第二発目

 翌日の昼食時。

 オレは職員室にいた。


 先生五人に囲まれて、プリントを突き付けられる。


「風見ぃ。これ、なんだぁ?」

「分かりません」

「分からないじゃねえだろォん⁉」


 プリントを机に叩きつけ、怒鳴る担任。

 他の先生が担任を「まあまあ」と宥めていた。


 担任が手にしているプリントは、こうだ。


『うぇーい。オレ、風見レン。毎日、女子を食いまくり☆ そこのお前も、オレのメスになれや! つーわけで、チャンネル登録よろ~☆』


 これが職員室前の提示版に貼られていたのだ。

 あと、生徒会室。

 あとあと、オレのクラスの女子生徒全員の机。


 自分の頬が引き攣っているのが分かる。


「お前さぁ。女を何だと思ってるんだ?」

「怪物ですかね」

「人間だぞ! 人間! どういう教育されたら、お前みたいな性犯罪者予備軍になるんだ!」

「まあ、まあ! 落ち着いてください。きっと、悪ふざけですよ。だよな? 風見?」


 オレは答えれなかった。

 だって、犯人に目星がついているから。


「風見ぃ! 教頭先生が聞いてんだろォォンッ⁉」

「……そっすね」


 オレは、心のどこかで舐めていたのかもしれない。


 普段は、うら若き乙女。花の女子高生。

 配信では、トップを誇る人気アイドルの玄道カナデ。


 学校で、一人の男子に粘着をして、こんな悪ふざけをするとリスナーが知ったら、どう反応するだろう。


 たぶん、現実を見たくない一部の人間が、オレのせいにして、ガチの突撃をかますに違いなかった。

 オレが昨日、咄嗟に声を上げなかったのは、こういう理由だ。


 声を上げて、カナデのチャンネルが炎上。

 騒ぎになって、運営が謝って、犯人さがしが始まる。

 あいつら、こういう時は警察組織顔負けの特定っぷりを発揮するから、秒でオレが割れる。


 で、オレの家に押し寄せてくるわけだ。


「風見ぃ!」

「マジで、何なんだよ……」

「な、なんだとは何だァ⁉」


 べちんっ。

 今時珍しい体罰。ビンタを頬に食らい、オレはうな垂れる。


 重苦しい空気が漂う中、職員室の扉が開いた。


「失礼します」


 オレは頬を押さえて、意外と攻撃力のあるビンタに戦慄していると、一人の女子生徒が割って入ってきた。


「これ。頼まれていたプリントです」

「お、おお、土井ぃ。悪いな。変なところ見せて」

「いえ」


 土井がくるりと身を翻す。

 その瞬間の顔をオレは見逃さなかった。

 髪の毛が一瞬だけ顔半分に掛かり、ちょうど先生達から見えない角度で、土井は口端を持ち上げた。


「……くすっ」


 邪悪な笑みが、オレに向けられたのだ。

 オレは言葉を失い、思わず手を掴んでしまう。


「ちょ、待てよ」

「いやっ!」


 土井は甲高い悲鳴を上げた。

 まるで、暴漢に遭遇し、身の危険を感じた乙女の悲鳴だった。


 唖然としたオレは手を離してしまい、情けなく狼狽えてしまう。

 土井は掴まれた手首を愛おしそうに擦り、潤んだ瞳でオレを見つめてきた。


「風見ィィィィッッ!」


 べち、ドスっ。

 ビンタの後に、強烈なボディブローがオレを襲った。

 さすがにマズいと思ったのか、先生たちが担任を押さえる。


「かはっ。……ま、じで、やっべぇ。おえっ」

「はぁ、はぁ、お前! どんだけ女に手つければ気が済むんだ!」

「いや、違うんです。これには理由が……」

「理由⁉ 女に手を出すのに、理由なんてあるのか⁉ ええ⁉」


 先生の怒鳴り声が職員室に響く。


「あの、先生。大丈夫です。ちょっと、……びっくりしちゃっただけですので」


 土井はしおらしく振る舞い、ぺこりと頭を下げた。

 そして、「あたし、気にしてません」のていで、スタスタと職員室から出て行く。


 土井を先生たちが見送った後で、オレへの詰問が再開された。


「反省文書け」

「……あの、本当に、オレ、やってな――」

「書け! 書けよおお! プリントなら、ほら! ほらぁ! ここにあるからよぉ! 書け書け書けぇ!」


 担任は怒りに任せて、自分の机を拳で何度も叩き、近くにあったテスト用のプリントをグシャグシャに丸め、オレに投げつけた。

 大きな子供のように暴れ、張り上げた声は犬の遠吠えみたいだった。


「はぁ、ハァ、……おい。風見」

「……はい」


 ヤンキー座りで、担任がメンチを切ってくる。


「土井はなぁ。お前みたいなクソと違って。ほんっとに、良い子なんだよぉ。汚されちゃいけないんだよぉ」


 他の先生たちも、「うん、うん」と頷いている。


「お前、昨今の教師陣たちが腐ってると思ったら大間違いだぞ。ウチの学校はな。死ぬ気で女子守るぞ。おい」


 ぺちぺち、と頬を軽く叩かれた。

 いや、女子を守る気概きがいは素敵だよ。

 本当に、素晴らしいよ。


 でも、オレの話をもうちょっと聞いてくれてもいいじゃないか。


 怒りに狂った先生たちに見守れ、オレは反省文を書くことになった。

 この日から、オレのあだ名は『迷惑系配信者』になったのである。

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