聞いてもらえない

 翌日、学校に行くとオレは唖然とした。


「おい。風見。これ、なんだ?」

「へ? え?」


 黒いマスクをしたオレの写真が、大きく映ったプリント。

 これが校門にくっつけられていた。

 しかも、余白の所に『ボクは風見レンです。チャンネル登録よろしく!』と書かれていたのだ。


 文字通り、事になっている。


 ジャージを着た浅黒肌のマッチョ教師に詰められ、オレは口ごもる。


「動画、撮ってんのか? ん?」

「いやぁ、……何の、ことか」

「この泣きボクロ。お前だろ」

「……たぶん」


 プリントに映ったオレの顔。目の下辺りを指し、マッチョ教師が聞いてくるので、素直に頷いた。

 オレが答えると、先生はため息を吐いた。


「お前な。学校にまで来て、登録者の勧誘するなよ」

「み、身に覚えがないんですが……」

「こんなの貼って得するのお前しかいないだろ」

「得してます? え、オレ、結構困ってるっていうか……」


 何気なく、オレが開放されている校門に目を向けた時だった。

 一人の女子がオレと先生の真横を通り抜けた。


「……くすっ」


 土井だ。

 スタスタ歩いてきたと思ったら、通り過ぎる間際に微笑を浮かべていた。


 本来なら聞こえるはずのない、小さな笑い声。

 道行く他の生徒に交じって登校した土井は、確かにオレを見て笑った。


 一瞬だけど、敵意剥き出しの鋭い目つきを向けてきた。

 だが、話しかけてくることはなく、土井はさっさと校門を潜り、生徒玄関に向かう。


「マジかよ」


 素顔を知ってる。

 そう聞いて、オレは「いや、素顔晒してるけど」と油断していた。

 違ったのだ。


 素顔を知っているからこそ、使がある。――という意味だった。

 その証拠が、校門のブロック塀にベタベタ貼られたオレの写真。

 オレは恥を掻くし、学校側はオレを叱る。


「聞いてんのか?」

「あ、はい」

「お前、これ、……どんだけ貼ったんだよ」

「いやぁ、オレじゃないんですけど、ねぇ」


 見渡す限り、校門は全部埋め尽くされている。

 校門のブロック塀から先は、緑色のフェンスが学校の敷地を囲んでいるのだが、そこにもプリントが貼られていた。


 恐ろしい執念である。


「まだ時間あるだろ。オラ。お前も手伝え」

「へ?」

「剥がすんだよ!」


 怒られてしまい、オレは言われた通りに貼られたプリントを一つ一つ剥がしていく。大量のプリントを胸に抱えていると、どこからか笑い声が聞こえてきた。


「ぷっ。なにこれぇ」

「必死過ぎでしょ」


 声に振り向くと、女子二人がオレのプリントを見て笑っているのが見えた。ジッと見ていると目が合い、女子たちはクスクス笑って生徒玄関に向かう。


「はぁ……。嘘だろ。ここまでやるか?」


 昨日言われた、脅しなのか告白なのか分からない何か。

 断ったというより、もっとお互いを知ろうと言うつもりだった。

 なのに、話を聞かないでさっさと行ってしまうのだから、本当に参った。


 土井は、確かにクラスの中でも可愛いと思う。

 顔立ちは大人びていて、ウェーブの掛かった品のある、セミロングの髪だって艶があり、綺麗なものだ。


 ぱっと見、美人だからこそ取っつきにくい雰囲気はある。

 なのに、背が低くて、華奢だからこそ男子には人気があるはずだった。


 そんな土井だからこそ、オレは困惑したのだ。

 お互いの事だって、まだ知らないのに。


「ち、きしょぉ」


 何だか悲しくなってきた。

 プリント剥がしを再開し、先生とは逆側のフェンスに移る。


「く、ふ、……ふふ」

「んぉ?」


 目の前から笑い声がした。

 顔を上げると、フェンスの向こう側には、オレに冷たい眼差しを向ける土井が立っていた。


「……いい気味」

「お前かよ。やっぱ、お前か」

「あっちにも貼ってるから」


 フェンスの奥を指し、土井がクスクス笑う。


「いや、やり過ぎだって」

「は? やり過ぎ? 何言ってんの?」


 土井が真顔で言った。


「あたし、昨日すごく悲しかったんだよ。勇気振り絞って、告白したのに。踏みにじられて、凌辱されて……」

「いや、凌辱は、……してないけどさ」

「したよ! 心の凌辱だよ。あたし、本当に好きなんだもん」


 オレは周りを確認する。

 ちょうど、生徒達は校門の中に入っており、先生は声が届かない所まで移っている。


「だから、何でオレなんだよ。オレ、何もできないって」

「存在」

「は?」

「存在してるだけでいいよ」

「非の打ちどころないじゃん。存在認められたら、もう言葉ないじゃん」


 土井は口をツンと尖らせ、前に手を組んだ。

 いじけた子供みたいにして、フェンス越しにオレを睨みつけてくる。


「……付き合って……欲しい。そしたら、嫌がらせやめるから」

「だから、お互いの事を――」

、風見くんの家に行くのだってやめる。部屋に侵入しようとしたのもやめるから」

「やめて? お願い。それ、やめて」

「風見くんの家って、両親共働きでしょ。知ってるよ。二人とも、んだよね」


 土井は、口端をつり上げて笑った。

 昨日見た、清純な表情を浮かべる土井が目の前から消えている。


「女の子怒らせると、……


 プリントを握りしめ、オレは言葉を腹の底から絞り出す。


「今の所、オレの話聞いてもらえてないんだけど!」


 土井は言うことを言ったら、さっさといなくなってしまった。

 教室に向かったのだろう。

 オレはその場に蹲り、何とも言えない気分でうな垂れた。

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