来ちゃった

 誰もいない家に帰ってきて、軽く飯を食ったら、部屋に行く。

 オレの生活ルーティンなんて、こんなもの。

 パソコンに電源を入れたら、動画サイトホリッシュにアクセスして、配信準備。


「……あー、もう。何なんだよ。どうして、こんな事なったんだ」


 パソコンの横に置いたスマホ。

 さっきから、通知が届きまくって大変なことになっていた。


 恥ずかしながら、オレはSNSに宣伝目的で投稿することはあっても、他の使い方をしたことがない。つまり、通知の止め方すら分からない。


「これ、どうしたら……」


 スマホを開くと、同じ相手から何度もダイレクトメッセージが届く。


『好き』『死ね』『好き』『死ね』


 相手は、【籠鳥】さんからだった。

 オレに初めて応援メッセージをくれた人だ。

 初めは、厄介な人かな、というのが文面から伝わってきた


 こいつのアカウント名を見て、思い出したのだ。

【あなたの後ろ】さんは、【籠鳥】だ。


「情緒狂ってるよ!」

ね!』

「ああああああああ!」


 大きく振りかぶって、スマホをベッドに投げつけた。

 愛と憎しみは表裏一体と言うけど、ここまで極端ではないだろう。

 ていうか、混ざり過ぎて、もはや何なのか分からない。


「配信だ。よし。配信。こういう時は、……木の皮を剥ぐゲームに限るな!」


 OBSという専用ソフトを使い、ゲーム画面をキャプチャする。

 オレの場合は、バーチャル系配信者と違い、凝ったものはない。

 ささっと簡単な設定だけして、『配信開始』を押すだけ。


「さーて。ゲリラでやるから、……ふふ。0人からスタートだな」


 いけね。涙出てきた。

 濁った視界を袖に拭うと、オレはキーボードに手を置く。

 その時だった。


 視聴人数が0から1に変わった。


『好ね!』

「お前さぁ」


 どうして、こいつと二人きりなんだよ。


「二人きりで中傷って、ますます狂ってるぜ?」

『お前が悪い』

「なんだよ。何が悪いんだよ。言ってみろよ」


 チャット蘭が黙った。

 そこから、オレは推測した。

 今ので、こいつが黙るという事は、があるのではないか。


 チャット蘭を睨み、オレは追撃をかます事にした。


『好きだもん』

「ごめん。理由になってないわ。いや、責めるつもりはないよ? でも、どうして粘着するのかな、って気になっただけ」

『お家に行きたい』

「あの、……レベル上がり過ぎなんだよ。段階どこ行った? 顔知らないんだぜ?」

『今日はレッスンないから、行きます』

「何が? 何のレッスン?」

『……木こり』


 へえ。木こりにレッスンってあるんだ。

 オレは少しだけ興味が湧いてしまった。

 てことは、林業か何か目指してる人なのか?


 今やってるゲームとシナジーがあるな、なんてのん気に考えてしまい、オレはゲームを開始する。


「最近、規制が激しいんだからさ。中傷はやめといた方がいいぞ」

『心配してくれるの?』

「まあ、一応ね」


 お前いなかったら、オレ独り言喋ってる変な奴だろ。

 さすがに一人は寂しすぎる。


『分かった。でも、は大丈夫でしょ』

「どういう意味?」

『好きだけど、死んでほしい』

「……すでに精神状態おかしいんだよな」


 矛盾どころではない言葉を投げられたって、相手は困惑する。

 事実、オレは矛盾する言葉をぶつけられて、素直に傷つくことはできず、喜ぶこともできない。ふわふわした気持ちになっていた。


『ていうか、近くにいるんだよね』

「何が?」


 木の皮をやすりで擦りながら、オレはチャットに目を向ける。

 しばらくの間、チャットは書き込まれなかった。


 でも、視聴人数は減っていないし、【あなたの後ろ】は見ているだろう。


「さて。後はコーティングして、出荷。っと」


 謎ゲーに熱い気持ちが込み上げてきた矢先、それはきた。


 ピン、ポーン。


 家のインターホンが鳴った。

 仰け反って、壁に掛けた時計を確認。


 20時。

 もう夜中だ。

 父は出張で、母は会社に寝泊まりしているから、帰ってくる連絡は受けていない。というか、鍵を持っているのでインターホンを鳴らす必要はなかった。


「え?」


 ピン、ポーン。


 インターホンが鳴った直後、何か音が聞こえた。


 ガチャ、ガチャ、ガチャ。


 ノブを回す音だ。

 しかも、乱暴に弄っているようで、音が二階にまで聞こえてきた。


 怖くなってきたオレは、自分の部屋の窓から玄関を見下ろす。

 位置としては、玄関の斜め上がオレの部屋だ。

 だから、向かいに建っている電柱が見えるわけだ。


 窓を開けて、首を伸ばす。

 小屋根が邪魔でよく見えないが、誰かの足がチラリと見切れていた。


「あ、あのー。親は留守なんですけど……」


 警察呼んだ方がいいのかな。

 スマホはベッドの上だ。

 何かあれば、すぐに呼ぼう。


 軽く心構えをして、オレは再び呼びかける。


「あのー」


 ちょっと大きめに呼ぶ。

 すると、相手は気づいたようで、玄関から離れた。

 小屋根から出てきた小さな頭。

 振り返ったそいつの顔を見て、オレは冷や汗を掻いてしまった。


「……風見くん。きちゃった」


 土井だった。

 切なそうな表情が、外灯の明かりに照らされている。

 顔を含めた体半分は、白い明かりで見えている。

 だが、反対側はちょうど薄い闇に包まれて、よく見えなかった。


 格好を見るに、学校から真っ直ぐ来たのだろう。

 シャツとスカートのままで、肩には学生カバン。

 あと、――の半身が気になった。


 なんか、持っているのだ。


「来ちゃったって。どうして、来たんだよ」

「会いたくて……」

「いや……、お前……」


 オレ、呼んでないぞ。

 どうやって、家の場所分かったんだよ。

 涙を流しているのか、土井は手の平で顔を擦っていた。


 その時、見えてしまった。


「家に、いたくないから。……ぐずっ」


 見えなかった方の片手に持っていた、それ。

 だったのだ。

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