第23話 特別なルート
これでティティに会えなかったらどうしよう、と思ったけど、ユールはちゃんと数日後にはティティとの面会を取り付けてくれた。何から何までお世話になる。
場所はシキワ邸の一室で、こっちからの出席者はユールと私。
そしてティティには付き添いがついていた。
「デーエン殿下、ご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます」
「顔見てないじゃないか」
「見忘れました」
2回目だけど128年前だったから忘れてた。
デーエンと、その護衛として宮廷騎士のフィドがついてる。
こっちのユール一人じゃ、彼ら二人の相手は難しいだろうから護衛として妥当なところだろう。
全員の簡単な挨拶が終わって、私たちは大きな四角いテーブルにつく。
私は真向いのティティに言った。
「まず、こうして機会をとってくれてありがとう。今から話すことは絵空事めいて聞こえるだろうけど、全て本当のことであると誓うわ」
誰よりも伝えるべきはティティだ。
『妖精姫物語』でも、ティティに未来のことを告げた回は2回あった。でもそれはどちらも「失敗するから気を付けて」と警告したものと「失敗するから逃げよう」と誘ったもので、儀式の遂行事態を止められなかった。
だから、そこから一歩踏み込む。
「この場にいてくれる人のことを全員私はよく知っている。全員が信用置ける人間であると分かっているわ。だから、ここから更に外部へ口外するかどうかは、あなたたちの判断に委ねます」
ジェイド殿下とか、ユールのお兄さんにこの話をするかは各人の判断に任せる。私よりも彼らの方が人となりを知っているだろうから。
デーエンは頷く。後ろに控えるフィドは表情を消している。
ティティは緊張の目で私を見つめると、言った。
「わかった。教えて」
ああ、ティティはやっぱりティティだ。
逃げずに懸命に自分の役目を果たそうとする。きっとそれがどれほど絶望的であっても。
だから私は、ここまで調べ上げたことを彼らに語る。
――全てを話すわけではない。
たとえば私が別の世界から来た「ローズィアの継承者」であることは言わない。肝心なのは「妖精姫の力で二年前に戻り、私はそれでも妖精姫の力で記憶を継承している」という点だ。
ロンストンの儀式王と、妖精契約が同じ種類の儀式であることも話す。ユールは即位して時間が経つと、過去のネレンディーア人と同じ肺病に侵されてしまうのだということも。
全員が最後まで黙って聞いてくれた。
彼らは本当に、充分過ぎるくらい理性的で善良だ。頭が下がる。
全てを聞き終わると、ティティは真剣なまなざしで言った。
「わたしは、絶対に失敗するのね」
「妖精契約という点ではそうね。でも完全な失敗ではないわ。失敗で終わらせないために時間を巻き戻しているのだから」
ティティは、何度も何度も挑んでいる。
その結果が同じであっても、記憶がなくても、挑み続けていることには変わりがない。
ティティはテーブルの上でぎゅっと両手を握る。
「わたしは、自分が人間ではない自覚はあるの。ここじゃない別のどこか、淀みの中から垂れ落ちて生まれてきたって」
それを聞いて、隣のデーエンがちょっと悲しそうな顔をする。優しいね。
「でも落ちてきて自分が何をするのかとかは分からない。ただ妖精契約をするんだって言われて、それが自分の使命だと思っただけ。そのために育ててもらったんだからちゃんとしないとって思ってる」
ティティが発見されたのは、王都でということだったらしい。
それが、身分が安定するまで自然と親和性の高いうちの静養地に行かされた。
当時の待遇は伝え聞くだにちゃんといいところのお嬢様として扱われていたらしいから、やっぱり真面目なティティは恩に着ているんだろう。
「でも私のやることが結局、よくないことを引き起こすのね」
