第32話 彼方は私の子ども
去ってしまった彼方さんを追い、枝葉街駅にやってきた僕とヒカリ。先回りして追いつこうという魂胆だったが……。
「来ない……」
「連絡先ぐらい交換すべきだったわね」
「あの流れじゃムリだってぇ〜……」
そもそもは僕のせいだ。リンカー能力者の仲間集めるとか言って、無関係のもかさんに変わった人を探してるとかって探させて、そうして会った彼方さんに中途半端な接し方して。
……ヒカリはあの人がリンカー能力者だって気づいた。なのにむしろヒカリを止めたりなんかして、彼方さんの心にふれるのを躊躇った。
プルルルルっ!
「電話ね」
「タイミングよすぎるけど彼方さんじゃないよ、再寧さんだ。もしもし、タマキです」
『再寧だ』
電話に応答すると、落ち着いた、けれども垢抜けない少女のような大人の声が聞こえてくる。
『タマキさん、最近友達づくりに勤しんでるとのことで、一つ聞きたいのだが』
「はぁ、聞きたいことですか?」
『岸元 彼方という……君と同じ学校の生徒なのだが、知ってるか?』
「あっ、ちょうど色々あって……あっ、近くにはいないんですけど」
『むっ、そうだったか。タイミングがいいな』
「そりゃあ……ええ、まあ、ハイ」
僕的にはタイミング悪いけど……。
『で、だ。実は、その人を見かけたら保護してほしいんだが……』
「保護?」
「ネコの話でもしてるの? アナタたち」
ちょっと思ったけど。
けど『保護する』なんて文言、それを人間に使うのはつまり、危険に晒されそうな人物を守る為がほとんど。それって……。
僕はスマホの設定をスピーカーモードに切り替える。
「再寧さん、ヒカリにも聞かせます。詳しくお聞かせ願えますか」
『……まず前提条件を話す。「騒ぎになる前に彼方さんを保護してくれ」。不甲斐ないことに、私は先日の戦闘でのダメージがまだ酷い。バカ探偵もだ。紫陽花さんも他の現場に当たっている』
「お大事に」
『ヒカリさんか、ありがとう。で、だ。「保護」という点についてだが、彼方さんはあるトラブルに巻き込まれる可能性があってな』
「トラブル? 事を起こすような人には見えませんでしたが……」
『過去の因縁だ。彼方さんは昔、2組の不良グループに単身乗り込んだ事があってな。いわゆる「一匹狼のヤンキー」だったという』
「……え、元ヤンですか?」
『ああ』
ああじゃないんですけどぉ!? あんな可愛らしい顔の人がまさかそんなでしょうがぁ!?
『して、その2組の不良グループ──去年既に、この街を牛耳っている神宮グループのご令嬢が仲裁したと聞くが、それをよく思わない残党の間で、何やらよくない動きがあるようでな』
「……まさか、彼方さんがそれに?」
『巻き込まれるとはその連中にだ。ああ、ただ一つ。今のところリンカー能力と思しき異能は確認されていない、例の機械もだ。だから本当に彼方さんを保護してくれればそれでいい』
「……あの、それって特能課の仕事と関係あるんでしょうか? リンカー能力や教団と関係ないんじゃ……」
『あーそれはだな……』
『それは彼方がワタクシの子どもだからですわ!!』
「ぎやぁぁっ!? な、何者ですか……!?」
『岸元課長……! そんな大きな声急に出したらタマキさんがびっくりしてしまいます』
小動物だと思われてる?
『ん? ああ申し訳ありませんわね。ワタクシ、特殊能力犯罪捜査一課長、
「は、はぁ、課長……?」
実際でっかい声に僕の耳は破壊された。そんな気になった。
落ち着いて話し始めたその声は、再寧さんのように垢抜けない、けど口調とは裏腹に、ちょっと高いけど凛とした、そんな声色だった。
「えと、子どもってのと、岸元ってもしかして、彼方さんの……」
『その通り、ワタクシこそが彼方の母ですわ。いつも我が子がお世話になっていますわ』
いちいちキャラ濃いなぁ……! 本当にこの取ってつけたようなお嬢様口調の人があの繊細な彼方さんのお母さんなのか!?
ツッコミたくてウズウズしてきた僕を後目に、ヒカリが顎に手を置いて、落ち着いて話す。
「随分と話がややこしいのね。あ、私ヒカリ。タマキのリンカーやらせてもらってますけど、ご存知かしら」
『はじめましてですわ! 再寧から聞いておりますの〜』
「え、えぇ〜っと、つまり彼方さんのお母さんでもある特能課課長の岸元お母さんが……お子さんを不良から守って欲しいっていうお願い的な……」
『そうです!』
そうですじゃないが!?
