御茶乃マリア

買え

 リビングにパソコンを置き、オレは動画を視聴している。


『もおおおおっ! スイカにならないよぉ!』


 果物を積み上げてスイカにするというシンプルなゲーム。

 マリアさんは苦戦しているようで、ぷりぷりと可愛らしく怒っていた。


 他の配信者だと、声の圧がヤバすぎて普通に怖い。

 だが、マリアさんの魅力は、いくら怒っても怖くないところ。

 むしろ、本気で怒ったことがないということで、有名でもある。


「あぁ、マジで可愛い。ほんっと、ヤバい」


 ソファで膝を抱え、オレはずっと奥歯が浮くような可愛さに当てられていた。顎をしゃくり、笑みを押し殺す事ができないでいる。

 我ながら、気持ち悪い顔でニヤニヤしながら、マリアさんを応援しているわけだ。


「へへ。オレは、もうスイカにしちゃったぜ、と」


 マリアさんの配信を視聴しながら、同時にプレイしていたゲームを閉じる。煽るつもりはないが、気色悪いマウントを取るために、SNSで呟いた。


「オレはポカリじゃないんだよ」


 説明しよう。

 ポカリとは、『アポカリプス信者』の通称である。


「やっぱ、へランドだよ。面白いし、笑いが溢れてるし。何より、……マリアさんがいるもん」


 今回は純白の神官服に身を包んで、ゲームをなさっているようだった。

 全体的におっとりとした穏やかな雰囲気。

 金色で艶のある長い髪。

 常に落ち着いた声色で、謎ゲーをするお姉さんだ。


 この人こそ、オレが最も好きな御茶乃おちゃのマリア。


 マリアさんの屈託ない笑顔に癒されていると、スマホが震えた。

 どうせ、土井からだろう。

 オレは無視した。


『あ~~~~~~っ、もぉ! ねぇ! ……な~んて』

「ん?」


 今、聞き覚えのあるフレーズが耳朶じだを打った。


『え? 好ねって、どういう意味って。え、と。ま、まあ、知り合いのライバーさんがね。言ってて。あ、語呂ごろがいいなぁ、って。あはは。あ、ごめん。意味ね。意味は、好きだけど、……まあ、死んじゃえ☆みたいな。酷いよね。ごめん。もう、言わない』


 オレは意味もなく冷蔵庫の方を見た。

 何てことはない。

 お茶を買ったか心配になっただけだ。


「たぶん、配信者ライバーの中で流行ってるんだろうな。そうだよな。だって、オレと土井じゃ影響力違うもんな。住む世界違うし」


 大方、有名ライバー同士で会話をしてたのが伝わった、という感じだろう。

 スマホを開くと、やはり土井からだった。


『お好み焼き食べたい』

「食えば? え、食えば? どういうつもりで送ってきたの、これ?」


 今回のメッセージは、SNSのダイレクトメッセージでも、ホリッシュの通知機能でもない。

 チャットである。

 IDを半ば強制的に交換させられたオレは、こうやって土井からチャットが届くようになった。


「食えばいいじゃん、と」


 ポコン。ポコン。


「……早いな」


 返事はこうだった。

『返事遅くない?』

『作って』


 無茶をおっしゃる。


「材料ないんだけど……」

『買えばいいじゃん』

「いや、金が……」

『あとで渡すから。買って。買えよ! 買え!』

「お前さ。段々と遠慮がなくなってきてるぞ」

『買え買え買え買え買え買え好ね買え買え買え買え買え』


 ホラーだった。

 思わず二の腕を抱いてしまい、スマホの画面を見つめる。


「いくら、あったかなぁ」


 恐怖が限界に達すると、人は従順になってしまう。

 オレはリビングを出て、自分の部屋に向かった。

 寝る時以外は、自分の部屋を使わなくなった。


 部屋に入ると、残り香というか。

 何となく土井の匂いが残ってる。


 香水なのか、ボディソープの香りなのか。

 柔軟剤の香りなのかは分からない。


 ふんわりとした甘い匂いだ。


 枕元にある財布を手に取ると、札の入れる部分を覗く。

 親が留守にしている間の仕送りとして、お金は貰ってる。


「あー、キャベツはあるし。何とか、なるの、かなぁ」


 財布をポケットに入れて、部屋を出る。


「……これ、どういう関係なの?」


 一人で呟き、オレは首を傾げた。

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