「あなたのせいではないわ。過去の妖精契約は上手く行ってるわけだし、妖精契約がなかった頃はもっと人が死んでた。この儀式が死者の国とのバランスで発生するというなら、向こうのバランスが崩れているんじゃないかと思ているわ」
私は立ち上がると作ってきた資料を各人に配る。
妖精契約と、それができる以前の伝染病の発生についてまとめた資料を、全員……特にユールとデーエンは、すごく苦い表情で読んでた。
「特に妖精契約はおおよその周期があるけど、ばらつきがあると言えばあるから、そのせいかも」
「――この伝染病の死者数と間隔、見覚えがあります」
ぽつりとそう言ったのは、挨拶以外ずっと無言だったフィドだ。
彼は主人であるデーエンの視線を受けて「少し席を外してもよろしいでしょうか」と言う。デーエンが許可するとフィドは出て行った。え、なんだろう。
フィドがいない間、話を進めるのもなんだし私はちょっと黙る。
静寂が気まずい沈黙になる前に、ティティがぽつりと言った。
「ローズィアは、何回その2年間を繰り返してるの?」
あ、これは答えにくい。咲良の周回を話すと試行回数が少なすぎるし、それ以前のローズィアのことを話すと私がオリジナルじゃないことも話さなきゃいけない。
さすがティティ、一つの質問だけで痛いところをついてくる。
でも正直に答えよう。
「私はこれが3回目よ」
「君がそうなら、過去2回はたまたまの失敗ではないのか?」
「殿下、明確な失敗原因が分からない失敗は、今回も失敗するものと思った方がいいです。私に記憶がないだけで魔女アシーライラは今回が6回目らしいですし」
この情報は信憑性の補強になったのか、デーエンは「うーん」と唸った。隣からユールが物言いたげに見てくる。そうだね、魔女に半年以上監禁されてたこと知ってるもんね。
「アシーライラは今回の妖精契約を『濁った池の一番濁った部分に穴を開けて水を抜く』って言っていたわ。おそらくもともと、かなり危険度の高い回なんだと思う」
「それをどう穏便に済ますか、か」
デーエンが腕組みをする。
そう。ここが最重要課題だ。これについて私は一つの案がある。
「ティティはいざ契約となったら、自分がどんなことをするか分かる?」
あの契約ははたから見ると妖精姫と王族が指輪の交換をし、お互いの両手を取る、というようにしか見えない。けど妖精姫からはどうなのか。
ティティは考えこみながらも口を開いた。
「力の流れを相手側に通す……みたいなイメージかな。指輪はその道しるべみたいな。ローズィアの話をもとに考えてみると、私と相手方を通して流れを正常化させる、って感じかも」
「問題はその流れが激流の可能性がほぼ確定している、ということですか」
ユールの言葉に、全員が今度こそ沈黙する。
そうしているうちにフィドが戻ってきた。意外に早い。
「資料を持ってまいりました。こちらです」
フィドが机の上に広げたのは、ここ数百年くらいのネレンディーア含む周辺国の戦争状況の記録だ。今は平和なこの地域だけど、戦争が起きていた時代もあったってのは知ってる。
「これら戦争の発生年と、推定犠牲者数を見てください」
フィドが示すものを見て、一番先に気づいたのはユールみたいだ。
顔色が変わる。その後に数秒遅れて気づいたのは私。デーエンは分からないみたい。
ティティは、絶句していた。
「これ……伝染病の発生年と犠牲者数が、戦争の発生年と犠牲者数にリンクしてる……?」
「そのようですね。発生年はおおよそ100年ずれて、犠牲者数は戦火によるものの方が10倍に、という相関関係でしょうか」
伝染病で237人死んだ121年後に、戦争によって約2400人が死んでいる。
その次の伝染病では1306人の死亡で、121年後に戦争では1万3000人の死者。
全部の戦争を網羅しているわけではない。伝染病はネレンディーア内だけの記憶で、戦争はロンストンまでを含めたもっと広範囲の記録だから。
でも全ての伝染病の121年後には、犠牲者を10倍にした戦争が必ず起こっている。
