第19話 必ず来たるもの
乗合馬車で王都までは三日かかった。
お父さんは「一人で王都なんて!」って最後まで心配してたけど、大丈夫大丈夫。
魔力持ちを探して転送も考えたけど、多分この二年間急ぎ過ぎることはそんなに意味がないんだ。一回目と二回目は私の名を売ることに注力していたけど、名を上げ過ぎても余計なフラグを立てちゃう。
だから、動くのは最低限でだ。
ユールの儀式王の件も裏から手を打つつもりだけど、あくまで秘密裏に遠隔でって感じでのつもり。前回は本当に失敗した。あれは悪い例として生涯戒めにしたい。
「ありがとうございます、姫様! 精一杯頑張らせて頂きます!」
「こちらこそよろしくお願いするわ」
王都に到着した私は、宿を確保するとまずミゼルにドレスを一着頼む。
名を上げ過ぎたくはないといっても、表舞台に出るチャンスは逃したくないし、そのためにドレスは必要。それに、今の段階でミゼル名義の仕事が入れば、前回受けてたっていう変な苛めも避けられるだろうし。
それはそれとして図書館だ。
前回も前々回も妖精契約や妖精について調べたけど、今度はそれがなかった頃の昔。つまり「妖精契約を行わなかったら何が起こるか」を過去の事例から調べようってことだ。
「よし、やるぞ!」
父が用意してくれた紹介状で、大図書館への入館資格を取る。
足を踏み入れたそこは、5階までの吹き抜けの巨大な空間だ。専門ごとに別の部屋があるけど、中央ホールはこう。古い大学図書館を思わせる圧巻な眺め。
初めて足を踏み入れた時は途方にくれたけど、今回は大体あたりがついてる。
700年以上昔の歴史資料だ。
「頼むからちゃんと残っててよね」
階段を行きながらぽつりと呟いちゃったのが聞こえたのか、近くの本棚にいた白いローブの女性がこっちを見た。ごめんなさい。
中央ホールを通り過ぎて目的の区画へ。途中で椅子を持って歴史資料の棚へ。
この辺りの本は全部鎖がついてるから、棚板に備え付けのランプを灯し、本棚の前に椅子を置いて読み始める。
読む。本を読む。閉館時間まで読みこむ。
そんなことを三日間繰り返して掴んだこと。それは――
「この国、昔は感染症があったの」
「感染症? なんのですか?」
仮縫いのドレスに針を打ちながら、ミゼルは聞き返す。
下職ばかりだった彼女にとって、一から自分の裁量でドレスを仕立てられるというのは楽しくて仕方ないらしい。大量に出されたデザイン画と布地案から私が希望を出すと、ものすごい勢いで製作を始めた。
そんな忙しそうな彼女に、私は思考を整理するために言う。
「主な症状は肺機能の低下。悪化すると喀血。大体、発病から一ヵ月くらいで死に至るわ」
「え、こわ」
「伝染病、ということになってるけど感染経路は不明なの。一つの村が全滅することもあったし、同じ家族でかかった人間もかからなかった人間もいる。原因も治療法も分からないから、発症したら助からない。……そういう感染症が、妖精契約が始まる前はあったのよ」
今までは「妖精」や「妖精契約」に絞って調べていたから出てこなかった。
でも妖精契約が世界構造上仕方ないものだとしたら、その前には別のやり方で淀みの解消が行われていたんだ。おそらくそれが、この謎の感染症。
「妖精契約ができる前ってずっと昔ですよね。そんな病気があったらすごく困ったんじゃないですか?」
「困ったんだと思うわ。ただこの伝染病、どうやらみんな同時に発症して、発症した患者が亡くなったら終息する、って形だったみたいなの。だから人々は、天災みたいなものとして通り過ぎるのを待っていた……」
おそらく本当は「伝染病」ですらなかったんだと思う。実際これを「呪い」として記録していた村もあった。
「周期は100年から200年に一度。その時に亡くなる人数はまちまち。多い時もあれば少ない時もあったわ」
この周期、妖精契約の周期とほぼ一致してる。
つまり妖精契約は、この伝染病発生を防ぐためにできた儀式なんじゃ、というのが私の推測だ。
裾に針を打っていたミゼルが顔を上げる。
「はあ、恐いですね。そんな事情でしたら、別の国に移れる人は移ってしまいそうですね」
「……確かにそうね」
あれ、今何かが引っかかった。
何にって言うか、ほら、あれ、違和感がここまで出てきているのに、えい、もうちょっと。
そう、ほら。
「世界の流れの問題なら……ネレンディーアだけ、なんてこと、あるのかしら」
そりゃここが淀んでる土地ならここでしか起きない、っていう可能性はあるんだけど、もしそうじゃないなら。
たとえばそれは、14代ごとに何故か変死する王とか――
「って、ああああああああああ!」
「ひゃああ! ど、どうなさいました!?」
「ロンストンよ! ロンストン!」
「ロンストンが一体……」
ネレンディーアが妖精契約で伝染病を防いでいるように、もしかしたらロンストンの方は王を差し出すことによって淀みを解消してるんじゃ。
