ウィ・ウィル・ロック・ユー……

第30話 バッドコミュニケーションね

『♪オウ! ゴン! ジ・パ・ン・グ!』

「この暗号の意味が分かるだろうか!? 歴史には裏がある! 我々は管理されているのだ! 誰もが不安を発信する時代にこそ! 今こそ我ら一丸となり、かの黄金の時代を取り戻すため──」


 息を吸うだけで乾燥した冷たい空気が体に流れ込み、身を凍えさせる冬の夜。終わりの季節の彩りを描いたこの季節。枝葉街駅前は異様な空気に支配されていた。

 選挙には真逆のこの季節で、珍妙な音楽とシンボルをバックに力強く演説している男性と、そうだそうだと口々に同調する集団。その熱が、季節の色を割くかのようだった。


「……うるさ」


 そんな異様な熱気を、一人の女子高生が眺めていた。どこか憎々しげなその様子は、冬の寒さに対してコートで寒さを凌いでいるというより、人を避けて身を隠してるような、そんな風にも見える。

 黒髪のロングヘアと、それを巻き込んだマフラーが揺れ、彼女はその場を去ろうとした。


「いぃっでぇ~……」

「へっ!?」

 突然だった。そんな彼女のことなどお構いなしとばかりに、一人の女性が肩を組んで寄りかかったのだった。


 細めたその眼は、上がった口角と合わせて一見するとニッコリ笑顔のようにも見える。が、眉を寄せ、呻き声を漏らすその様子から察するに、苦悶の表情のようだった。


「なァにがこの国を変えたいだよ。人っ子ひとりの迷惑も考えらんねぇでバカでけぇメガホン鳴らしてさぁ? 酔っちまってなおさら頭にキンキン響くんだわ……。ねぇ? お嬢ちゃんもそう思うでしょお?」

 少女は、一方的に話しかけてくる不審者に警戒しない筈がなかった。桃色がかったハーフアップヘアーから覗くドロップピアスへ目を一瞬奪われたのち、目を合わせないよう逸らす。


「だ、誰ですか……? うわっ、息くっさ……」

「まァいいから聞きなよ、あーゆーのどう思うかって聞いてんの。どこのザコ新興宗教だよ。コッチはクソッタレ上司の飲み会に付き合わされてソッコー二日酔いなんだぜェ? あーったまいってぇよマジでさぁ」

「……あっ、そ、そうですね?」


 少女が思いついた対処は、とりあえず頷くことだった。そうしてできる限り刺激しないようにする。怒らせたら何をしでかすか分かったモンじゃない。


「人はさ、『原因』を求める生き物だと思う。私はこの考え方、けっこう大事だと思っててさ。上司のパワハラ、電車で大股開いて席陣取ってるおっさん、社会不適合者、コミュ症。そーゆーのにいちいちイラついて、言い訳してベコベコにヘコんで、毎日をしんどくするのってホントしょうもない。どうしようもできないし、虚しいからさ」

「……?」


 少女は何のことかと眉をひそめる。言いたいことがまるでわからない。思わず、その顔に目をやる。

 しかし酔っ払い女は、そもそも視線を合わせようともしていなかった。気にせず続けるのだ。


「んで、結局『原因』を求めたがるのは、人が『我慢』してるからさ。『原因』を向こうが作ってるのに、しかも歯止めなく欲望ブチ撒けるのに、コッチは我慢して。そーゆーのって不平等じゃん、そう思わない? だから人の幸せ挫くヤツは消さなきゃならない。そして私は我慢せずタバコ吸うのよ。我慢は身体に毒だよ〜? ヤニなんかよりよっぽどさァ〜」

「誰だよ、あんた……」

「ヒマそうで良いなァ~あいつ。自分の気に食わないモンに言い訳付け足すの、楽しいかねェ~?」


 少女はもう、怖くなっていた。不審者が現れた事による恐怖ではない。

 腹の底を探られるような……あるいはケダモノを前にしたような……。


「知ってるかい? 『好き』の反対は『無関心』。嫌いとかじゃないんだと。戯言だよねぇ~。ムカついたから、目障りだから罵詈雑言を吐き散らす。だから死んでほしい。好きとは程遠い、怒りの感情。そういうのが『嫌い』っていうんだろ? 屁理屈だぜ、『無関心』なんて」

「……あ、あの、そろそろ……」

「だからまぁ──」


 女の背後から、白く、細い影が伸びる──。


 夜の街を、熱狂の人々を、駆けるその異様な影。誰も目に止めず、振り返りもせず、ユラリと集団の中心に立つ男の前へと浮かび上がる。

 そこまで、アッサリと、到達した白い影に、誰も気づかない。真っ先に気づく筈の少女でさえ、気づかない。そして──


 グッ、ゴォォンッ!!


