曲:キミの隣 歌:御茶乃マリア

 10日後にコンサートがあるという事で、オレは『配信チケット』の方を買うことにした。


 会場に行く方のチケットが完売。

 でも、配信は売り切れが基本ないらしい。

 なので、配信で見ようかなと買わせてもらった。


 まあ、日中は大体レッスンや段取りの確認で忙しいみたいだし。

 本人は楽しそうだけど、本当に余裕がないみたいなので、オレは応援しようとチケットを買うわけだ。


 そして、現在。

 夜中に変な曲を聞いて寒気がしたオレは、癒しを求めていた。


「さっき、ヤベェ曲聞いたから、マリアさんの配信見ようかな」


 アーカイブの方から、見逃していた昨日の配信を見返す。

 準備画面から配信画面に映り、いつも通り癒しの象徴であるマリアさんが映る。


『最近楽しそうだね』

『男できた?』


 などと、コメントでからかわれている。


『えー? そんなことないよ? ふふ』

「はぁ、やっぱマリアさんだよなぁ」

『あ、そうだ。今日はちょっとお知らせがあってね』


 何だろうと思い、見ていると画面には、動画の告知が出てきた。

 何やら、歌の動画を出すみたいだ。


『作詞家の人と打ち合わせして。みんなの事を考えて、作った曲なの』


 すると、コメントでは賑わいを見せた。


『うおー!』

『マジか。嬉しい!』

『これか、喜んでた理由』


 オレも視聴者の一人となって、喜んでしまった。

 マリアさんの柔らかい声で歌う曲って何だろう。

 ワクワクしてしまう。


『一応、音源はあるから。流すねぇ』


 なるほどな。

 ちゃんとしたバージョンは、近日アップする動画の方で、ってことか。

 絶対に可愛い曲になると、オレは確信した。


 それが、以下の通りである。


『仕事が忙しくて会えないよ こんなにウズウズしちゃう気持ち

 もう抑えられない いっそ君が歩けなくなれば

 ずっとわたしが面倒見るのに……っ!


 左手の腱 右手の腱 両足の腱

 あなたの紅い心臓 全部わたしのもの

 絶対に渡さない わたしの わたしの わたしの

 ワタシだけの物 君はワタシのそばにいるべきなんだよ?


 君のためなら聖人だって演じてみせる

 生涯掛けて ワタシはわたしを偽る


 唇を吸うとき 一緒に赤い水を飲みたいわ

 ねえ? 聞こえてる?


 I Know... I Know...


 ワタシはここにいるよ

 君の隣


 首筋に赤い花をあげる

 今世だけはキミをちょうだい

 全部ちょうだい

 全部ワタシだけのもの


 胸が弾む 恋の季節

 キミの後を尾けちゃった

 そこにいるんだね?


 I Know...! I Know...!


 もう逃げられないよ      』


 曲を聞き終わった後、オレは意味もなくリビングの入口や窓の外を見た。


 なんだろう。

 何で、今ぞわっとしたんだろう。


 奥歯がカチカチと震えていた。

 表情は自分でも分かるほど真顔。

 気持ちは落ち着いている。

 なのに、奥歯だけが震えていた。


「おーい」

「うわ!」


 後ろから声を掛けられ、ビックリした。

 土井がシャツとスカートというラフな恰好で立っていた。


「どしたの? すごい汗だけど」

「い、いや?」


 土井は「ふーん」と首を傾げて、冷蔵庫のある場所に歩いていく。

 当たり前のように中を開けて、水を取り出す。

 水を飲みながらも、こっちが気になるのか。目だけをこっちに向けていた。


「御茶乃マリア?」

「……うん」

「……なんであたしの見てないのよ」


 いじけたように、頬を膨らませた。


「いや、見てたよ。さっきまで見てたけど。お前、変な曲歌うからさ」

「えー? どこが⁉ 風見くんのこと想って作ったのに!」

「スプラッター映画思い出したぞ?」


 昔、馬島と一緒に好奇心で見てしまったグロい動画。

 でも、トラウマになって、それ以来ホラーは無理になった。


「あー、配信終わったの?」

「ん。コンサート近いから。あんま喉使わないようにしてる。マネちゃんにも止められてるし」

「そ、そう」


 オレは額から零れ落ちた冷や汗を指で掬った。

 もしかして、オレが気づかないだけで、世の中狂ってるんだろうか。

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