第17話 妖精契約
「不敬罪って、証拠はあるのですか!?」
「それはこれから調査することである。ジェイド殿下のご命令だ。調査が終わるまで拘禁されて頂く」
や、やられた……!
この十カ月、私はジェイド殿下をなんとか妖精契約から下ろさせようと手を回していたけど、ことごとく不発に終わってたんだ。だから明日はイレギュラー案件を直前で発生させて、そっちの対応に回そうと思ったら先手を打たれた。
向こうも私が何かやりそうだと思ったんだろう。掴ませるような証拠はないはずなのに王族なら強引に拘禁できるわけか。私が甘かった。百年前からやりなおせるなら国家転覆させてるぞこら。
衛兵たちが出て行くと、扉に鍵がかけられる音がする。
ここは王城の客室だから多分助けも来ない。ってかこんな部屋あったんだ。窓に鉄格子嵌まってる。
「せっかくティティの付添人になったのに……!」
これじゃ前回の二の舞だ。明日までに何としても脱出しないと。
聖堂内の確認中に連行されたから、屋敷の人間は気づくまでに時間がかかるはず。でもユールはきっと私が帰ってこなかったらおかしいって思ってくれるだろう。
ただ、それじゃ遅いかも。
「――アシーライラ、聞こえる?」
顧問魔女の名を呼ぶ。
けど、待っていても反応はない。
げえ、なんで? 王城だからなんかプロテクトがあるの?
まずい。何とかして明日までにここから脱出しないと、ティティが……。
私はそれから、時間の許す限り部屋中を調べて抜け道を探した。
アシーライラの名も何度も呼ぶ。
けど、部屋を脱出する手立ては見つからなくて。
――そして、妖精契約の日がやってきた。
※
カーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。
力尽きてベッドに突っ伏して転寝していた私は、はっと顔を上げた。
「まずい」
時計を見ると妖精契約までもうあまり時間がない。手段を選ばず脱出しないと……。
私はドアに駆け寄るとそこをドンドンと叩く。昨日も散々やって手が痛いけどそれどころじゃない。頼むからちょっとでも開けて。そこから強行突破するから。
ドアの向こうからは反応がない。これはもう……何かでぶち破るしかないか。
そう思って私が一人掛けのソファを動かそうとした時、ドアが叩かれた。
「ご朝食です」
あ、ご飯あるんだ! 昨日の夕食はなかったのに! 夕方だったから仕方ないか!
でもこれはチャンス。って……いや。
私は黙ってドアが開けられるのを待つ。
ワゴンを押して一人の侍女が入ってくる。彼女は後ろ手に扉を閉めた。
「お待たせしてすみません、ローズィア様」
顔を上げた侍女はミゼルだ。彼女は素早く服を脱ぎ始める。
それで察して私もドレスを脱いだ。私たちは服を交換し、互いに髪を結い直す。
「入りこむのに手間取ってしまいました。この部屋を出て右に行ってから突き当りを左に、セツさんが待っています」
「迷惑をかけてごめんなさい。ちゃんと後で助けに来るわ」
王城に入りこめる人間は多くない。私が拘禁されたのを知って、職人として有力者にも目をかけられているミゼルが名乗り出てくれたんだろう。
私は侍女の格好になると、ワゴンを手にする。
「ユールはどうしてる?」
「先に聖堂に向かわれています。お早く」
「ありがとう」
私はミゼルに頷くと廊下に出る。衛兵にうつむきがちに会釈してワゴンを押し始めた。不審に思われない程度に足早にその場を去る。
――今日動かすはずだった策は、もう十全に動いていないと思っていいだろう。
ジェイド殿下もこんな強引な手段に出たってことは、私の小手先じゃ揺るがないってことだ。
ならできることはただ一つ、私がループしていることを明かすしかない。
「お嬢サマ、こっちです!」
「セツ」
小部屋から手招きするセツに案内され、私は城の使用人たちが使う通路から裏へ。
王城から街中にある聖堂までは走っても10分はかかる。ま、まずい。誰か魔力持ちが欲しい。魔力使わせて。
でもこんな時に限ってそういう人は見つからない。魔力持ちが多い王侯貴族は契約の儀に向かってるもんね。仕方ない。アシーライラも何度呼んでも答えないし。
「お嬢サマ、何やらかしたんですか」
「まだ何もやってないわよ。共謀罪くらい」
「犯罪行為だけはしない人だと思っていたんですが」
「まだ何もやってないってば!」
私とセツは、あわただしく廊下を抜ける。
遠くでカーン、カーン、と鐘の音が三回鳴らされた。
「あの鐘……」
「時間がないわ。急がないと」
私たちは城の建物を出ると、侍女と出入りの商人を装って城の通用門を抜けようとする。
けど、そこで門の衛兵が眉を上げた。
「おい、そこの侍女。顔を見せてみろ」
う、いやこんなところで足止めはまずいんだけど。
でも拒否っても怪しまれる。仕方なく私は顔を上げた。衛兵が顰め面になる。
「お前、まさか今、拘禁されてる――」
まずい。詰んだ。
その時、誰かが門の外から私の名を叫ぶ。
「ローズィア!!」
「っ、デーエン殿下!」
聖堂にいるはずじゃ! でもありがたい!