そして、妖精契約になった後には――
「どの妖精契約も、121年後に大きな戦争が起きてる」
「……つまり、今回の妖精契約から121年後にも戦争が起こる、ということか?」
デーエンの問いに全員が沈黙したのは肯定の意味だ。
二つの数字が相関しているならそうとしか考えられない。
二つの世界はそうやってバランスを取って流れている。デーエンはあわてて言い繕った。
「だ、だが、戦争はまだ起きていない未来のことだろう。今から止めれば妖精契約も軽くなるんじゃ……」
「――向こうとこちらは時間の流れ方が違うんです、殿下」
最大の問題点はそこだ。
あの世である妖精国と、こちらの人間の世界は、時間の流れ方が違う。そしておそらく、流れている時間自体も違う。
今から121年後に戦争による大量死が起こる、ということはもはや死者の国では「起きてしまった事実」だ。だからあちらの世界に淀みができている。こちらの世界にとって未来であっても、あちらにとっては過去だ。
――時の逆転が起きている。
因果の元になっているのが未来なら、来年の妖精契約を突破できない私たちには変えようがない。
青ざめてしまったティティを、私は見つめる。
変えようがないけど……これなら、手の打ちようはある。
私は口を開いた。
「ティティ、私に一案があるの」
一手を打つなら、これしかない。
「今、妖精契約をやってしまわない?」
「え?」
「本当は、もうちょっと違う提案をするつもりでいたの。妖精契約を何回か小分けにして行うのは可能かどうか試せないかって……だって一度に流してしまうから失敗するわけでしょう?」
そんなことが可能かどうかは分からない。
でもティティと私がいれば、試すことはできる。少し開いて閉じる、その繰り返しで激流を消化できないかって思ってた。
ただ、フィドが持ってきてくれた資料によると、二つの死の相関はぴったり121年だ。
なら、今妖精契約をやってしまえば淀みが溜まっている場所とは違うところに穴を開けられるんじゃないだろうか。
もちろんこれはその場しのぎの案でしかない。淀みは結局解消しないままだ。
でも、無にもならないと思う。
核心じゃないところにでも穴を開ければ、激流を避けつつも流れは緩和するはずだ。
ティティは、ちょっとあわてた顔になる。
「で、でもわたし、まだ羽が完全に収まってないの。これが収まると完全にこっちの世界に馴染むから、妖精契約は羽が収まってからやるって感じみたいだけど……」
「あー、なるほど」
妖精姫は赤ん坊の頃からこっちに来てるのに、どうして契約時期と戦争がそんなにぴったりリンクできるのかと思ったら、羽が背中に吸収しきる時がジャストタイミングなのか。
「羽が収まるまでは絶対できない感じ?」
それでも私は確認する。
ティティは真剣なまなざしで一度自分の手元を見つめると、顔を上げた。
「できると、思う。相手がいてくれるなら……」
「私がやろう」
即答したのはデーエンだ。
ありがたい。そう言ってくれると思った。
ティティは不安を消せない目で隣のデーエンを見つめる。
「殿下」
「私は君の味方だよ。いつでも、最初からそうだ」
デーエンは、ティティがシキワ家に引き取られた時からの付き合いなんだ。味方のいない彼女の味方であり続けてくれた。
ティティは、潤む目を伏せる。
「お願い、します……殿下」
「ああ」
デーエンが差し出した手を、ティティが遠慮がちに取る。
その様に、私はほっと安堵する。持って来た指輪の小箱をテーブルに置いた。
「間に合わせではありますが、これを」
「ありがとう」
「ティティ、駄目だと思ったらすぐに巻き戻していいわ。私が必ず今の状況まで戻すから」
ティティがバトンを渡してくれるなら、絶対同じ状況まで私が取り戻す。
取り戻して、次を考える。その繰り返しだ。
小箱を差し出そうとする私の手を、けど横からユールが掴んだ。