と言いたいところをグッと我慢しつつ……。
「ともかく分かりました。探し方も見えてきましたし」
『おおっ、気合充分の大見得ですわね』
「いやあの大見得というほど大げさじゃないというか僕自身そんなに自信あるという訳じゃないというかですね」
『しぼんじゃいましたわ!』
『褒められ慣れてないんです、この子……』
『えっ、こんなモンで?』
酷い言われようだ、僕……。
『……ともかくスマナイなタマキさん。頼りにならない大人たちのワガママを押し付けてしまって』
「あっ、いえ、お願いされるまでもなく、彼方さんを放っておくわけにはいかないですし、謝ることなんて……」
『彼方のこと気に入ってくれたのです? よかったぁ! 彼方はワタクシのカワイイ子どもですもの、嬉しいですわ!』
『ともかく切るぞ! もしもだ、万が一、リンカー能力者が現れたその時は、通報するのも忘れないでくれ!』
「はい、わかってます!」
プツン、ツー、ツー。
「忙しない部署なんだなぁ……。それに彼方さん! エロ本で、あとアレで、ロックでリンカー能力者で課長のお子さんで元ヤンで
「それで? どうやって彼方を探すのかしら」
「あっ、そうだよね。単純な考え方だけどね。ともかく行こう」
「タマキ」
歩を進めた僕に、ヒカリが声をかける。
「そう気にする事じゃないわ。アナタは確実に成長してる。アナタは気づかなくても、小さく、あるいは大きく」
「……ありがと。あと、ヒカリはちょっとズバズバ言い過ぎだよ」
「あら、こりゃ意外なカウンター。ゴメンなさいね」
「僕じゃなくて、彼方に、ね」
「むぅ。確かにそうね」
「あっ、ゴメン生意気言って……」
「いいわよ、アナタが謝ることじゃないでしょう? ホラ、私も俄然、彼方を放っておけなくなってきたわ。行きましょう」
「うん」
なんてその時。
「おっ! タマちゃんじゃ〜ん」
「えうえうえっ!?」
全く予想していなかった。ネルお姉さんだ。ベージュのコートの装い、私服だ。そりゃそっか休日だもん。こんな所で遭遇するのが意外だった。
「リアクション相変わらずオモロいね〜、今の何度見? なんだい、双子でお出かけかい?」
「まあ、そんなところで……」
「タマキっ」
ヒカリに肘で小突かれてしまった。構ってる場合か、と言いたげだ。
「わ、分かってるよ……。ちょっと今、人探ししてて、ああいや、待ち合わせでして……ハイ、向かうところなんです」
「んえぇ? ンだよぉ、ノリ悪いじゃん。いつもと違ってさぁ?」
「あっ、スミマセン。……あのっ」
「ん~?」
「いや……またあとで」
「ん~」
なんとなく、後ろめたい感じがした。連絡先の交換なんてのをしようとしたけど、僕とネルお姉さんは友達とかじゃないし……。
何よりちょっと、怖いと思った。誰かに対してそんな馴れ馴れしい事するの、まだ躊躇いがあるのか、僕は……。
*
「ンだよ、寂しいじゃん」
タマキが去ったあとで、ネルはぽつり、そう呟いた。
*
タマキたちから逃げるように去った彼方。彼──女は工場の跡地を訪れていた。
体育館ほどの広さはある寂れたその場所を、ズカズカとイラだった様子で歩を進める。
真っ直ぐ、一点、ピタリ。建物の真ん中ぐらいで、立ち止まった。
「……お前ら」
ポツリ、呟く。
「足音うっせーぞ」
彼方のそのセリフを聞き、ゾロゾロ、複数の男女が物陰から姿を現し彼方を囲む。人相は悪く、服を着崩しジャラジャラと貴金属をアンバランスに身につけている。そのような輩が目視できる限り十数人。リンチだ。
うち1人の、先頭に立った少年が下卑た笑みを浮かべながら話す。
「コッソリしてたんだけどなぁ。オメェ、いつから気づいてたよ?」
「駅前でそっちのブ男見てからだよ、ヘタクソ」
「あぁっ!? なんつったテメェ!!」
「安い挑発に乗る人間のクズ共っつったんだよ」
ギターケースを背負ったまま、首を掻き毟る彼方。完全にナメた態度だ。
1人、不良が鉄パイプ片手に雄叫び挙げて飛び出す。
微動だにしない彼方。背中へ振り下ろされる鉄パイプ。
──ゴスッ!