だとしたらユールは。
「……あ、の時」
私は、目の前で息を引き取った彼のことを思い出す。
真っ赤な鮮血を吐いた彼。その血には気泡が混ざっていた。
もっと言うと、その前から左手に血がべったりついていたんだ。当時の私はあれを、腹の傷を押さえたためかと思っていたけど、でも口元にも血がついてた。
気泡混じりの血は、肺からの血だ。
あれは吐血ではなく――喀血だった。
つまりあの時の彼はもう、刺されなくても死に瀕していて。
だからこそ彼は、あんな凶行を決断したのかもしれない。
「……なんでそんなこと、黙って」
一緒の屋敷に住んでいたのに、発症からあの日まで彼は私にそのことを悟らせなかった。
おそらく、私がそれを知ったら困るだろうと思って。最後まで気取らせなかった。
「一体どこまで――」
私は馬鹿なのか。
目の前のあわただしさに気を取られて、彼のそんな異常にも気づけなかった。
すごく……目の前の窓から飛び降りたくなる。二階だけど。
あ、やばい。凹むな。鈍るから。
「ちょっと、一旦、整理したいわ」
「はい、どういたしましょう」
「いえ、あなたはいいの。いつもいい仕事をしてくれてありがとう」
ミゼルを壁打ち相手にしてるの申し訳ないな。というわけで続きは後で。
宿の部屋から彼女が帰って一人きりになると、私はノートに追加で書き出す。
ロンストンの儀式王が妖精契約と同じ原因で起きているのだとしたら、私はあっちも何とかしないといけない。
ただ周期的にはロンストンの方がずっと間隔が大きいから、向こうの方が淀みにくいのかな。妖精契約が妖精の出現によって行われるのに対し、ロンストンは自主的に儀式王を出しているっていうのもありそう。実際、ユールの即位が延期された周回ではユールは健康のままだったわけだし。
でも、この仮説があっているとして――
「か、解決策が見つからない……」
災害を防ぐために目に見えない淀みを解消しないといけないけど、目に見えないものをどうやって解決しろっていうんだ。これ、一介の令嬢に何とかできる域を超えてない? 公共事業ならせめて目に見える感じになって欲しい。
「……専門家の意見が欲しい」
昔は別の解決策があったのか、って期待したけど、昔は人が死にまくってたって分かっただけだ。これは専門家が要る。魔女アシーライラか、聖女ノナか……。
接触しやすいのはアシーライラの方だ。
「よし」
外は夕暮れだ。私は手早く着替えて町娘に近い格好へ。
そして街に出る。王都には、アシーライラが行きつけにしている薬草屋があるんだ。
前回、ユールはそこで彼女を捕まえた。でも私は一切アシーライラにはその店の話をしていない。話題に出して、万が一という時、彼女に店の使用を避けられたら捕まえにくくなって困るからだ。
と言っても、二年間がリセットされたから無駄な用心だったんだけど。
――あの日、アシーライラはどうして呼び出せなかったのか。
彼女も彼女で危険な目にあったり、のっぴきならない事情があったんだろうか。
そんなことを考えながら、私は小さな店が立ち並ぶ小道へ入る。
地下にある薬草屋へ下る階段は、分かりにくい建物と建物の間にある。そこに体を滑りこませて、階段を降りようとして――
「! アシーライラ!」
今まさに、ドアを開けようとしているローブ姿の魔女を見つけた。
名前を呼ばれたアシーライラはびくっと飛び上がる。そして振り返ると、目をすがめて私を見た。
「何の御用かな、お嬢さん」
「……あなたに相談があるの。報酬はお支払いするから知識を貸してくれないかしら」
この格好じゃ「報酬は払う」って説得力ないかな。まずいかな。治安があまりいい地域じゃないから最低限の格好で来たけど、なんか持ってくればよかった。
ここでアシーライラを逃がせば、次に接触するのは難しくなる。内心の緊張を噛み殺している私に、アシーライラはあっさり笑った。
「いいよ。ここじゃ何だから、私の庵に来るといい」
彼女は自分のローブを広げる。さっと辺りの景色が変わる。
やった、と内心喜ぶ間に、私は見慣れた魔女の庵に立っていた。
「適当に座るといい。ああ、危ないものが多いから気を付けてね」
聞き覚えのある挨拶。
私は庵の中を見回す。
瓶ばかりが置かれた本棚。散らかった部屋。物で溢れた机。
窓の外からはいつも夕焼けの荒野が見えている。不思議な場所だ。
壁に貼られた大きな紙。そこには、4分の3ほど日経平均株価らしきものが書かれていて――
「……アシーライラ」
「なんだい? 今、お茶を淹れよう」
「あなた、前の記憶があるでしょう」
私のその問いに。
魔女は一瞬目を見開くと……にぃっと笑った。
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