第24話 まるで悪役令嬢のように



 目を覚ます。

 よく知る天蓋が見える。

 いつもの始まりの朝。繰り返す最初の朝。

 私は寝台から降りて鏡へ向かう。鏡台の中の自分を覗きこむ。

「――おはよう、ローズィア・ペードン」

 さあ、ここからまた新しい一年が始まる。




                 ※




「え、何、これ……」


 ロンストンの聖堂で、私はユールと顔を見合わせる。

 転送の衝撃で転がっていた私に、ユールは立ち上がると手を差し伸べてくれた。


「怪我はありませんか?」

「ないわ……ありがとう」

「しかしあなたは変わった特技がありますね」

「聖女ノナにもらったのよ。私には魔力がないから、魔力を持ってる誰かと一緒じゃないと意味がないけど」

「ノナは味方だったんですか?」

「だと、思ってたんだけど……」


 なんで妨害されたんだろう。

 いや、アシーライラも味方だと思ったらそうじゃなかったからあんな感じなのかな。でもよりによって今か……。


「とにかく移動しないと……ノナには転送先を聞かれてるから追ってくるかも。あなたとセットじゃないと移動できないんだけど、いい?」

「分かりました」

「あ、でもせっかくロンストンに来たなら議会に圧をかけていこうかしら。秘密裏に処刑とか絶対許さないぞと」

「まさかあなた、前回そんなことをしたんじゃないでしょうね」

「…………」

「したんですか。何を考えてるんですか」

「人には絶対譲れない、ここを越えたら戦争だというラインがあるのよ」


 まさかこれ、周回が変わる度に毎回怒られるんだろうか。

 たまには「もっと派手に議会を壊滅させてください」とか言って欲しい。


「分かったわ。今回はやめておくわ」

「今回は?」

「先のことはお約束できません」


 私は転送をかけるためにユールに手を伸ばす。彼はその手を取った。

 ロンストンのことも気になるけど、彼が私の傍にいてくれる限り即位はない。危険は及ばない。

 それに、妖精契約を今行ってガス抜きしちゃえば、ユールの方への被害も薄くなるはずだ。死者の国とこっちの国のバランスは、明確に国境で区域整理されてるわけじゃない。今回の妖精契約が激流であることの余波が、きっとユールにも出てしまっている。

 だから、今はティティを先に。


「魔力徴発・転送・設定『ペードン邸』――起動」


 目的地を聞いて、ユールがなるほど、って顔をする。

 うん、いきなり王都に戻る手もあるけど、とりあえずは用心のためにローズィアの実家経由。

 あと気になることもあるんだ。


 景色が変わって、出たのは私の部屋だ。

 ユールが先に立って私を立たせてくれる。


「どうして私室に出すんですか……」

「この部屋が一番記憶が濃くて。それより」


 今のうちに聞いておかないといけないことがある。

 私はユールの腕を掴んだ。


「子供の頃のこと教えて! 小さい頃のローズィアのこと。なんでもいいから!」

「な、なんですか急に……」

「いいから! 山を徘徊してたって知ってる!?」


 ローズィアが記憶を継承しているのは妖精姫の羽を飲んだからだ。

 でもティティは心当たりがないみたいだった。じゃあローズィアのこれはどこから来たのか。

 放っておいていいのかもしれないけど何か引っかかる。


 ユールはまじまじと私を見た。


「どうして自分のことを僕に聞くんですか」

「そのあたりの記憶がぼやぼやしてるから。お願い!」


 必死な私に、ユールは訝しげながらも教えてくれる。


「……確かにあなたは山に出入りしてましたね。人目を避けてる感じがしたので、一度麓で見かけてこっそりついていったことがあります」

「それってどの辺か分かる?」

「分かりますよ」

「寄ってみましょう」


 この成り代わり、私は真砂から引き継ぎちゃんとされてるけど、真砂はそういう引き継ぎをほとんど受けなかったらしい。オリジナルのローズィアについては完全に情報断絶してる。

 でもそこはきっと知っておくべきことだ。


 私はユールを急き立てて屋敷を抜け出すと、裏の山へ。

 彼は10年ぶりの山に迷いながら、30分ほどかけてある一本の大きな木の前に私を案内してくれた。


「多分あそこです。木のうろに何かを隠してるみたいでした」

「ありがとう!」


 私が駆け寄って見ると確かに根元に小さなうろがある。ち、小さい、子供の腕しか通らなくない!? 

