素直に

 放課後になると、オレは魂が抜けきって、立ち上がる気力がなかった。


「おいおい。大丈夫かよ」

「え? あー、うん」

「こってり、絞られたもんな」

「……もういいよ。何で、オレがこんな目に……」


 じゃあ、いつの日か土井に声を掛けなければ良かったのか。

 そう自分に問いかけると、答えは「NO」だった。

 電車に飛び込みそうになってる奴がいて、何で「見捨てりゃいい」なんて考えになるんだ。


 オレはゴメンだった。


 でも、ここまで粘着しなくてもいいと思うのだ。


「ほれ。これ、見て元気出せ」

「えぁ?」


 馬島が自分のスマホを見せてくる。

 画面には、玄道カナデが映っていた。

 月明かりが反映する夜の海面に立ち、透き通った声色で歌う映像だ。


 3D映像ではあるけど、不覚にも綺麗だと思った。

 本当に歌が上手くて、つい聞いてしまう。


 いや、上手いって表現が、上から見てるようで失礼だと感じるくらいだ。本当に聞き心地がいい。


「こいつ、たぶんさ。キャラの見た目で人気出たタイプじゃないよな」


 すると、馬島が驚いた顔をしていた。

 すぐ後に、嬉しそうに口元が緩む。


「……おぉ、そうだよ。この子、キャラの見た目はもちろん可愛いから。そっちでも人気なんだ。でも、違うんだよ。、男女関係なく虜にしてるんだよ」


 カナデの人気は、同じ配信者として羨ましい。

 けれど、素直に納得がいく魅力を持っていた。


 鯨が背景に映り、大人びた低めの声で歌が続く。

 歌には感情がしっかりと乗っているし、歌詞の節々で声が裏声になったり、自然と元の声に戻っていく流れなど、聞いていて圧巻だった。


「……どうだ?」

「いい。めっちゃ、いい」


 ガタン。


 音がして、オレは教室の扉がある方に顔を向けた。

 土井が、もじもじとして俯いていた。

 馬島は歌に夢中で気づいていない。


「はぁ~~~~~~っ。コンサート行きてぇ。チケット売り切れてんだよ。くそぉ」

「お前、箱推しだから、他の奴にすりゃいいじゃん」

「いやいや。玄道カナデは別。オレ、この子の歌が一番好きなんだよ」

「おぉ、……そっか」


 本人が近くにいるし、喜んでいるだろうな。

 そう思い、向く。


「……えへへ」


 メチャクチャ照れていた。

 そして、土井はオレの方を見て、「お前は?」と言いたげに念を送ってくるのだ。


「お前は?」


 テレパシーで通じ合ってるわけではないだろうけど。

 馬島が直で聞いてきた。


「まあ、……いいんじゃね?」


 土井が真顔になった。


「お前さ。もうちょい、何かあるだろ。今時、ドライぶるのマジで冷めるわ。素直に言えよ」


 土井が賛同している。


、まあ、好き。

「ふん。それで十分だよ」


 土井の方を見ると、複雑そうな顔をしていた。

 腕を組んで首を傾げ、不満げに見てくる。

 そもそも、本人が目の前にいるのに、素直な感想なんか出てくるわけがない。


 オレがジッと見ていると、土井は頬を膨らませ、「んべっ」と舌を出した。扉の陰に引っ込み、小さな足音が教室から遠ざかっていく。


「ったくよぉ。あーあ。カナデちゃんって、どんな子なんだろうな」


 恐ろしい奴だよ?


「きっと、可愛い人なんだろうな。普段は毒吐くけど。でも、そこが良いっていうか。憎めないんだよな。愛嬌があるっていうか」

「そうかぁ? オレ、憎いけど?」

「んだよぉ! アンチかぁ⁉」


 だって、本人のこと知ってるもん。


「嫉妬すんなよ。お前、チャンネル登録者数伸ばしたいからって。さすがに学校でビラ撒くのはやべえよ。反省文書いたんだろ?」

「あれはオレじゃないって!」

「じゃあ、誰だよ?」

「それは……」


 言いたい。

 土井セイカが、オレに対する嫌がらせでビラを撒いているって。

 喉の所まで出かかったが、ぐっと飲み込む。


 目の前に、猛烈な信者がいるのだ。


「素直に認めろ。嫉妬したんだろ?」

「……してないってぇ」


 趣味でいい、って配信の事は決めてたのに。

 どうして、嫉妬したっていう流れに持っていくんだ。


 オレは額を押さえ、夏の熱い日差しをジッと堪えた。


 何だかんだ言って、本当に歌だけは良かった。

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