配信者の苦悩
配信者、という言葉が普通になった昨今。
ネット上では、様々な動画配信を見かけるようになった。
体を張った動画もあれば、オレみたいにただ雑談をする人もいる。
歌やゲーム、雑談がメインと言っていい。
他は、ネタの企画だったり、心霊スポットに突撃したり、色々。
これが『バーチャル配信者』になれば、もっとやれることは制限される。
素顔を隠して、アニメ風のキャラを被り物として配信するスタイルの事だ。物によるけど、素顔を晒している奴よりは、カッコいい、可愛い容姿のキャラが配信しているので、バーチャルの方が人気と言っていい。
オレ――
「おーい。離れてくなー」
机の前で頭を抱え、大きく仰け反った。
これは確信を持って言えるが、8割か9割の配信者は、まともに見られていない。
閲覧数が低いと、収益にならない。
配信のチャンネル登録者数も、同様だ。
オレは『かきたま@ゲーム。雑談』というチャンネルを営んでいるのだが、本当に誰も見やしない。
登録者数は『11人』。
たった今、一人が抜けて『10人』になった。
中学三年生で、収益化を夢見て配信をしたはいいが、ご覧の通り。
誰も見ないなら、やる意味はなかった。
それでも、高校一年生になった現在でも配信を続けているのは、数少ない
動画のアーカイブ視聴数は、20回前後。
控えめに言って、ど底辺だ。
去る者追わずという言葉があるけど、あれは余裕のある奴が口にできる言葉だ。
「ああ、マジかよぉ。見てくれよぉ!」
惨めったらしく頭を抱えるが、泣いたって戻ってくるわけではない。
ため息を吐き、オレは時計を見た。
夜中の11時。
「あー、……そろそろ配信時間だ」
ちなみにオレのではない。
今日は傷ついたから配信しない。
オレは動画サイトの登録チャンネルの中から、お気に入りの配信者を探す。
世界的動画サイト『ホリッシュ』で、活躍する人気バーチャル配信者だ。
オレは配信者でありながら、別の配信者に超絶ハマり込んでいた。
動画をクリックすると、開幕画面が表示される。
ポップな音楽と共に、デフォルメされたキャラクターが、ちょこまかと動く可愛らしいアニメーション。
「やっぱ、マリアさんだよな。癒されるわ」
マリアさんの良い所は癒しだ。
ひたすら、癒し。
ゲームをやっても、雑談をしても、とにかく声色が優しすぎて癒されるのだ。
そんな風にライブ配信が始まるのを待ち、何気なく画面の端に目をやる。動画枠の端には、本来チャット蘭が表示されるのだが、オレは鬱陶しくて閉じている。
なので、代わりにおススメ動画が表示されるようになっていた。
おススメ動画の一つに注目し、またため息が出る。
「
セミロングの髪を片側で結んだキャラクター。
笑顔が似合う可愛らしい容姿をしているが、彼女が配信するゲーム内容は、ほとんどホラーゲームばかり。
歌が上手過ぎて、地上波の歌番組に初めて出演したとか。
オレも配信を見たことはあるが、カナデの場合は、いわゆる毒舌。
毒を吐くキャラなので、癒しを求めるオレには合わなかった。
でも、人気はとんでもない。
オレなんか足元にも及ばない数字を叩き出していて、同時接続が5万人に達したとか。同時接続は、言ってしまえば視聴率みたいなものだ。
「けど、バーチャルはやりたくないなぁ。メンドくさそうだし」
いくら数字を追い求めても、オレは面倒くさいことはしたくなかった。
まあ、これが視聴者のいない理由なんだろうけど。
そうこうしていると、癒しの動画が始まる。
『皆さま。こんばんわぁ。御茶乃マリアです。今日は、サムネにあった通り、ひたすら寿司を手の平で潰していくっていうゲームをするんですけど。……これ、なんか、地獄の企画になりそうな……。まあ、いっか。ふふふ』
声が良い。
柔らかくて、包み込んでくれそうな声だ。
眼鏡を掛けた委員長風の容姿をした女の子が、画面の中で動き回っていた。
配信を見て間もなく、コメント欄は『謎じゃね⁉』と、ゲームに対する困惑の声が上がっている。
この子の魅力は、そこなんだ。
謎なゲームって分かっているけど、好奇心でやってしまう。
カナデに比べれば、全然視聴者数は劣るけど、少なくもない。
確かな癒しがそこにあった。
「やっぱ、マリアさんだよなぁ」
ピコン。
スマホが鳴り、画面を見ながら手に取る。
画面には通知が届いていた。
SNS経由で、ダイレクトメッセージが届いたのだろう。
『今日は配信しないんですか?』
まあ、ありがたいことに、オレみたいな底辺でも気に掛けてくれる人がいるわけだ。
送ってきた人は、顔も見たことがない視聴者。
ちょっと前から、結構な数のメッセージを送ってくれる人だ。
初めは、厄介な人に絡まれたのかな、と思ったけど。
今となっては、このたった一人が配信を望んでいる、という事実に助けられ、ズルズルと続けている。
オレは考えてから、文章を打ち込んだ。
『あと、五分後で。準備終わります』
嘘を吐いて、オレはマリアさんの画面から、自分のアカウント画面に切り替えた。
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