占領
いつも通り、誰もいない家に帰ってきた。
その直後のことである。
扉を閉めて、鍵をしようとした所、『ガチャ』といきなり扉が開いたのだ。
「お、お邪魔します」
「いやいや。……マジか」
奴は、オレのすぐ後ろにいた。
全く気付かなかった。
表情だけはオドオドして、「初めて男の人の家にきちゃった」と言いたげである。初心な様子の土井だが、手にはスタンガンが握られていた。
護身用グッズを買ったんだろうか。
何もしてないのに護身用グッズをチラつかされる恐怖。
スルリと半開きの扉に滑り込み、完全に家へお邪魔した土井は、俯いてオレの横に立つ。
「あ、鍵閉めるね」
当然のように
オレは靴を脱いで、家の中に上がった。
すると、土井も照れながら、家に上がる。
これ、おかしいからな。
普通に犯罪だからな。
「何も言ってくれないと、……怖いよ」
「お前が怖いよ! 何でスタンガン持ってんの⁉」
「だって、最近は物騒じゃん。え、待って。もしかして、危機管理能力をお持ちでない?」
「煽るねぇ。君ぃ。不法侵入して煽る奴初めて見たよ!」
なぜか、土井の方が不機嫌そうにスタンガンをカバンにしまう。
「ねえ。ダメだって」
「なんで?」
「お前、アイドルだぞ? 無理だって。オレ、もう、自分が死ぬ未来しか見えないもん」
アイドルのオタクとか、リスナーは個人的に全員厄介だと思ってる。
なぜかというと、あいつらの情熱が狂気に変わる瞬間、ガチで防衛組織以上に統率の取れた動きを見せるからだ。
オレを殺すために。
心配しなくても、オレはアイドルに手なんか出さない。
ていうか、怖くて自分の手が震えているのに、取って食おうなんて発想がない。
「土井」
「……うん」
「帰って?」
「や」
「お願い」
「あたし、……帰ると火事起きるかも」
「……お前さ」
土井を前にすると、本当に不思議な光景を目の当たりにする。
表情だけは切ない感じで、恋する乙女のようだ。
しかし、言動は脅しである。
何より、カバンの中にスタンガンが入っているのを知ってるから、余計に怖い。
「明日からレッスン始まっちゃうからさ。今日の内に許可欲しかったんだ」
「許可?」
「うん。家ぃ、配信するのが、まあ、……できなくてですね」
しょぼんとした様子で、土井がもじもじし出した。
「配信環境、貸してほしいです」
「お前、それ目的じゃないだろうな?」
すると、土井は焦ったように首を横に振った。
「ち、違う! 風見くんのことは本当に好きなの! でも、ほら、付き合ってるじゃん?」
「え、何で、オレ今地獄にいるの?」
「彼氏だったらさ。……彼女の頼みくらい、聞いてくれてもいいじゃん」
思わず、口を押さえてしまった。
脳みそが痺れてしまったかのように、オレの思考は一時停止した。
オレは「付き合おう」と言っていない。
告白&脅しの文言に「イエス」と答えていない。
「ねえ。……だめ?」
土井が甘えるように、上目で見つめてきた。――カバンに手を突っ込んで。
家の事情は気になるけど。
他人の事情にズケズケと突っ込んでいくのは気が引けた。
たぶん、アポカリプスって毎日のように配信してる。
オレみたいな底辺とは違って、配信しないとリスナーが不審がる。
だから、配信環境ってのは本当に大事なんだろう。
言いたいことは山ほどある。
けれど――。
「このままだとさ。……風見くんの本名と、住所言って。付き合ってる事言わないと」
土井はガチで軍団を送り込むつもりだった。
「……い……いいよ」
「ほんとっ⁉ やったぁ!」
花が開いた瞬間のように、土井は満面の笑みで小さく飛び跳ねた。
子犬みたいにオレの周りをグルグルと走り回り、手を掴んでぶんぶん振り回す。
ガンッ。
そして、オレの手を壁に叩きつけ、カバンを大事そうに抱えた。
痛みに悶絶したオレはその場に崩れ落ちる。
「くっ……」
「ありがと! 本当に本当に、ありがと!」
よっぽど、配信する部屋が欲しかったのだろう。
心の底から、土井は嬉しそうだった。
まあ、ウチの親は滅多に帰ってこないし、貸すならオレの部屋を貸そうと思ってる。
これなら、親がもしも帰って来た時、声が入らないだろう。
誰もリスナーがいないのに、防音カーテンだったり、防音素材の物を部屋中に張り巡らしてるから、配信するならオレの部屋しかない。
オレはリビングで配信しようかな。
「ていうか、お前、親は?」
「え、と。……へへ」
「別に泊まるわけじゃないけどさ。ほら。場合によっては、遅くなったりするんだろ?」
「親は、大丈夫。お姉ちゃんに言ってあるから。遅くなったら、お姉ちゃんに迎えに来てもらうし」
ふと、土井の口元が若干引き攣っているのに気づいた。
本当に、何やら事情があるみたいだ。
少しだけ開いた前髪の隙間。
そこにほんのりと汗が浮かんでいるのを見つけた。
落ち着きなく、カバンの紐を握る指がもじもじしている。
こんな様子を見せられて、追い出せるほどオレは鬼じゃない。
「まあ、……部屋にきなよ」
「う、うんっ」
「部屋は一応防音カーテンとか、色々あるけど。暑かったら、エアコン点けていいから」
「ありがとぉ」
階段を上がり、手すりを曲がって、突き当りの部屋。
部屋のドアを開くと、「ふはは」と特徴的な笑みをこぼし、土井がオレの脇をすり抜けていく。
「今日から、……ここがあたしの城なんだ」
「……ふっ……ん? 城?」
なんか、こいつオレのこと置いてけぼりにしてない?
「風見くんっ!」
土井が満面の笑みで振り返る。
カーテンの隙間から差し込んだ白い明かりが、まるで後光のように土井の背中を照らしていた。
少年のように、歯を見せて笑い、大声で叫ぶ。
「あざっす!」
「感謝の念が感じねえんだよなぁ」
こうして、オレの部屋は土井の配信環境になってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます