夏休み

襲来

 頭がツルツルのデブ。

 妻に不倫され、荒れ狂った生活を送ってきたと噂の校長先生だ。


「えー、それでは。皆さん。決して、間違いのないように過ごしてください」


 今日は終業式。

 明日からは、ようやく念願の夏休みに入るわけだ。


 みんな普段はヘラヘラと笑っていて、この世のものとは思えないチャラけっぷりをしている。なのに、今日はめでたい日という事で、表情は引き締まっていた。


 その内の一人が、オレである。


 気分は将校。

 学校という悪夢から解放されたことで、遊びと配信と二度寝を心置きなくすることができる。


「ハァ……。いよいよ始まるな」


 さらば、学校よ。

 もう二度と会いたくないぜ。


 *


 自宅に帰ってくると、見覚えのない車が家の前に停まっていた。


「おっそいよ! ダーリン!」

「……何が、起きてるんだ?」


 不自然なほどにぶりっ子をした土井が、女の子走りで近づいてくる。

 手を引かれて、車の前まで来ると、そこには土井に似た美人さんが立っていた。


「お姉ちゃん。この人。あたしの彼ぴ」

「わぁ。虚言じゃなかったんだぁ」


 土井に似ているのに、全体的に包み込んでくれそうな優しさを感じる女性。


「紹介するね。こっちが、あたしのお姉ちゃん」

「どうもぉ。姉の土井セイコですぅ」


 頭を下げられ、オレもつられて礼をする。

 聖母がそこにいた。

 目が細くて、髪の長い女性だ。


 セイコと名乗った女性は、「それじゃ。セイカ。手伝って」とトランクから段ボールを持ちだす。


 オレは何が起きているか分からず、ぴょこぴょこ動く土井を目で追いかける。


 奴はトランクから持ってきた段ボールを持ち、玄関の前に立つ。

 何か言いたげにオレの方に向くと、笑顔のまま顎で扉を差す。


「早く開けろよテメェ」

「お?」

「こら。セイカ。めっ」


 セイコさんも段ボールを持ってきて、扉の前に立つと、オレを見てきた。二人黙ってオレを見てくるので、一瞬何を待ってるのか分からなかったが、もう一度言われて我に返った。


「あーけーて」

「……あぁ、はいはい」


 玄関の扉を開けて、二人が入る所を眺める。

 段ボールは全部で三つあった。

 中からは、ガチャガチャと音がしたので、たぶん機材だろう。


 全部運び終えると、お姉さんが土井に釘を差す。


「それじゃ、お姉ちゃんもう行くけど。ご迷惑にならないようにね」

「うんっ」

「絶対に間違い起こしちゃダメだよ? まだ高校生なんだから」

「分かってるってば!」


 車にエンジンが掛かり、窓越しにお姉さんが頭を下げてくる。

 オレは「あ、どもっす」と会釈をして、車を見送った。


 玄関前から車がいなくなると、オレはすぐに振り返り、土井に聞いた。


「……これ、なに?」

「配信で使う機材」

「うん。うん? ……うん」


 まあ、配信環境は提供したけど。


「ゲームとか、マイクとか。まあ、色々。スタンドに、パソコン。オーディオインターフェース」


 唖然としてしまって、未だにボーっとするけど。

 何となくやろうとしている事は分かった。

 こいつ、半分住むつもりだ。


「え、さすがに泊まりはしないだろ?」

「…………え?」

「ダメだよ? 泊まるなよ?」

「普通に帰るけど。……たまにはいいでしょ?」

「……おぉ、こいつすげぇな。行動力やべぇな」


 ちょっと脅かすつもりで、オレはきちんと教えてやる。


「男の家に泊まるって、つまり、あれだぞ? お前、貞操の問題に関わるぞ?」

「……ん……分かってる」


 俯いた土井が、チラチラと上目遣いで見てくる。

 いや、違う。

 そういう反応じゃない。


 オレは前屈みになって、指を突き付けた。


「お前さ。色々、あれだぞ。ヤラれるぞ?」

「……ん。何度も言わないで」

「違う、違う、違う! そういう乙女な反応すんなって!」

「だって、付き合ってるじゃん」


 なんだ。

 どうして、極端に押しが強くなった。

 オレは土井の行動力が怖すぎて手が震えてきた。


「ていうか、風見くんは変な事しないでしょ?」

「しないよ。何もしない。100パーやらない。オレほど自分の言葉に責任持ってるやついないからな。本当にやらない」

「じゃ、いいじゃんか」


 当たり前のように家の中に入り、土井が言った。


「重いから手伝ってよ」

「……マジかよぉ」


 車が行く前に言ってやりゃ良かったけど。

 もう行ってしまった手前、とりあえず配信機材を部屋に運ぶことにした。

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