 何とか腕を差しこもうとする私に、ユールが問う。


「それが何か関係あるんですか?」

「関係ないかもしれないけど、ノナのことよ。彼女は多分ローズィアを監視してる」

「え?」


 真砂に魔力徴発をくれたのもどうしてだろうって思ってたけど、さっきの発言はさすがにおかしい。「」って、それ以外のローズィアの行動は見過ごしてたってことだ。


 つまりノナは、ローズィアがループしてることを知ってる。

 でもそれは、ループの原因が不明瞭だから……だったりしないだろうか。


「なんかある……う、あと、ちょっと」


 よし、指先が引っ掛かった! 私は苦心してそれを引っ張り出してみる。

 出てきたのは、細長い瓶だ。

 透き通る中を見た私とユールは絶句する。


「……これが、妖精姫の羽ですか」

「そうみたいね……アシーライラに見つからないよう処分しないと駄目だけど」


 瓶の中には2枚の青い薄羽が入っている。

 ティティのものでは、ない。妖精姫の薄羽は確か全部で4枚だったはずだ。

 それ以外にも、ガラスの指輪や水晶っぽい石の破片、手紙なんかも入っている瓶の蓋を私は開ける。

 まず手紙から出そうとした時、横からユールの手が瓶を取り上げた。


「え?」


 止める間もなく、彼は中から妖精姫の羽を取り出すと、2枚とものみこむ。

 美しい羽はあっさり、彼の喉の奥へと消えた。

 呆然としている私に、彼は残りの瓶を差し出してくる。


「はい、どうぞ」

「……え、何したの?」

「あなた一人に任せておくのは危ないと言ったでしょうが」

「いやいやいやいや」


 何してんのマジで。いやほんともう意味わかんない。なんなんだよもう。


「な、なんで前回も今回も、そんなに予想外のことしてくるの……」


 この世界みんな無茶苦茶だけど、私を一番に振り回してくるの、この人なんじゃないか……?

 がっくりうなだれている私を、ユールはまじまじと見下ろす。


「……前回の僕はあなたとどういう関係だったんですか」

「何の関係もなかったわ」


 結婚はしなかった。婚約者でもなくなった。ただの……ただの何? 分からない。

 汚れていない手の甲で目元を押さえる私に、ユールは微笑する。


「前の僕はずいぶん見る目がなかったようですね」

「そんなこと言わないで。私が上手くできなかっただけ」


 うまく言えないけど、きっと私は必死に走りながら自分のことをなんとかできるほど器用な人間じゃなかった。そのつけを彼に払わせてしまった。だから今回は最低限の付き合いでいいと思ってる。本当だよ。なのになんなんだもう。


 言いたいことを100くらいのみこむと、私は瓶の中から手紙を取り出して広げる。

 ユールはそれを後ろから覗きこんだ。

 私たちは無言になる。


「……なんですか、これは」

「私は分かった、気がするわ」



 その答えを確かめるには、王都に戻る必要がありそうだ。




                 ※



「どうしてこんな……」


 ティティは固く拳を握って、うつむいたきりだ。

 シキワの屋敷から彼女が連行されたのは王城の一室。前回はここにローズィア・ペードンが拘禁されていた。

 デーエンは別の部屋に。この二人はもう一緒にはできない。妖精契約を事前に行われては何が起こるか分からないからだ。


「何か困ったことがあったら言ってちょうだい」

「ここから出してください……」

「それはできないの」


 そう言うと、ティティは大きな目を潤ませてまたうつむく。

 正直、彼女にこんなことを言うのは心苦しい。彼女の悲しい顔が見たくて私はこんなことをしているわけではない。

 ただ他に方法がないから、これなら何とかなると思っているからやっているだけだ。

 予想外のことなどなくていい。最大の回り道が唯一の解決法だ。考えてはいけない。ただ繰り返せばいい。


 だから、今回も――




 がたん、と背後で大きな音が鳴る。

 振り返る。

 そこにいたのは、二人の人間だ。

 よく知る顔の女と、ユール。

 女は私がここにいるのが計算外だったのか、苦い顔になる。

 それでも彼女は立ち上がった。



「ティティ! 迎えに来たわ!」

「ローズィア!」



 ティティが駆け出そうとするのを、私は手で留める。



「行っては駄目」


 女はそれを聞いて、挑戦的に眉を上げる。


「どうしてあなたが止めるのかしら、聖女ノナ。いつも通りの終わりでないと、何か問題でも?」



 彼女は私を正面から見据える。

 その目、意志に満ちた、獰猛にさえ見える目。

 前の彼女とはまったく違う。敵対を厭わない目だ。


 彼女は懐から一枚の紙を取り出す。それを見て、私はぎょっとした。


「なんでそれを……」

「ここに来る途中取ってきたの。あなたが書いたものでしょう? 何回かごとにあなたが書き足していた。



 女は、生きている者そのものの目で、私を見つめる。



「聖女ノナ。それとも……ローズィア・ペードンの名前をお返しした方がよろしいかしら」



 まるで悪役のように。

 令嬢らしく、「私」を継いだ女はそう言って笑った。

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