鈍い音がして吹き飛ぶ、不良。軍団へクーリングオフだ。軍団の前に滑り、呻きうずくまる。
彼方はただ、裏拳でジャブをしただけのようだった。ただの裏拳でここまで吹き飛ばした。それ以外に不自然な点を、不良達は認められなかった。
「ダサい振り方しやがって。土手っ腹に触っちまった」
「ナメやがってっ!!」
怒声を合図に、不良軍団が突撃する。1人を相手に、何十人もが取り囲む。
彼方は──少し踏み込み、飛び上がった。
浮かんでいるのだ、宙に。そうとしか見えなかった。
その浮かんだ彼方が、素早い足さばきで、向かう不良に脚を叩きつける。胴体へ、腹部へ、肩へ。きりもみ回転し、時に地に足をつけて、また飛んで。
その縦横無尽の動きに翻弄され、誰一人としてマトモに彼方へ攻撃できなかった。
「お前ら、なんだっけ? 超特急戦隊と、ボイメンライダー? 今はなんだよ。ハイエナ? ジャンク? 爪弾きものの、やっぱクズ?」
「だからウゼぇ!!」
「一発でノビないのがせめてもの救いか? まだマシなだけだけ、どっ」
叩きつけた脚に吹っ飛ばされ、ボーリングのように集団へとストライクする。
「こいつホントめちゃくちゃだ……! 岸元のヤロウッ!!」
「っ……! チッ」
*
雄叫びのような集団の喧騒が廃倉庫から聞こえて、慌てて来てみれば一方的なケンカだった。しかも1人が無双していく光景だ。
「タマキ。どうやら推理は当たってたみたいよ」
「ほぉら、不良が集まる場所ってのはこーゆー町外れで人がいない閑散としたトコなんだって相場は決まってるんだよ! ビビりながら彼方さんの容姿聞き込みして追ってきた甲斐があった」
「そうね、間に合ってないトコを除けばカンペキね」
痛いトコ突くなぁ……!
見ると彼方さんは、ギターのバッグを背負ったままで、足だけで飛んだり跳ねたりして戦っていた。何よりの注目点は──背中にくっついた戦闘機みたいな物だ。
あの戦闘機みたいなバックパックが、彼方さんのリンカーなのか……!? けど、ヒカリが言ってた小人ってのとはまるで違うじゃないか!
アレで浮力を賄ってホバリングしている、そういう事か!
「まあ、間に合ってないと言っても、私らが出る幕はなさそうね。ですわお母さんの杞憂だったみたい」
「普通は心配する状況だと思うよ……。ん?」
混戦を見守ってると、向かいの出入り口から何やら女の子が現れたのが見えた。
ひたり、ひたりと、力無く、しかし確実に、軍団に向けて歩を進めていた。
「あの人……さっき楽器の専門店にいた人じゃ?」
1人の不良の男が、その人に気づく。
「そこのアバズレェ! 何モンじゃ、岸元の加勢かゴ……」
ドボォンッ!
「ガボバッ……バッ!?」
なんだ!? 女の子に近づいた不良が、水の中に閉じ込められた!?
突然現れた水の塊、まるで巨大な水槽でもせり出したみたく、不良1人を覆って溺れさせてるじゃないか!
「ニンヒト!」
僕は即決した。ヒカリの指先から放たれる『ニンヒト』の光は、溺れる不良を打ち、その身を水中から弾き出す! 多少乱暴だけど緊急だししょうがない!
もう1本! 女の子へ光線が向けられ──!
バシャアンッ!
展開された水の壁に光線を曲げられてしまった! そんな事、屈折か!?
けれどスキを作る事はできた、それが目的だ。
すっかり止まっていた混戦の中に飛び込み、彼方さんの元へ出る。
「彼方さんっ!」
「なんだおま……我妻さん!?」
「えっ、名字呼び」
「構えなさい、タマキ。それから彼方も。あの女の子が敵の中じゃ一番厄介よ」
見ると女の子は完全に僕らへ敵意を剥き出しにしていた。鋭い目つき、その眼の奥に宿った憎悪が透けて見えるようだった。ただ一度の妨害がそれほど気に食わなかったのだろうか。
黒いロングヘアをかき上げ、ため息混じりに言葉を発する。
「一緒にされた? このクズ共と。彼方を助けに来たって事、なんでわかんないかなぁ?」
「オレぇ? 助けに来て欲しいなんて、一言も言ってないんだけど」
「大丈夫だよ、私がついてるから」
「聞いてねぇし。てか誰なのさ!」
「ファンだよ、あなたの!
なんか、急にきゃぴきゃぴしてる……。
「……路上? それとも箱で?」
「路上で見かけたときからずっとだよ! ギター片手に無言でひたすら真摯に弾き続ける孤高の存在でけどひとたびバンドを組めば調味料と隠し味を同時にこなすかの如くグループを殺さず引き立てそして輝くその姿はまさに一匹狼ユニセックスなファッションと中性的で端正な顔立ちから男女共に人気が高くかくいう私も」
「そこまで聞いてないんだが〜?」
完全に僕ら蚊帳の外じゃないかなぁ〜!
