむ……っ。うおぉ……やべ……」


 近藤さんの太ももに手を突き、体を起こそうとした。

 オレの体って、こんなに弱かったっけ? と、首を傾げたくなるほど、脱力感に襲われる。


「よし……よし……」


 普段なら、これだけベタベタと女の子の体を触れば、何かしら思う事の一つや二つあるけれど。配慮とかするんだけど。

 今だけは無理だった。


 とにかく起き上がろうと、太ももを握り、口元に当たる柔らかな感触に息を吹きかけ、気が付けばオレは近藤さんに抱き着いていた。


 そうしないと、上体が傾きそうだった。


 ヤバい。

 訳が分かんねえ。

 頭がズシンと重いし、気を抜いたら溶けそうな感覚。


「男の人って、……やっぱり胸が好きなんだねぇ」

「はぁ、……ふぅ、ユメさん。……ちょ、今日は帰って……」


 最後の力を振り絞って、近藤さんの肩を押す。

 膝立になった後、オレは四つん這いでリビングから出ようとした。


「どこ行くのぉ?」

「……ふぅ。ふぅ。寝ます」

「そっか。おねんねするのね」


 リビングのドアノブに手を掛けた。

 その時、横から手首を掴まれ、無理やり振り向かされる。


「一緒に寝よっか?」


 何も考えれない。


「きて。ぎゅってしてあげる」


 そして、オレは近藤さんの胸に向かって、再び顔を埋めたのだった。

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