第5話 報告と連絡と相談と
商談の場に戻って「婚約しました」と言ったら、父の顔は貧血みたいに真っ白になってた。本当にごめんなさい。それでも「はは、よかったね……おめでとう……」と言ってくれたあたり懐の大きさが分かる。持つべきは転生先の懐の大きい父親だ。
私はその場でまとまりかけていた商談にいくつか修正をお願いし、追加で新規鉱脈の発掘手配を頼むと、改めて別室でユールと向き合う。
小さな応接室は、本当に質素なもので普通の貴族令嬢なら恥ずかしく思うかもしれないけど、私としてはシンプルな方が落ち着く。むしろ自室はどうしてあんなふわふわなんだろう。オリジナルのローズィアの意見が聞きたい。
召使がお茶を用意してくれると、私はユールとテーブルを挟んで向き合った。
「情報整理をしましょう」
「君から言い出してくれるとは思いませんでした。てっきり訳の分からぬまま振り回されるばかりなのかと」
「そこまで自分に自信があるわけじゃないの。前回も失敗してるし」
「どうして失敗したんです?」
「センシティブな複合要素により……」
ユールを助けたことが直接の失敗の原因だとはまだ決まっていないし、早々に士気を下げたくない。何より私がしょげそうになるから、前回については何が問題だったか分解したい。
というわけで、私が知っている未来の主要ルートを公開。
「まず妖精契約について、あなたはどこまで知ってる?」
「対外的に公開されていることくらいです。ネレンディーアの祭事ですよね。不定期開催みたいですけど」
「面白イベントみたいに言わないで。妖精姫がいなくちゃできない儀式だからでしょうね」
この国、ネレンディーアは妖精国と表裏の状態として位置している。
妖精国は人間には感知できない場所で、そこから稀にネレンディーアへ妖精の娘が遺棄される。
その娘は拾われて大事に育てられ、十八歳になった時に王族の誰かと契約し、妖精国とネレンディーアの友好が保たれる、という儀式だ。
この儀式によってネレンディーアは安定して恵まれた時代を得ることができると言われている。私の部屋みたいにふわふわしたご利益だ。
「その妖精契約の現場で事故が起きるの。妖精姫と第一王子が指輪を交換した時に、赤黒い魔力の柱が出現するわ」
私は前回その場にいられなかったんだけど、真砂は何回か直面してて、私もその場面を読んだことがある。
というか、ここに原因があるって判明するまでに何回もバッドエンドを迎えてた。真砂でそうだったんだから、その前のローズィアとかはもっと手探りだったんじゃないだろうか。「国外に逃げても無駄だ」って真砂も言ってた。真砂自身の試行にはなかったから、あれは別のローズィアだろう。
「出現した魔力の柱に捕まれば、全部引き裂かれる。それがどんどん膨らんで、気づいた時には私は今日の朝に戻るの」
「……言いにくいのですが、夢を見ているわけではないですよね?」
「それが一番ありがたい結論だわ。そうだったらあなたのことは二年後に解放してあげる」
軽口を叩くとユールは苦笑した。あ、やっぱりこの人自分が一年後に処刑されることを知ってる。
これはよくない。士気に関わる。
読者だった時も「あ、よくない流れだ」って箇所は読むの重かったし。
