第31話 それはロックじゃない

 岸元さんに呼ばれ、僕はまた楽器専門店『TANIGAKI』を訪れた。


 昨日まで僕は、楽器のことはサッパリだった。そこで帰りに図書館へ寄って、インターネットでも調べて、ひとまず形の違いによる名称を理解した。

 大雑把に、広く使われる薄くて軽い『テレキャスター』。ジャズで主に使われるが、僕でも知ってるかの高名なロックバンド『ビートルズ』が愛用したという厚みのある『レスポール』。

 僕はてっきり前者を『エレキギター』、後者を『アコースティックギター』と呼び分けてるのかと勘違いしていた。弦の振動で電気信号を送る機能があればエレキギターと呼べるらしい? ビートルズが使ってたのはエレアコというヤツらしい? 違いはあくまで構造。もっと細かく構造やら年代で『ストラト』とか……。

 ……ちょっと、まだよく分かってないな。それぐらいに疎い。


 そして何より──


「一個一個が高すぎるっ!」

「調子良さそうね、タマキ」

「このリアクションでそれ言えるの、ほんとヒカリぐらいだよね……」

「もしヤバかったら口汚くなるでしょ、アナタ。だからまだ平気」

「否定できないのがなんとも……」

「うんうん、自己分析できてるようで何よりね」

「からかったねぇ!?」

「うるさいぞ」


 僕は「ひょっ」と声を上げて肝を冷やした。傍から見れば人形相手に自問自答してるヤバいヤツに見えるであろう僕に、突然声を掛けるなんてお咎めか何かだと思ったからだ。


 振り返るとそこには呼んだ本人がいました。

 瑠璃色がかったくせっ毛サイドテール。フワっとした前髪で右目が隠れ、左目の桃色がかった瞳孔が僕を軽く見下ろしていた。


「あっ……」

「逃げずに来たね。それとも、やっぱり用事があったってコト?」

 やっぱり全然怒ってないんだ……。

「あっ、ハイ。まあ、昨日の事も投げっぱなしにできないと言いますか……」

「そっか。もかのこと、ゴメンね」

「えう? あ、なんで岸元さんが?」

「彼方でいい、名字はくすぐったいから」

「あっ、ハイ」

「……」

「……」


 ──なんか、間──。


「……んで、まぁよぉするに、もかに付き合わされて、それでムリヤリ会わされたオレとトラブったのをゴメンってコト。経過はともあれ、オレのミスには違いないから」


 そう言いながらのお辞儀ペコリ。


 じ、仁義ぃ〜!

「あっ! いやいやいや違う違う顔を上げてくださいそんなおっちょこちょいでどうしようもない僕なんかの為に」

「いいからそういうのっ」

「あっ、ハイ……」

 遮られた……。

「で、改めて聞くけど。なんの用? 好きなだけ時間かけていいから」

「あっ、えぇっと……」


 そう言いながら彼方──さん、は、革製ベージュのギターケースを下ろして奥のイスに腰掛け、ギターを取り出す。昨日と同じ、水色のギターだ。チューニングの音色が僕を抜き去り、店内に響く。


