第16話 説得ダイスロール
「――なるほど、確かにお前の言う通りのようだな」
ジェイド殿下は一通りに目を通して頷く。
私が提出した書類は、ベグザ公爵が私を襲撃した件についての証拠書類だ。アシーライラがくれたものに、自分での調査を合わせた。
どうやらベグザ公爵は、私がロンストンと繋がりを得て、より一層影響力を持つのを避けたかったらしい。あわよくばロンストンのせいにしよう、という感じで私を襲撃したんだと。
なんていうか……蓋を開けると「狙いは私かよ!」って脱力しちゃう話だ。そりゃ真砂の時は容疑者にあがらないはずだよ。私のプレイングはプレイングで真砂とは違う敵を生んじゃうんだな。
でもこれを利用しない手はないです。
「公にする前に俺に話をくれて助かった。こちらで処理しよう」
うん、あのおじさん国の重鎮だもんね。醜聞を表沙汰にできないよね。
じゃあここからは交渉です。
「心強いご対処、ありがとうございます、殿下」
「それでお前の狙いはなんだ?」
率直ぅ! 話が早くて助かります。殿下はもう私の性格を分かっているから「なんのことですか」とかのターンは省略。
「妖精契約のことです、あれをデーエン殿下と交代して頂けませんか?」
思いきりストレートを投げてみた。話が早いし。
そう、私がロンストンでがちゃがちゃやり、アシーライラの庵で話しこんでいる間に、ネレンディーアでは妖精姫と妖精契約について発表されたんだ。
ジェイド殿下はもう卒業なさってるけど、ティティは在校してるから噂されて居心地悪そう。でも140年ぶりの妖精契約に、王都はちょっとしたお祭り空気だ。今が商機と動き出す企画もたくさん現れた。
大貴族としてもともと妖精契約を知っていたベグザ公爵は、おそらくこれを機に私がもっと成りあがってこないかって用心して排除にかかったんだろうな。
でも私がどうにかしたいのは、妖精契約本体の方だ。
さて殿下の方は、というと。
あ、アホを見る目してる。
「……お前は度し難い馬鹿者だな。釣り合うはずがないだろう」
「言うだけは言ってみようかと思いまして」
「お前の本質は商売人だな」
いや、ただの社会人ですよ。ごく一般的な。
でもこの反応は予想内だったんで、第二案を出す。
「では、妖精契約の際に使われる指輪。あれを私の紹介する彫金職人に任せて頂けませんか。最高純度の純魔結晶をご用意します」
私が書類を差し出すと、殿下は黙ってそれを受け取った。
「分かった。これくらいが妥当だろう」
「感謝いたします」
やった、これで当初の三つの目標うち「ベグザ公爵の排除」と「指輪職人の斡旋」の二つが叶った。
叶ったんだけど、私が一番叶えたいのはジェイド殿下の降板なんだよな。これは何としても達成したい。一番怪しいし。次はどう出ようかな。ジェイド殿下が悪い人じゃないだけに難しい。
笑顔のまま考えこむ私を、ジェイド殿下はじろりと睨む。
「そもそも何故お前は妖精契約の相手を換えさせたいのだ」
「殿下はティティと相性が悪いようなので。殿下もそれはご自覚がおありでしょう」
妖精契約だけじゃなくて、その後の結婚もあるんだ。普通の友人としても口出ししたくなる。
ジェイド殿下は深い溜息をついた。
「デーエンとなら妖精姫は好き合っている、か」
「ご存じだったんですね」
「誰でも気づく。弟には直談判もされたしな」
あー、デーエンそんなことしてたんだ。知らなかった。頑張ってる。
でもジェイド殿下はそれをつっぱねたのか。頑固だな。どうしてやろう。
私が笑顔の裏で考えていると、ジェイド殿下は溜息をついた。
「お前はロンストンで儀式王の即位と退位に立ち会ったらしいな。そして婚約破棄された」
「ええ。音楽性の違いで破局しまして」
「音楽性?」
「冗談です」
ついおちょくりたくなって関係ないことを言ってしまった。反省。
思いきり顔を顰めたジェイド殿下は、真顔に戻ると問う。
「ならお前は『14代ごとの早逝は何故起きるのか』理由を聞いたか?」
「何故……というと、積み重なった死者の念によるもの、と」
「ついてこい」
ジェイド殿下はおもむろに立ち上がると、奥のドアへ歩き出す。
ええー? 唐突だな!