「協力してもらう代わりと言ってはなんだけれど、あなたのことは絶対助けるから」
「え」
「なんで知ってるのか、とかは二度目だから省略で。大丈夫。ティティと違ってあなたは絶対助からないってわけじゃないから」
真砂の十五回と私の一回を足すと、絶対に毎回助からないのはティティだけだ。
それ以外は妖精契約に出席している人間は大体死ぬから、第三王子のデーエンや宮廷騎士のフィドなんかも死亡率が高いんだけど。
ただ彼らは妖精契約に出席しなければ助かるのに対して、出席しないユールの死亡率は七割を超えてる。やっぱり儀式王っていうのが大きいんだろう。
ちなみに同じ七割超なのがローズィア。これは毎回色んな方法を模索して違うところにいたり、そもそも原因不明でループしてた頃のが響いていると思う。
ユールは「信じなきゃいけないけど信じがたいな」って顔で私を見ている。多分この顔、あと五百回は見るやつだ。
「ちなみに、後学のためにどうやって助けるのか聞いていいですか?」
「前回はロンストンの議会に乗りこんだわ」
「できれば他の方法でお願いしたいんですが」
「自分の命がかかっているのに議会の心配とは余裕があるわね」
「そういう言い方をされるとまるで議会を破壊してきたみたいに聞こえるんですが」
「誘導尋問はやめてちょうだい。破壊はしてません」
ただ直前に結婚して、ネレンディーアの貴族令嬢の妻がいるのに処刑は外交問題になるぞ、って切り込んで、ついでに汚職議員たちを追放しまくって処刑宣告を取り下げただけ。
ユールの次に即位予定のお兄さんは弟の処刑を知らなかったし、いい人だったから話が通った。
前回はそんな感じに根回し重視で動いてたんだよね。ネレンディーア宮廷にも相当食いこめたし、全部上手くいっていると思ってた。予習だけがっつりしてある初心者みたいな驕りだ。へ、凹むぅ。
「なんで急に突っ伏したんですか」
「定期的に来る波だから気にしないで……」
これを十五回もやった真砂はすごい。
あれだけ詳細に書いていたってことは、全部覚え続けてたってことだろうから。
どんな気持ちでそれらを小説に書き起こしたのか、ってところは想像すると泣くから駄目。
「ともかく、穏便に何とかする手段はいくつかあるから、二年後まできっちり婚約者でいて」
己の驕りが胃をじゃんじゃか焼いているのが辛いけど、話はしないと……。
私はユールの無言を了承を見なして話を戻す。
「前回打った対策は、妖精契約の儀式の会場に大量の純魔結晶を置いてもらったの」
「魔力を吸い取る結晶ですか。でもあれは貴重な鉱石ですよ」
「もうすぐがんがん出るから大丈夫」
そのがんがん出た純魔結晶の何割かをプールしていって、それを当日聖堂に持ちこんでもらったってのが私の対策。
以前、真砂とお茶してた時に「こういうやり方もあったんじゃ」って言ったことがあるんだよね。
真砂は「そっか! やってみればよかった!」って感心してくれたけど、あの頃はまだ真砂がローズィア本人だと知らなかったから無神経なことを言ってしまった。おまけに読者としてもネタ潰しだ。さ、最悪。
「どうしてまた突っ伏したんですか」
「己の愚かさに焼かれ続けてて……」
駄目だ……こんなに頻繁に凹んでいたらあと二年もたない。五体投地は今日で終わりにしよう。
よし、よし、大丈夫!
