第3話 最速を目指す全力の第一歩



「失敗した!!」


 思いきり叫ぶ。叫んだ自分の声で飛び起きる。

 そこは私……いや、ローズィア・ペードンの部屋だ。

 天蓋付きのベッドはあちこちが白いレースでかざられている。鏡台もキャビネットも白で統一されていて、差し色はピンク。絵にかいたような姫系インテリアの部屋。私の趣味より大分装飾過多。

 そういう私も、白いレースのネグリジェだ。


「初回は気にならなかったけど、リスタート地点がこれって脱力するわ……」


 いやでも牢屋の中とか赤ん坊とかで始まるよりいい、はず。

 私は自分をそう奮い立たせてベッドから降りる。三面鏡を開いてその中を覗きこむ。

 波打つプラチナブロンドに青い瞳。透き通るような白い肌。人形のように整った顔。


 ――小説の中だとそっけない外見描写だったけど、実際見たらすごい美少女だった。


 これにタイトルをつけるとしたら、なんだろう、えーと『友達から譲り受けた成り上がり令嬢、外見だけは高スペックです!』とか……? 話の内容全然入ってない無理。私に小説は書けない。


「真砂だったらきっと儚げな美少女だったんだろうけど……」


 人間、中身が顔に出るよ。社会人してるとそう思う。厄介な我儘言ってきそうな取引先は表情でもう分かるし。

 私は引き出しからリボンを取り出すと、ピンを口にくわえながら長い髪を邪魔にならないようポニーテールにする。真砂のキャラデザだと髪を下ろしてたんだけど、もう原作準拠は無理。

 たちまち鏡の中の寝惚けたような人形は、出勤前の社会人の顔になっていった。

 十六歳、田舎の子爵令嬢。

 リスタート二回目。

 ここから「妖精契約」の儀式が行われるまでの二年間が勝負だ。




                 ※




 私は転生ものの話をそう数多く読んでるわけじゃないけど、転生っていうから赤ん坊から始まる話が多いみたい。あとは幼児の時に記憶が戻るとか?

 私みたいに十六歳の決まった日に目が覚めるのは、どっちかというと「乗っ取り」ってやつだろう。ただ乗っ取りは乗っ取りでも合意の上での継承。

「多分、オリジナルのローズィア・ペードンもいたんだと思うの」

 真砂はそう言ってた。ただオリジナルがどうなったかは真砂にも伝わっていないらしい。

 でも今ここにオリジナルがいないってことは、彼女も心が折れて退場したんだろうな。



「お父様、おはようございます!!」

「おはよう、ローズィア……いやに今日は元気だね」

「キャラ変しました。今日からはこれでいきます」

「あ、ああ……うん?」


 いい加減な朝の挨拶をして、私は朝食のテーブルにつく。

 一回目は「うわあ、本当に小説の中の世界だ」って驚いて、できるだけ話の中の「ローズィア」を遵守しようとしたけど、一回失敗して分かった。外面は使わなきゃいけない時と使わなくていい時がある。

 ローズィアのお父さんは後者。おおらかで娘推しだからキャラぶれも受け入れてくれる。推しに寛容な父親で助かる。

 そもそも私が読んだ十五回分のローズィアも途中から真砂そっくりだったんだから、真砂も「キャラぶれどころじゃない」って思ったんじゃないだろうか。


 何しろローズィアには時間がない。

 この世界、というかこの国は、今日からきっかり二年後に滅びる。

 滅びてその日にループが発動して今日に戻る。

 今まで何人ものローズィアがこのループを打破しようと挑んできた。

 真砂の話だと国外脱出したり、儀式を中止しようとしたりしたローズィアもいたらしいけど、いずれも失敗。心が折れたローズィアは、後継者を探して自分はループから脱する、の繰り返しだ。


 ループから降りた「ローズィアだった人間」がどうなるのか、真砂はそれだけは教えてくれなかった。

「次の人を探すのに許された時間は一年だけなの」と微笑んでいた彼女の部屋には、物がほとんどなかった。しきりに私に「ごめんね」と謝っていた。そこから察するのは簡単だ。

 でもお互い別れの言葉は口にしなかった。



「ローズィア、あのね、今日はお父さん予定ができて、買い物に付き合えなくなったんだ」

「知ってるわ。新しい貿易商との商談が入ったんでしょう? 私も行きます。午前の内に資料をまとめるわ」

「え? え?」


 私はてきぱきと食事を取る。

 テーブルに並んでいるメニューは固めのパンと野菜スープ、戻した塩漬けの肉とシンプルなものだ。貴族と言っても山際の小さな領地を持つ名ばかりの貴族だから、質素倹約が板についてる。

 この土地は辺境ではあるけど国境に近い側は険しい山で自然の要塞だし、軍備の必要もない。

 ただ昔から空気がよくて王族とかの療養に使われる離宮があって、それを管理するためにもともと平民だったこの家が何代か前に爵位をもらったって由来だそうだ。


 けどここから数カ月後、領地内にとある鉱脈が見つかる。

 それは魔力を吸いこんで貯める性質のある「純魔結晶」という貴重なもので、おかげでうちはたちまち羽振りがよくなり、王の覚えもよくなって、ローズィアは一年後には王都内の貴族学校に入学できる、という流れが標準ルートだ。前回私もやった。

 ――でもそれじゃ遅すぎると分かった。



 私は最低限を食べ終わるとスプーンを置く。

 膝の上に両手を置いて姿勢を正す。ローズィアの父親を見つめる。


「お父様、私を信じてくださいます?」


 目の前にいるこの人に、申し訳ないとは思っている。

 彼の本当の娘はもういない。彼にとっての「昨日」まではいたけれど、「今日」からは違う娘だ。

 それでも、そんなローズィアたちを彼は毎回変わることなく愛してくれた。

 前回の、あちこちアラが出た私に対してもそうだ。

 だから彼には申し訳ないけれど、彼の愛情については信じている。

 その上で、最低限の仁義は通しておきたい。


 人の善さが顔に出てる彼は、困ったように微笑んだ。


「なんだい、あらたまって。いつも信じているよ。君は私の大事なお姫様だからね」


 予想通りの答えに、半分嬉しくて、半分泣きたくなった。

 お父さん、今回は絶対絶対、この国を守りきるからね。


 だから今回は、手段を選ばず、全速力で行かせて。



                 ※



 午後の商談の席で全員の挨拶が終わると私は切り出す。

 向かいに座る、ローズィアの幼馴染の男に向かって。


「ユール・ラキス、お久しぶりね。これを機に私と二年くらい婚約しましょう」


 手段を選ばない最速の切り札は、その場の全員を無言にさせた。

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