「……え? ガッ、ボヘェェ」


 突き刺さっていた。メガホンに繋がったマイクが、ナイフのように、グッサリと、男のノドに。

 悲鳴代わりのハウリングが響く。演説は止まり、バラバラだった便乗は一つの恐慌に置き換わる。


「ハイ! カスを一人、地獄へご案内〜」

「──ひっ……! い、イヤっ……!」


 理解が遅れて、頭にゾクッと恐怖が湧き上がる。

 逃げなきゃ、逃げなきゃ。

 もう手遅れ。

 だって既に肩を組まれているから。


「な、なんなんです……!? ホントに、バケモノ……!?」

「ひっでぇ〜。こぉ〜んなステキなお姉さん相手に言っていいセリフじゃあねぇな。ムカついたから、おりゃ」


 グチュ。


 本当に、アッサリと。突然、少女の心臓に、笑顔のバケモノの手が突き刺さっていた。

 血は。ただスキマに手を入れただけのような、というより虚空に手を出したような、女は何でもない様子だった。


「イヤアアアァァァッ!?」

 それでも少女は苦悶の表情になっていた。歯を食いしばり、歪んでいた。本当に痛みに震えているのか、恐怖が塗り潰しているのか。


「ほォら、我慢しなくっていいんだぞ〜? 存分に泣いちゃいなよ。ん? 思ってたより我慢強い子だな〜。それがイケない」

「なんなんだよ……! 私が何したっていうんだよ!? どいつもこいつも悪魔かよっ!!」

「悪魔ァ~? 違う違う」


 女は、一瞬、上を見る。ただ、何でもない様子で。


「救世主の使い──天使サマだよ」


 少女が気を失うその直前に見たものは、女──丹羽 ネルの笑顔と、白い悪魔『ドグラマグラ』だった。


 *


 日本は東京、季節ヶ丘、枝葉街。時刻は16時32分。

 12月というワードが持つイメージとは関係ないシーンで寒い思いをしている女子高生とはそう、この我妻 タマキのことです。


「でねー! MJがー!」

「みたみたー!」

「やばたにえーん」

「…………」


 奇数人数だとハブられるけど、偶数なら余りが出ないみたいな、そんな与太話を聞いたことがあった気がする。果たしてそれはウソだと理解したのは今現在。

 元気いっぱい明るいガールなぷらな、最強コミュ力ツインテのもかさん、プリン頭アメギャルのくるみさんとで帰ってたら、僕は輪の中から外れていた。


 分からない。会話の内容が、まるで、全然。僕の家はゴールデンタイムのバラエティ番組を点けて、ギャハギャハ笑いながら夕食を取るタイプなんだぞ、それでも分からないなんてこんな悲劇あるものか。真の陰キャにイマドキJKを解することは不可能──!


「MJ……MJ……マイケル……」

「マツジュンよ、タマキちゃん!」

「ま……つじゅん……かぁ……」

 ぷらな大好き。


 そんな僕を見て、もかさんがヤレヤレと片手で顔を覆う。

「アンタもホント大変よね〜。そんな他人知らずで、例のヤツどうなの?」

「へっ? な、なんでしょ」

「変な人探し! 妖怪オカマおじさんほどじゃなきゃ、いくらでも見つかるけどさ~」

「なんソレ? タマキの新情報続々でウケる」

 何か僕に対する変な風評が広まっている気がするぞ。


 というかそうじゃないや。もかさんの含みある言い方だ。

「あ、えと。誰か、思い当たる節ができたんです?」

「よく気づけました、えらいえらい!」


 ──手!?