「結論から言うと失敗したわ。純魔結晶は全部砕けてた。魔力を吸収しきれなかったんだと思う」
「ちなみにどれだけ運び込んだんですか」
「720タクト」
「……よくそんなに用意できましたね」
「二年間駆けずり回ったから」
私が元の世界の単位に疎すぎて変換はできないんだけど、おおよそ大きな木箱で25箱。小さな国なら二つは買えるお値段だ。
「他には妖精契約そのものを中止させようとして失敗、会場を聖堂から変えさせたけど失敗、ティティを会場から逃がそうとして失敗、魔女アシーライラを会場に送りこんで失敗、が大体の結果ね」
「……相当色々やりましたね。魔女なんて実在したんですか」
「頑張ったのは私じゃないけどね。思いついたものは端から試されてるわ」
きついのは、このループが二年間を回ってるってことだ。
打った手の結果が分かるのは二年後で、何が駄目で何がよかったのか分かりにくい。
失敗の種類も大まかにはわけられるけど、途中経過は様々だ。回避しようとした結果、もう分かってる失敗例につっこんだこともある。
二年かけて「ああ、駄目だった」って分かるのがどれだけ心に来るか、私は経験済みだ。
もっと何回も短時間でトライ&エラーを繰り返せればいいんだろうけど、それは無理だから現状でできることをしないと。やり直せるだけ幸運だ。
テーブルの上に半分つっぷしたままの私に、ユールは複雑な目を向ける。
「それだけ繰り返していて、一人だけ年を取る気分になりませんか」
「少なくとも私はまだなっていないわ。でもきっと、十六歳を何度生きても十六歳は十六歳なの」
人間の心って、経験した年数だけきっちり年を取るわけじゃないと思う。
前は二十六歳だったけど、全然そんな感じじゃなかったし。真砂も同世代っぽかった。
ただ心は老いなくても疲労は溜まってくるんだろう。だからリタイヤ者が出てるわけだし。
ユールは「そういうものですか」と頷く。
「では当面のすべきことと、今回の大方針が決まっていたら教えてください」
あ、こういうところ彼らしい。切り替えが早いしのみこみがよくて助かる。ほっとする。
「実は今朝戻ったばかりでまだ決まっていない、って言いたいところだけど、主な大方針は三つ」
前回の二年間を過ごしながら、途中で「あ、こうしたらよかったかも」って思ったり「やりたいけどできなかったこと」が大きく三つある。
「一つは契約時の指輪の作成を私の知ってる職人に任せてみたい。指輪が原因の可能性を潰したいから。もう一つは儀式にいるベグザ公爵を欠席させたい。なんか企んでるっぽくて怪しいから」
濡れ衣だったらごめんだけど、あのおじさん前回なんかすっごく怪しかったんだよ。真砂とはほとんど接触がなかったらノーマークだった。
「最後に、ティティの契約相手を変えたいわ。第一王子と相性が悪いんじゃないかと思って」
私がそう言うと、ユールは「信じがたいな」って顔で見てきた。二度目早くない?
「……妖精契約は、第一王位継承者が行うものですよ」
「知ってるわ」
「つまりあなたは、第一王子を排そうと?」
「そこまでしたいわけじゃないけど、それしかないなら仕方ないわね」
「露見したら投獄処刑は免れないかと」
「でもやってみる価値はあるわ」
リスクが高いから今まで未挑戦だったフラグなわけで。
ただ私はここが分岐点じゃないか、って思ってる。
「第一王子は、ティティ……っていうか妖精姫のことを毛嫌いしてるの。それが契約失敗の理由じゃないかって」
「そうなんですか」
「そうなんです。まさかそんなところに原因があるとは思いたくないけど、妖精に関しては分からないことばかりだから」
それは私や真砂の知識が足らないから、じゃなくて。
妖精国は本当に分からないことだらけなんだ。妖精姫以外の妖精が存在してるかも分からないし、「妖精」ってのも便宜上昔の人がつけた名前らしいし。
「以上が大方針よ。当面のすべきこととしては、領地内の純魔結晶の発掘と貴族学校への入学。あと私自身を有力者に売りこむこと」
「分かりました」
「話が早い」
「二週間後にネレンディーアの王城でパーティがあるのを知っていますか?」
「え……知らない」
スタート直後にネレンディーアの王城へなんて行ったことないし。
今回だって貴族学校への入学に早くて三カ月はかかると踏んでいる。
そんな私に、ユールはよく知る微苦笑を見せる。
「そこにあなたを連れて行きます。僕のパートナーとして。上手く立ち回れますか?」
「……そんなの」
願ってもないチャンスだ。ネレンディーアの有力者に顔が繋げれば一段飛ばしで進める。
今度こそ、誰も死なせない結末に手が届く。
あれもできるかも、これもできるかもって色んな可能性が頭の中を巡って、すぐには答えられない。
答えられないけど、ユールはそんな私の表情を読み取ってくれるんだ。
「せっかくなので、僕を選んでよかったと思わせてみせますよ」
ああ、泣いてしまう。
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