ちなみに私たちがいるのは王城。ジェイド殿下はもう卒業してるから城まで話をつけにきたんだ。それで応接間に通されたんだけど、ジェイド殿下が今開けたドアは王族が使う廊下に繋がってる。
なんなんだ……ついていくけど。
私たちは廊下をしばらく歩いて、一つの部屋の前で止まった。ジェイド殿下がドアを開ける。
「入れ」
中は薄暗いけど、たくさんの物が置かれているということは分かる。
すぐに殿下が燭台に灯りをつけた。部屋の中が照らし出される。
「亡くなった祖母の部屋だ」
その言葉を、私は聞いていて、聞いていなかった。
私の視線は壁にかけられた肖像画に釘付けになっていた。
ストレートの銀髪、深い青の瞳。
儚げなその美貌を、私が見間違うわけがない。
「ティティ? なんで肖像画が……」
「俺の祖母だ。十七年前に亡くなった」
「え? 同じ顔、そんな馬鹿な」
こんなの知らない。
美しく、心優しい私の妖精姫。
「妖精は、死んだ人間の姿形を真似て生じる穢れたものだ。そんなものとの契約を弟にさせるわけにはいかない。これは俺の責務だ」
その後私は、殿下に何を言ってどう帰ってきたか――覚えていない。
※
「――いや、でもよく考えたらティティは人間じゃないんだから、死んだ人と同じ姿でも仕方なくない?」
呆然と王都の屋敷に帰って、呆然と踏み台昇降をしていた私は、はっと気づく。
同じ部屋で文献を読んでいたユールが相槌を打った。
「そうなりましたか」
「そうよ。だって普通に人間の両親から生まれるわけじゃないんだから、元となる容姿がないでしょう? だったら亡くなった人を学習元にすることだってありあえるでしょう。むしろ生きている人そっくりになるよりよくない?」
「それはそうですね。まぎらわしくない」
私から話を聞いたユールは「なるほど、そういうことですか」というクールな反応だったんだけど、なんでそんな無心でいられるんだ。もっと驚けよ。
「とにかく、ジェイド殿下は妖精契約は自分の義務だと思ってるから他に譲る気はないと分かったわ。あとはどう引きずり下ろすかだけど――」
正直、あの人ってきっちり真面目にやってるから、引きずり下ろすネタがないんだよな。
「……罠をかけるしかないわ。心が痛むけど」
「すごいことを言ってますね。露見したら不敬罪では済みませんよ」
「綱渡りだけどやるしかないわ。まさか第一王子を物理的に襲うわけにもいかないし」
「それは確実に処刑ですね」
「だからあなたが聞いているのはまずいのよ。なんでここにいるの?」
「僕が買った屋敷だからじゃないですか」
「代金返すって言ってるのに!!」
受け取ってくれないんだよな、もう!
いやでも、ジェイド殿下相手に謀略をしかけるなら、本当にユールがここにいるのはまずいんですよ。
「いざと言う時、あなたがいると国同士の問題になるわ」
「ロンストンに仕返ししたがっていませんでしたか、あなたは」
「自爆テロか。仕返ししたかったけど、あなたを巻きこんでじゃないの」
「僕は巻きこまれたいと思ってますよ」
「だあああ! ああ言えばこう言う! やりにくいな!」
踏み台昇降中なせいで心拍数が140(推定)くらいだから反論するのも辛い!
でもユールはくすくす笑うだけで堪えない。いやもっと真剣に捉えて?
「王族相手に謀略を仕掛けるならもう期限はあんまりないの。五つ……か六つは策を動かさないと。それ以外の準備もいるし」
「構いませんよ。何からやりますか?」
「だーかーらー!」
話が通じないな、もう!
でもここで押し問答してても何も進まないからとりあえず先だ先。
「違法性が少ないものから手をつけるわ。妖精契約のプロジェクトが発表された以上、十カ月なんてあっという間だもの」
ティティやデーエンを駆け落ちさせるって手段も含めたいけど、ティティもまた「逃げないタイプ」なんだよな。そう言えば今回は、宮廷騎士のフィドと全然接触してない。なんか手が回らなかった……何回か挨拶したことはあるんだけど。
ユールがふっと顔を上げる。
「もし妖精契約で失敗した場合、あなたは二年前に戻るわけですよね」
「そうね。嫌な話だけれど」
私は足を止める。
最初からやりなおしはごめんだ。全部まっさらになるのは一度経験したけど心に来る。
これを繰り返していると、私もいつか真砂みたいに「自分では打開策が見つからない」って思う日が来るんだろうか。
そんな日が来たら、少なくとも真砂の分と私の分の周回は書き起こして次に渡さないとな。幸い、記憶力には自信がある。『妖精姫物語』も、必要な情報をちゃんと列挙できる。
ああ、でも……
「戻りたくないのよ。人との関係を全部一から築き直すのは、やっぱり神経を使うわ。自分だけが知っている情報も増えるし、そうなれば人との間に距離が生まれる」
自分だけ年を取る、というのとはちょっと違う。自分だけ異質なものになっていくし、それを隠して振舞うのにエネルギーを擁するようになる。私は人脈を形成して動かすタイプで、更にそれが白紙になるのを楽しめるタイプの人間じゃない。
「ともかく、契約指輪のオーダーと純魔結晶の運び込みの準備はしないと……あ、次の公共事業の入札準備……いや先にお風呂……」
ジャージが汗だくだし、いったんさっぱりしたい。
部屋を出て行こうとする私の背に、ユールの声がかかる。
「大丈夫ですよ。なんとかしますから」
ドアに手をかけたまま、私は彼を振り返る。
私を見てくるユールは穏やかに微笑していて、その笑顔を見ると「あ、もうちょっと頑張れるかな」って思うんだ。
※
そこからの十カ月は、本当に、本当にあっという間だった。
ジェイド殿下と、ティティと、デーエン殿下とは何度も話した。
ティティは、自分が死んだ人間の外見を模して誕生したのは知らなかったみたいで、「そうなんだ」と少し悲しげに笑った。
「私は人間に見えるけど、人間じゃないんだよ。この世界の流れを正常に戻すために生まれたし、それを放棄はできない」
そう言って、やっぱりティティは最後まで逃げることに頷かなかった。
ああ、私が歩いているのは、相当強固なレールの上みたいだ。
でも最善を尽くすしかない。ここは私が選び取った正念場だ。
そう思っていた。
「ローズィア・ペードン、不敬罪の疑いにてここにあなたを拘禁する!」
妖精契約の前日、予告なしに投獄されるまでは。
あ、ああああ、嘘でしょ!?
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