そんなふうにグダグダ会話していたら、痺れを切らした不良の1人が、こぉ〜っそり、五十嵐 繭結さんの背後に迫っている事に気づいた。
声を漏らしそうになった僕のそれは間に合わず、メリケンサックを装着した拳が襲いかかり──!
ドボォンッ!
「あっ、また! ヒカリ!」
「分かってるわよ」
ただ1人、なので詠唱ナシの微弱なニンヒトで打ち、水中の不良を弾き出してもらった。
五十嵐さんが僕らを睨む。
「さっきから……なんなの。あんたら双子姉妹、彼方の前で出しゃばってさぁ!!」
凶暴だ! 上っ面の好意と剥き出しの敵意、二つの明暗がハッキリしている! 彼方さんに味方していようが関係ない、自分と彼方さん以外はどうなろうと知ったこっちゃないって風だ!
……それこそ、死のうが!
「お前ら帰れ、3人ともだ。話がややこしくなる」
正直、彼方さんの言う通りだ。僕とヒカリは頼まれたからまだマシ、五十嵐さんは全くこの抗争に関係ないのに首を突っ込んでいるのだから!
しかし当の五十嵐さんは、あ、とふとした用事を思い出したような、あっさりとしたリアクションだった。
「そうだった。まずはこの場をどうにかしないと──」
この場──?!
「ニンヒトっ!!」
僕が瞬時に取った行動はヒカリにとにかく不良たちをこの場から離れさせる事だった。リンカー能力者じゃない一般人、全員だ。僕の呼びかけ、それに脚力、身体能力じゃ僕自身も離れるなんて簡単な事さえできないと判断したからだ。
何事かと全く理解できていないようだけど、背に腹はかえられない。
「危ないっ!」
それから、彼方さんも離れさせ──!
「ねーよっ!」
ドボォンッ!!
目の前が真っ青に染まる。黒く、濁った青。砂埃が舞い散り、気泡が視界を覆う。沈められんだ、五十嵐 繭結さんの能力で。
けど妙だった。ほとんど濡れていない、足先ぐらいだ。それに目の前、真ん前で砂埃が遮られてる。
すぐに理解した、一瞬にして潜水服を着てることに。
「全くどいつもこいつも! 誰が助けてくれなんて頼んだよ! ギターがズブ濡れだ、最悪だ!」
「彼方さん! これは彼方さんのリンカー能力なの!?」
「そのリンカー能力ってのがよく分かんないんだけど?!」
彼方さんも潜水服を着ていた。ヒカリもだ。それぞれの潜水服の胸部に、『1』、『5』を抽象化したみたいなエンブレムが見えた。さらに、ヘルメットは顔のように見える。
やっぱりコレが彼方さんのリンカー! さっきは戦闘機みたいなのを背負って、そうか脚のモモに妙なレッグカバーが見えてたのもそういう事か!
……無自覚のうちに、能力を使ってるのか?
「なんで……こう、邪魔をするわけ?」
五十嵐さんか! 自分ごと水中に沈めたのに平然として、自分の周りだけ水を無くしてるのか! 表面張力で水中の砂埃が膜みたいになってるぞ! 器用な!
「あっ、そのちょっと待った! 僕らはともかく、なんだって彼方さんまで沈めてるんだ! 推しでしょ!?」
「うわ~、まだこんな弱小ギタリストなのに推しとか言わないでよ~」
「えぇ……僕ほどじゃないけど変な自己肯定感の薄さ……」
「アナタ自分で言うの?」
「だから良いんじゃん」
僕らを完全に遮って、五十嵐さんが言葉を綴る。
それはある種の告白。愛の告白なら可愛いものだ。けど、この雰囲気はまるで違っていた。
「遠くから見てた彼方。私の憧れだった彼方。けれど他の邪魔なバンドのせいでままならなくて可哀想な彼方。ようやく見つけた。そして力も得た。彼方は私の子どもみたく、大切に、大切に」
一つ、悦に浸った深呼吸が入る。堪らないとばかりに頬を抑え、彼方さんに蕩けた瞳を向けていた。
吐息が水中へ、気泡となって上空へ拡がる。
「──育てなきゃ♡」
「……いやっ、よく、分かんない。分かんない、けど……!」
背筋から首にかけてゾワっとした。ここまで誰かに執着するか?
愛玩動物じゃない、人間相手だぞ? 自分の思い通りにならなければそれをイジめ抜くのか? そんなのペットでも目に余る行為だぞ?
こういうのってつまり……!
「分かりやすいヤツっ!! 厄介オタクじゃないか!!」
「来るわよっ! タマキ、彼方もっ!」
まともに身動き取れない水中。その空間が、濁りを纏って動き始めた!
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