「パシフィカの112V。メジャーでシンプルなヤツだけど、ソニックブルーのコントラストがクールでしょ」

「えっ。あっ、ハイ」

 聞きなれない単語ばっかで全然わかんないけど合わせておこう。

「レフティってなかなか手に入らなくってさ~、珍しいでしょ? ま、コイツはサブだけど、ギブソンのロックなヤツが家にあってさ。ぜんぜん音違うんだよね〜」

「はぁ」


 ギブソンって確か、スゴい高いメーカーじゃなかったっけ……!? というかギター自体高い物だし、それを2本も持ってるなんて何をやってる人……。


 遮るギターのメロディ。


「君、モグリだろ?」


 ギクっとした。


 その一言もそうだけど、さっきまで緩やかな感じだったのに、まるでキャラクターでも変わったように、一歩引いた、どこか冷たい態度になったような気がした。

 そこも含めて、ストレートなその言葉に心臓が跳ね上がったのだ。


「……まあ、ハイ」

「アッサリだな〜。ウソつくのヘタだろ?」

「……ハイ。でも、なんで……」

「シンプルに反応が悪い」

 ぐうの音も出ない……。


「真秀呂場のことだろ?」

「え? な、なんで……?」

「昨日言ってたエロ本調達、アイツらにしかやってないから。……まあ、真秀呂場のヤツが死んでから、アイツらとも話してないけど」


 僕は──目を逸らしてしまった。『真秀呂場』の名前に、さっきよりもっと、心臓が跳ね上がった。

 真秀呂場が殺された現場を目の前で目撃した、気づけばそうなってただけの僕が、この彼方さんになんと言葉をかけたらいいか──分からなかった。


「事故だったんだろ、アイツ」

「……まあ」

「曖昧な返事だな。何か知ってるのか?」

「……っ! そんな一言一言で、判断なんかしないでくださいよ……!」

「尋問してるんじゃないんだぜ? 友達として、ただ知りたいだけだ」


 僕はハッとしてしまった。


 友達──友達、友達。

 僕がついぞなれなかった、真秀呂場の友達。この人は僕よりアイツを知っていて、長く共に過ごしてて、仲良く会話して──。

 そんな人が、僕に情報を求めてるんだ。あの日に何が起きたのか。僕にしか知り得ない事を。

 一瞬、嫉妬してしまった。……バカみたいだ。二転三転して、自分の心に触れられるのを怖がって。相手は真秀呂場を知っている友達なんだぞ?


 けど──


「その前に、あの……」

「条件つきなんかい」

「あっ、その……夢、とかありますか?」

「は? アルバム売り上げ1億、ヒットナンバーベストスリー独走、街を歩けば自分の曲が流れ、武道館ライブ、全国ツアー、憧れはプレスリー」

「ですよねー……」


 今さら何を気にする必要があるのだろうか? ぷらなを巻き込んでおいて、そもそもリンカー能力者の仲間を探しておいて。


 でも──ふれて良いのかな? この人の願いや心リンカーに、簡単に。


 そんなふうに考えてたら、彼方さんの方から口を開いた。


「じれったいなぁ、さっきから。逆に君の夢はなんなのさ? 人に聞くぐらいだし、あるの?」

 聞き返されるとは思わなかった……!

「あっ、えと……」


 僕が、彼方さんがリンカー能力者であるとして聞いたように、僕もリンカー能力の根底にある願いを言うべきかな……? ヴィジョンとしてじゃなくて『ヒカリ』を実在させてる僕じゃ再寧さんがやってたような方法でリンカー能力者か判別できないし!


「……何もない自分を変えたい、とか」

「ほ〜ん?」


 ギターのメロディが鳴り続ける。題名も知らない曲、聞いたことのないフレーズ。


「そんで? 『何もない自分を変えたい』って、何に?」

「へっ?」

「『何もない』んなら『何か』になりたいんだろ? その『何か』ってのはなんなのさ」

 面談?

「……えと」

「バンドじゃないよな〜、そりゃ」

「あっ、アハハ……」

 そっちかぁ〜……。

「……あっ、彼方さんが僕を呼んだのって、その、バンドメンバーを集めたいからって事ですよね……?」

「まあね〜、昔組んでたんだけど、やめた」

「あっ、音楽性の違いですか?」

「あ〜、まあそんなトコ。視野の狭いヤツにロックができるかよっつってさ。ロックはいいぞ、君もやるかい?」

「イヤです……」

「即答っ。いーんだよ、モグリでも。誰だって最初っからミュージシャンじゃないんだし」

「いやあのっ、なんかバンドマンって怖くて……」

「偏見か……」

「いえあのそんな悪い意味とかじゃなくてアメリカのバンドマンってタバコ感覚でヤバめのハーブキメてるじゃないですかあと過激な発言してたりジャガジャガの激しめ音楽だったりで」

「いーじゃーん! 君サイコーにロックだよ」

「僕がぁ!? 今の発言でなんでぇ!?」


 ──なんか、間──。


「……あ、なんかゴメン。オレ、調子に乗ったよ」

「あっ、いえいえいえそんな事ありませんのでハイ」


 ……ダメだ。会話のまとまりがない。お互い遠慮してるのがハッキリ分かる。

 彼方さんがどこか距離を置いてるのは、昨日の時点で分かっていた事だった。でも実際に会話が弾むかなんて二の次だ。そんな事、すぐに分かる筈だったのに、ここまでオシマイの概念になるなんてぇ……!