「ローズィア、もう一度今の状況まで戻すとしたら、あなたはまた魔女に捕まるのではないですか」
ぐ……痛いところをつくな。
確かにアシーライラから毎回妖精の羽を取り上げるってタスクは発生しちゃうんだけど、でもそれを避けて通るのは危険過ぎる。
「我が身可愛さを言っていられないの。アシーライラに妖精姫の羽を持たせておくと、周回を続けるためにこちらの妨害をしてくる可能性があるわ。羽の力が分かっていないうちに没収しないと」
「妖精姫の羽?」
「それを飲むと巻き戻しても記憶が保持されるの。私と違ってアシーライラの持っているのは別の妖精姫のらしいけど」
この話はあんまり直接的に触れたくなかったんだけど。
だってなんか私が友達の羽むしって食べちゃった子みたいだから……。熊のお嬢様過ぎる。
ユールはじっと私を見据える。
私は目を逸らさない。譲る気はない。
それが分かったのか、彼は溜息をついて手を離した。
「次は僕も連れていきなさい。その羽は僕が飲みます」
「……え」
「一人より二人の方がましでしょう。あんなにぼろぼろになったあなたを二度見るのはしのびないですからね」
私がぼろぼろになったのは懲役126年のせいで、妖精の羽を飲んだせいじゃないんだけど。
私はあなたを懲役126年の目に遭わせる気はないんだけど。
……でも、そっか。
「ありがとう」
そうだね。いつか何度も何度も繰り返して、もう駄目だって思った時には。
あなたに道連れになってもらうかもしれない。「お願いだから私と一緒に苦しんで」って言うかも。
そんな日が来なければいいと思うけど。
でも、あなたがそう言ってくれたことは、きっと最後の最後まで忘れないよ。
少しだけ泣きそうになったけど泣かない。
指輪のない小箱を受け取ったティティは申し訳なさそうに私たちを見る。
「わたしがちゃんと、最初から二人ともに記憶を残せればいいのだけれど」
「さすがにもう一枚羽をむしるのは申し訳ないわ」
「え?」
「え?」
あれ? 何か齟齬がある。なんで?
私がそれを確認しようとした時、ドアが断りもなく開けられた。
そこに立っているのは、ジェイド殿下とお付きの兵士たち……そして白いローブ姿の女性だ。
あの女性、知ってる。
見たことはない、けど、読んだことがある。目を布で隠した女性。
「……聖女ノナ?」
「妖精契約を無断で行うことは、さすがに見過ごせません」
固い、感情のない声で彼女は言う。隣のジェイド殿下が兵士たちに命じた。
「捕らえろ。全員だ」
「兄上! お話を聞いて頂きたい!」
「デーエンもだ。捕縛しろ。不敬罪で構わぬ」
「げ」
まずい、これは本気だ。また拘禁か。
兵士たちが部屋の中に入ってくる。
聖女ノナは、私を見ている。
え、何だこれ。なんでノナがこんな風に介入してくるの?
ティティが私たちに叫ぶ。
「っ、逃げて!」
「でも」
ここで逃げたら余計にまずいんじゃ、という考えと、ここで捕まったら挽回は難しい、という考えが一瞬自分の中でぶつかる。
迷いが動きを止める。
その私を、ユールが横から抱き上げた。
「逃げますよ」
「ちょ、」
後ろはバルコニーになってる。そこに向かおうとする私たちも兵士は追ってくる。
ジェイド殿下は多分ユールの身分を知ってるのにこれって、あまりにも強攻過ぎる。ノナが何か言った? 今回は、何がそんなに違った?
でも、こんなに違うなら――
「ま、魔力徴発・転送・設定『ロンストン城』」
「徴発・無効、設定……」
まずい、ノナが詠唱してる。
「起動!」
景色が変わる。
私たちは、誰もいないロンストン城の聖堂に転がりでる。
ティティはいない。連れてこられなかった。デーエンも、フィドも。
私の隣にいるのはユールだけだ。
「何これ……」
今はただ茫然と呟くことしか、できなかった。
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