「あっ……」

「うん? あー、ゴメンゴメン。子ども扱いされるなんて、シャクよね」

「あっ、ゴメン……」

「いいのよ! 気にしないで」


 ……そうじゃ、ないのに。まだ僕は、どこかで他人を避けてるんだ。それをでも、言ったところで……不愉快に思われるだけだ。他の人の本音が見えないと怖いと、そう思っておきながら、僕は僕を見せるのがまだ怖い。ズルいヤツだ、僕は……。


 刹那の思考を終えたタイミングで、もかさんは話し始める。と言っても、ちょっと話しづらそうな様子だ。


「あ~……でもね、アイツ、ちょいと気難しいヤツなのよ。だからこそ変人気質もあるっていうか、それでアンタのお眼鏡に適うかなって」

「えぇ?! そんな人を、急に、僕にぃ?!」

「露骨にイヤそうねぇ~! ま、そう思ってアタシもついてってやろうかって考えてたけど」

「あ、私もついてっていい?」

「私はいーや」

 何この同行人が増えるようでそうでもない微妙な状況……。

「もー、気難しいヤツっつってんでしょ? ま、アタシがキッカケ作ってあげっから、今回はタマキだけ、ね!」

「……ごめ、いや、ありがと……」

「大した事じゃないって! さ、ここの楽器屋さん! アンタら外で待ってる?」

「いいや」

「くるみちゃん、結構どうでもよさそうだよね? あ、どんな子か楽しみにしてるから! タマキちゃん、また明日にでも紹介してね!」

「あっ、ハイ」

 今日、初対面の人を明日には紹介しますは気が早すぎるんじゃ……。ちょうど休日だし!

「ホラまえまえまえ!」

「アウグぅ!!」

「バイバイタマキちゃん、もかちゃーん!」


 こうして僕はあれよこれよと楽器専門店『TANIGAKI』へ連行……もとい仲間のスカウトに駆り出されるのである。


 着目すべき点は──リンカー能力者か、僕らに協力してくれるか、だ。


 *


 ギターが並ぶ木造建築の店内。僕は楽器全般に疎く、目眩がする金額に心臓が破れそうになりながら見回したりするのがやっとだった。


 ギターの光沢がプレッシャーを放ってるみたいだぁ……! 十万超の重み……!

「ほらタマキ!」

「ひょうぅん!?」

「アイツよ! まずはアタシから軽めのジャブ入れとくから!」


 なんか嬉々としてないか、もかさん……? しかもまあまあバイオレンスめいた口調!


「ねえタマキ」

 その時、僕のバッグがひとりでに開く。ヒカリだ。人形サイズで収まった彼女は、隙間から僕にコッソリ話しかける。


「大丈夫? いつも以上に強ばってるように見えるけど」

「ギターの価格に圧されてるのかも……」

「そっちなのね? てっきり今から会う子に緊張してるもんだと」

「まぁそれもなくはないけど……。ギタリスト、みたいだし。野太いヤンキー出てきてジャンプしろって言ってカツアゲされたりとか……」

「ないから。さすがにない、偏見スゴイわよ。ホラ見なさいよ、あの子でしょ?」


 店の奥で、水色のギターを携え、もかさんと話してる人が見えた。僕らと同じぐらいの女の子だ。左手で弦を弾いて……左利き、なんだろうか?


 女の子は瑠璃色がかった髪で、向かって右に結いたサイドテールだった。くせっ毛なようでクルクルしてる。センターで分け、その分けた前髪により右目が隠れていた。もう片方の左目は桃色に反射して見える。


 ……あれ? この人見たことある気が、確かそうだ、真秀呂場の……。

「あっ! エロ本調達の人!」

「何言ってんのタマキあんたホント!?」

 心の声が漏れ出てしまったぁ!?

「ち、ちちち違うんです僕の記憶にあったのが真秀呂場たちに会ってた時だけだったからその印象が強いだけで深い意味は」

彼方かなた

「え、えう?」

「……岸元きしもと、彼方。オレの名前。よろしく」

「あっ、我妻がさい タマキです」

 なんで名乗ったんだろ、お互い。


「なんの用? 芸人の相方なら他をあたってくんない?」

「げ、芸人!? 絶対イヤですっ、目立つしイジられるし……!」

「オレだってジョーダンじゃないよ〜。いやそもそも、ここは楽器専門店だ。音には敏感な店なんだ。やかましいだけのヤツが遊びに来るような場所じゃない。てか、こんなハナシしに来たワケじゃないっしょ、絶対」

「あっ、ハイ」

 冷めすぎてて怖い……。


 そうこうしてたら、もかさんからの助け舟が。


「コイツね、アンタと同じで人見知り激しいの。仏頂面だけど、普段はニコニコの愛想いいヤツなのよ! 幼なじみのアタシが言うんだから間違いナシ!」

「……もか、余計な事言わなくていいから」

「アンタそれで友達少ないんでしょ! こうやってあげてるだけでも感謝なさいよね~!」

 情報の大渋滞……!