王子の登場に、衛兵があわてて姿勢を正す。その隙に私はデーエンの方へ駆け出した。彼に右手を差し出す。
「殿下、手を!」
その手をデーエンは何のためらいもなく取ってくれる。
「――魔力徴発・転送・設定『ネレンディーア聖堂・内部』! 起動!」
彼の手を握りしめる。
周囲の景色が変わる。
白い石造りの廊下は、見覚えある聖堂内の奥廊下だ。
初めて転送されたデーエンがきょろきょろと辺りを見回す。
「ここは……聖堂か?」
「そうです。殿下、ティティは?」
「準備をしているはずだ。君が拘禁されたとさっき知って、私が迎えに行くと請け負った」
「助かりました、殿下」
普通に戻って来ていたら妖精契約には到底間に合わない時間なのに、私の方に来てくれたんだ。本当にありがたい。申し訳ない。
けどおかげで間に合った。
――今、私が押さえるべきは、ジェイド殿下だ。
「デーエン殿下、どうかティティのところに。そして時間が来たらどうか、殿下ご自身で妖精契約の儀を始めてください」
「それはどういう……」
「私はジェイド殿下をお助けに向かいますので!」
嘘は言ってない。このまま妖精契約が行われればジェイド殿下は死ぬ。
だから何としてもここで止めないと。事情を話して足止めだ。
私はジェイド殿下がいる控室へ走る。
衛兵たちは、会場の警備に向かっているのか姿が見えない。
だから私は誰にも止められることなく、控室のドアを開けた。
「ジェイド殿下!」
返事はない。
入れ違ったかと不安になるけどそんなはずはない。まだ間に合うはずだ。
私は誰もいない手前の間を抜けて、奥の部屋のドアを開ける。
開けて、無言になった。
「……ジェイド殿下?」
彼は答えない。
鐘の澄んだ音が聞こえる。回数は二回。
私は、ジェイド殿下の隣に立っている人物を見た。
「どうして?」
「彼を排除しなければ、あなたはこの先の未来にいけないんでしょう?」
問いに、問いで返すユールは。
血の滴る剣を下げていた。
彼の足下に倒れているジェイド殿下は、誰が見ても分かるほどに事切れていた。
あれ、なんで。
こんなの。
「あなたの二年間を無駄にするわけにはいきません。あなたがどれほど頑張ってきたか、僕が一番よく知っていますよ」
「そ、うじゃなくて」
私はユールを見る。
彼はいつもと変わらず微笑んでいる。
慈しみに満ちた目。その口元は血で汚れている。
何も分からない。
なんで。
「ジェイド殿下は何も……こんなことをしたら、あなたも……」
「大丈夫です。僕一人でやったことですから。あなたに累は及ばせない」
ユールは剣を持っていない左手を私に伸ばそうとして、
でもその手にもべったり鮮やかな血がついていることに気づいて、下ろした。
足が震える。血の気が引く。
優しい、常に私の味方だった声が言う。
「さあ早く、ティティのところに行きなさい。妖精契約が始まります」
まもなく妖精契約が始まる。
この二年間に、幕を下ろす儀式が。
「……あなたは?」
「僕はここにいます。ほら」
両手を広げて見せるユールのお腹は、血で真っ赤だった。
よく見ると足下に護身用の短剣が落ちている。ジェイド殿下のものだろう。
ふたりが、なにを話して
どうやって決裂して
なんでこうなったのか
わたしは何も知らない。間に合わなかった。
「僕はあなたのおかげで、存在しないはずの一年間を余分に過ごせたんですよ」
嬉しそうに、彼は言う。
「とても楽しかった。幸せだった」
彼の目が、過去の景色を思い起こして細められる。
「だからどうか、あなたはここから先に。行ってください」
ユールはそうして、いつもと同じように微苦笑して。
わたしがなにもわからないまま、なにもかえせないまま
たちつくしているあいだに
その場に、崩れ落ちた。
「あ、」
私は、よろよろと彼の傍に歩み寄る。
そばに膝をついて、彼の顔に手を伸ばす。
彼は一度だけ気泡混じりの血を吐き出して
「さくら」
私を見つめる。
「あいしている」
彼は、それだけ言って、私の返事を待たずに目を閉じた。
鐘が鳴る。
それは、運命を追い立てる音だ。
妖精契約が始まる。
私は、突き飛ばされるように立ち上がる。
よろよろと、真っ赤な足跡を残して彼から去る。
廊下を行く。
聖堂から司教の読み上げる口上が聞こえてくる。
デーエン殿下が代わりに出てくれたんだろう。
私は、二年前と同じように扉を開ける。
祭壇の前に、ティティとデーエンがいた。
白いドレスに身を包んだ私の妖精姫。誰よりも美しい存在。
二人は遠慮がちに微笑みあう。幸せそうに。まるで結婚式だ。
そうして彼らは指輪を交換して――
ごう、っと空間が鳴る。
次の瞬間二人の前には、あの赤黒い柱が出現していた。
「なんだ!?」
「きゃあああ!」
「に、逃げろ! 早く!」
二人の姿が柱の向こうに見えなくなる。
聖堂内に突風が渦巻く。悲鳴が上がる。
天井を貫いて出現した柱は、みるみるうちに膨らんでいく。
それが人々をのみこみ始めるのを、私は見て
「……なんでよ」
視界が潤む。
ぽたぽたと、頬を伝って涙が滴る。彼の血がついた手を握りこむ。
「どうせ駄目なら……私と一緒に死んでくれたってよかったでしょうに……」
ああ、言えばよかった。
私も愛してたよ。
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