近藤夢

 配信者と聞けば、家に籠ってるイメージが強いと思う。

 だが、オレは家に籠ってばかりではない。


 飲み食いしていると、当然ながら太る。

 太ると、頭が回らなくなる。

 オレの場合は、身長が伸びてくれたから、デブ線とか腹にできなくてよかったけど、他の人はまあまあ太るらしい。


 それが嫌で、家の近くにあるジムに通うようにしている。

 ジムは郵便局の隣にあるので、非常に分かりやすい。


 初めは一人で黙々とトレーニングするだけだったけど。

 長く続けていると、何が起きるか分からない。

 こんなオレにも知り合いが一人できたのだ。


「レンくん」


 休憩室のベンチに座ってると、小さく手を振る女の人が中に入ってくる。


「あ、近藤さん」


 近藤夢こんどうゆめさん。

 オレが中学二年の時に、知り合った年上のお姉さんだ。

 中一からジムには通っていた。

 だけど、トレーナーの人ばかりに見てもらうのは、ちょっと申し訳ないという理由で、近藤さんがオレを見てくれるようになった。


 器具の扱いはトレーナーから教わるけど、近藤さんからは、事故がないように見てもらうってだけだ。


 水、金、日の午後に近藤さんはくるので、オレはそれにスケジュールを会わせて、ジムに通っている。


「ふふ。すごい汗」

「あぁ、ちょっとストレスヤバくて」


 全体的に、菩薩ぼさつのような雰囲気の人だった。

 穏やかな性格で、物腰が非常に落ち着いている。

 品があるというか、どこぞの脅しと告白を交えてくる輩とは違う。


 明るい色の茶髪は、背中まで伸ばしていて、手入れが行き届いている。

 そのため、照明の明かりに当てられることで、潤いが際立っていた。

 綺麗な長い髪は、後ろで一本に結び、ポニーテール。


 他に特徴と言えば、丸みのある目の形か。

 クリクリと丸い目は、小動物のような愛らしさがあり、年の差を感じさせない。


 確か、今は19歳だったかな。

 大学生との事で、勉強とバイトを両立して過ごしているようだ。


「配信上手くいってる?」

「いやぁ。ダメっすね。ははは」

「えぇー、レンくんカッコいいのにね」

「ははは。顔はあんま関係ないっすよ。あれって、お喋りとか、特技が物を言うんで」


 それを言うなら、バーチャル系はまさに革新的。

 顔面格差社会を一変させた、テクノロジーと発想の勝利と言えるだろう。


 オレは使い方が分からないから、普通に顔出ししてるんだけど。


「ふーん。……仕事が忙しくなかったら。毎日でも見るんだけどなぁ」

「いやいや。オレの配信は見なくていいですって。ただ、……木の皮を……ぺりぺりしてるだけなんで……」


 言ってて悲しくなってきた。

 何であのゲームを気に入ったんだろう。

 というか、近藤さんのアカウント名を知らないから、いつ視聴したかなんてオレには分からない。


「その好きなの?」

「え? あぁ、はい。前に、好きなライバーさんがプレイしてて。それで、ハマっちゃったっていうか」

「ライバー……」

「御茶乃マリアっていう、バーチャル系のライバーなんですけど。たぶん、近藤さんは分からない、……かなぁ」


 アニメ系統には疎そうだもんな。

 きっと、読書とか趣味で、紅茶飲みながら悠々自適ゆうゆうじてきに暮らしてそうだ。


 近藤さんの顔色を窺う。

 すると、案の定、近藤さんは「あ、はは」と反応に困ってる様子だった。


 膝に指で円を描いて、言葉に詰まってる。


「前に……話してた気がするかな……」


 近藤さんは消え入りそうな声で、そう言った。

 気まずい空気を壊すために、オレは話題を変えた。


「あ、そうだ。実は向かいの家の犬が。トラックに小便を掛けたんですよ。それに怒ったトラックの運ちゃんが下りてきてんですけど、脛を噛まれて救急車を――」


 言葉の途中で、近藤さんは立ち上がる。


「れ、レンくん。走る機械やろ」

「ランニングマシンですか? いいっすよ」


 オレのトークは、いまいち面白くないのかもしれない。

 頑張って実話を切り出したのだが、近藤さんには受けなかったようだ。

 気分を変えるため、オレは近藤さんについていき、ランニングマシンをやることにした。


 おっとりした雰囲気とは裏腹に、近藤さんは体力が意外にある。

 いつも、オレの方が先にバテてしまい、床に大の字になって寝る事が多い。


 でも、オレは思うのだ。


 ――近藤さん、いいなぁ。


 年上のお姉さん、というのは魅力的だった。

 ポニーテールの髪が弾む度に見えるうなじ。

 汗を掻いて笑顔で振り返る所など、近藤さんは妙な色気がある。


 何より、話していて楽しいと思うのは、異性との関係において、一番重要な事だと思った。

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