「見てらんないわね」

「うえっ!? ヒカ……え!?」


 いつの間にバッグから出ていたのだろう。ヒカリが等身大サイズになって出てきたのだ。


「……うん? 双子?」

「そうよ。いや、そうじゃないかも」

「血縁関係にそうであるないとかねぇんじゃねぇかな」


 彼方さんの冷静なツッコミもスルーし、ヒカリは彼方さんの顔を凝視する。

 怖くないかな、それ……。


「アナタ、リンカー能力者ね?」

「ほぉぉえっ!?」

 急いでヒカリを回収!

「いやいやいやちょちょちょっと何をいきなりそんなもっと慎重にいくべきじゃないかなそういうのって!?」

「良いじゃない、これぐらい直球で。あの子悪いヤツじゃなさそうだし」

「でもリンカー能力者ってあんま堂々と言うものじゃないっていうか多分みんなそうしてきたよなっていうか」

「バレたって減るもんじゃないわよ」


 チラと彼方さんを見ると、首を傾げていた。


「……リンカー? 大統領?」

「この反応確実に知らないよやっぱやめようよ」

「ダメよ。違うわ、アナタにひっついてる小人みたいなヤツよ」

「なんで食い下がるの!?」

「だって性質がアナタと……」

「ダメ」


 彼方さんだった。僕らに割って入るように、そう発したのは。

 ゆっくり、振り返る。


 ヒカリのたったそれだけの追及に、彼方さんの顔色が変わっていた。唇が震えて、身を縮こませて。


「……え?」

「やっぱダメ。オレに関わらないで」

「へぇ、アナタのロックはそんな臆病な魂なの?」

「なっ……! ちょっ、ヒカリ!」

「だってそれはロックじゃない。タダの尋問──いや、魂の拷問だ」


 彼方さんが、去る。逃げるようにして歩を進めるその背中が、ひどく僕の胸を痛ませた。


「これで確信したわね」

「双子揃ってバッドコミュニケーション、オシマイの概念が……」

「そうね。彼方の根底にある願い、もといリンカーの性質が」

「え? いやあの……」

「彼方はリンカー能力者よ。昨日、ちっこいのがあの子の周り飛んで喋ってるのが見えた」

「……えぇっ!?」

「昨日、もかに言われたこと覚えてる? 『バッドコミュニケーション』って。そのせいかしら。アナタたち、どっちも遠慮しすぎだったから」

「……それは、いや、確かに、そう、思った……けど」

「なら分かってるみたいね。アナタはもちろん、彼方もハッキリ喋ってもらう必要がある。もかと幼なじみとして親しいらしいのも納得ね、もかはハッキリした性格だもの」


 ……本当にその通りだ。僕はもっとハッキリ物を言わなきゃいけない。自分の胸の内に考えをしまい込んで、そうして何度他の人を困らせてる? 何度それを繰り返す? ……いつになったら、僕は変わるんだ?


「……でも、ヒカリ」

「うん?」

「……いや、その。リンカーって、人の心って、こうも難しいのかなって、なんか色々考えちゃって……」

「複雑でしょうね。アナタも、私も、そうであるように」


 なに人をわかった気になっていたんだろうか。

 結局、今日も僕のせいだ。中途半端に彼方さんの心にふれようとして、真秀呂場の友達だって気づいて変に身構えて。


「……追いかけ、よっかな」

「それも一つの手段ね」

「嫌がられたら、その時はまた……」

「その時考えましょう」


 ともかく放っておけなかった。僕のせいだから尚更だ。

 僕は「うん」と簡単に返事をし、店を後にする。


 出ると店の前に女の子が立っていた。ショーケースのすぐ前だったからすぐに気づいた。

 俯きで、思わず覗き込むようにして見てしまった。黒髪ロングにマフラーが似合う、キレイな女子高生……。


「かわいそうな彼方。あなたの本当のファンはやっぱり、私だけなんだね」


 そんな事言ってるように聞こえた。

 振り返ると、僕らとは真逆の道へ歩き始めていた。

 ひたり、ひたりと、ゆっくり、歩いていた。


「怖い人だ……」

 そんな様子に思わず呟いてたら、その人がいた足元が黒く滲んでいたように見えた。


 雨なんて降ったっけ?


 そう考えてたら、それは果たして気のせいだった。他のアスファルトと同じ、灰色の地面が広がっていた。


「どうかした?」

「いや……なんでもない」

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