 なんて面食らってたらさらに、もかさんが耳打ち……しようとするので思わず避けてしまった。肩と頭を掴まれ、ぐいいぃ、とムリヤリ耳打ちされる。


「いい? コイツに偏見とか言っちゃダメなんだから、そこは注意ね?」

「そりゃ普通にまあ……」

 普通の道徳観を持っていれば確認はいらないと思うけど?


 なんてちょっとヤな言い方になりそうになった。多分、これが岸元さんと話すにおいてのバッドコミュニケーションになる。き、緊張するっ……!

「彼方にはありません。ハイ、無しです」

「……ん?」


 聞く間もなく、とん、と押されてしまう……!? キラーパス!


「あっ、えと……ギターお似合いですねぇ~?」

「アパレルショップの店員?」


 よく考えたらもかさんいる状態でリンカーの事とか聞きづらいなぁ……。まだ確証もないし! しかもさっきのもかさんの言ったことが気になってしょうがないしぃ~!


「用がないんなら、オレ帰るけど」

「あっ、待って──!」


 せっせとギターを片付け素通りする岸元さん!

 思わず振り返って止めようとする僕!


「あっ……」

「えっ? 危な──!」


 どたっ、ジャーンっ!


 全身にかかる遠心力、振りかぶる頭、岸元さんの手に引っ張られ、そして床に人間2人とギターが叩きつけられる音。


 一瞬すぎて、オシマイかなって思った。


「あ、アンタら大丈夫!?」


 気がつけば床に伏せられた岸元さんに胸を押し付けるカタチで、全身預けて転んでた。道理で息苦しい訳だ。


 ……この、感触。

 あ、目が合った。桃色がかった左目に、黒い右目。


 ──いやヤバいラブコメみたいな状態になったいやコレ男主人公がやるヤツでしょなんで僕がやる羽目になってんのヤバいヤバい現実的に考えたら岸元さんに暴行振るった事になるじゃん暴行罪だイヤアレは故意がなかった場合は罪に問われない筈で

「どいて」

「あっ、ハイ……」


 塩対応だ……そりゃそうだけど。

 気まずい空気も……流れるし。


「あっ、胸筋スゴいですねぇ~」

「言ったな?」

「え?!」

 ミステイク!

「イヤイヤイヤ違うんです純粋に褒めてるだけで変な意味じゃ」

『乳デケェ……』

「あっ、すみませんホント……」

「……いいよ。別に、そんな」


 俯いていると、岸元さんが近づいてきた。僕は怯えて申し訳ない気持ちで、まるで動けなかった。その顔が、横に来る。


「明日、正午にココで」

 岸元さんは、そう耳元で呟き、そのまま去ってしまった。


 怒っていたような、けどそれより、感情を表に出さないように、どこか隠したいようにしていたような……なんだか、曖昧な感じだった。


「バッドコミュニケーションね」

「あっ……」

 そりゃあそうだ……。


「アンタさぁ! アタシがクギ刺したコトやらかしちゃって! 初対面でロクすっぽ話もしないで、こんな大事故起こすとかアンタらヤバすぎ……」

「いや、あれぐらいなら喜んでくれるかなぁ~っていうか、言うほど大事故じゃ……」

「……ま、ムリヤリセッティングしたアタシも悪かったわよ。まあ、別に誰も悪いってワケじゃないってヤツね」

 自分で言っちゃうんだ。……よく考えたら僕も、岸元さんを怒らせといてまるで悪びれる事もなかった。やっぱり、一番悪いのは僕だ。


「暗い顔しなさんな! 今日はもう帰ろっ!」

 そう言いもかさんは先に店を出ていった。


 そのタイミングを見計らってか、床に転がったバッグからヒカリも顔を覗かせる。


「あいたた……。タマキ。彼方、って言ったかしら? あの子、明日来いって」

「聞こえてたんだ。うん、行こうと思う」

「あらやっぱり?」

「って、予想ついてたんだ……。ともかく、その為にも早く帰らなきゃ」

「気付いた事があったって顔ね」


 コクリと頷き、バッグを拾い、僕も店を後にした。


 楽器専門店、ギター、音楽、音に敏感、中性的、繊細で距離を置きがち。

 今回は抜き打ちだったけど、今度は備えられるぞ。

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