ごめん
生徒玄関の靴箱の前で、オレは首を傾げた。
オレの靴箱に、手紙が入っていた。
『あなたの素顔を知ってる……』
馬島は先に帰ってしまった。
家に帰って、配信を見るか、ゲームするかだろう。
オレは先生に頼まれごとをされて、明日の授業で使う機材を運んだので、帰りがちょっと遅くなった。
そして、靴箱を開けたら手紙。
「素顔ってなんだ?」
すぐ頭に浮かんだのは配信のこと。
でも、オレの配信はマスク姿なので、ほとんど素顔を晒している。
生徒玄関のガラスに反射した自分の姿を見つめる。
身長だけ他の奴より高いだけが特徴。
他はどこにでもいそうな男子って感じだ。
もう一度、手紙に目を落とす。
『一年C組の教室に来て』
オレの教室だった。
*
言われた通りに、教室へ戻って来た。
まだ16時だけど、やや赤みの差した光が中には差し込んでいた。
開けっ放しの窓からは、野球部たちの掛け声や吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。
揺れるカーテンの傍に、オレを呼び出したそいつはいた。
「あ……」
振り返ったそいつは、薄く笑みを浮かべた。
机から離れると、前に手を組む。
オレは廊下に誰もいないか確認してから、呼び出した張本人に近づく。
「え、土井が呼び出したの?」
「うん。呼び出した」
サラッと認めるから、何か拍子抜けした。
てっきり、質の悪いイタズラか何かだと思っていた。
教室には誰もいないか、きた時点でネタばらしするかを予想していた。
でも、土井の様子を見るに、からかっている雰囲気ではない。
土井は下を向いていた。
前に組んだ手は、指と指を擦り合わせ、落ち着きない。
顔立ちは大人びているのに、背は低いから、オレが見下ろす形となる。
「で、……素顔って?」
「風見くん。配信、してるでしょ」
「あぁー、……うん」
配信が有名になってほしい。という気持ちはあるのに、顔見知りから言われると照れ臭いやら、気まずいやらで、言葉に詰まった。
たいそうな物じゃない。
人に自慢できるものではない。
誰かに見せたら、あまりにも視聴数が低くて、痛々しさしか伝わらない。
「実は……、み、見てるんだよねぇ」
「お、おう」
土井の脳天を見つめ、平静を装う。
「それでね。あの……」
「うん」
お互いに変な空気が流れ、ムズムズとした気持ちに耐えていると、土井が顔を上げて言った。
「バラされたくなかったら、あたしと付き合ってよ。……えへへ」
白い頬は桃色に染まり、照れ臭そうに笑った表情は、今にも崩れてしまいそうなほど脆い。無理をしているのが分かる。
スカートの端を握りしめ、土井は再び俯いてしまった。
「……あー……んー……とね」
窓から差し込む柔らかい風が、オレ達の髪を撫でた。
窓越しに赤みの掛かった晴天を見上げ、オレは下唇を噛んだ。
自然と眉間に皺が寄り、土井を見て、また窓の外を見た。
《おい! バット投げんな! おい! いてぇって!》
野球部の掛け声に耳を澄ませ、オレは何も言えずに、辺りをキョロキョロと見回す。
「……ねえ。何とか、……言って……ください」
オレ、今何を言われたの?
告白?
脅し?
え、どっち?
土井の言葉に困惑したオレは、答えが出てこなかった。
なぜなら、言葉の意味を未だに理解してないからだ。
「か、風見くんはさ。……カッコいいじゃん?」
「……どうも」
これを返すので精一杯。
「優しくて、信用できるし。忘れちゃったかな。あたし、落ち込んでた時があって。風見くんに慰めてもらったんだよ」
「……うん。うん? ……うん」
確かに。
土井が死ぬほど落ち込んでいた時があった。
過去に遡れば、電車のホームで青白い顔をして、突っ立っていたので「さすがにマズいな」と思い、気持ち悪がられるのを覚悟で、オレは声を掛けた。
それから、悩みを聞いたけど。
オレからすれば、土井が泣きそうになっていたので、何とか泣かないように宥めるのに必死だった。
ようは、相槌を打っただけで、話なんて聞いていなかった。
「あたし、……風見くんが、……好き……です」
「うん」
「だから……ッ!」
絞り出すように、彼女はもう一度言う。
「配信してる事を全校生徒にバラされたくなかったら! あたしと付き合ってください!」
深々と頭を下げられ、オレは――何か言われた。
「や、あの、ごめん」
「――え?」
「あのさ。オレ達、お互いの事何も知らないっていうか……」
「……う、……ぐすっ」
顎をしゃくり、土井の目尻からは大粒の涙がこぼれる。
さすがに女子を泣かせた所は、誰かに見られたくない。
「な、泣くなって! だから、オレ達さ。本当にお互いの事、何も知らな――」
きゅっ。
内靴の底が床を噛み、甲高い音を立てた。
土井は走って教室から出て行ってしまった。
一人残されたオレは、呆然としてしまう。
「なん、なんだよ」
一気に体から力が抜け、机に座ろうとした時だった。
ガシャン。
ガラスの砕ける音が聞こえ、オレは再び立ち上がる。
「え⁉ なに⁉」
いきなり大きな物音が廊下から聞こえ、咄嗟に胸を押さえてしまう。
心臓がバクバクと強く脈を打ち、オレはカバンを担ぎなおして、廊下に出た。
「う、げ」
廊下には、割れた窓ガラスが散乱していた。
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