第29話 私には嫌いなものがある
『キモムーンがまたカッコつけてんぞ! ギャハハっ──!』
『アレやってよ、ナントカマンジャーンってヤツさぁ──!』
『痛いっ……! 痛ぁぁぁっ────!』
血、血、血、血──。
*
目の前の敵、長柄山は、残るもう一つの──『磁力』を操ると思しきヤツのリンカー能力で静止した──銃弾を摘み、今度は口へ放ってコロコロ転がし始める。まるでキャンディーでも舐めるかのように、だ。
ソイツが、話しかける。再寧さんの方だけを見て。
「今どこが痛い? 足だよな? 刺すような痛みとそこから風穴空いてひゅーひゅー乾燥した冷たい空気が入って痛むよな? この時期もーすぐ乾燥するぞヘモグロビンの働きってヤツだ。スゲェよな人間の体って。ギャヒヒっ」
鼻を膨らませて、下卑た笑みを向けてくる。
対峙する僕ら3人は、その様子に拭えぬ不快感を露わにしていた。当たり前だ、『癖』まで暴露されたんだから。
「タマキさん、腕を出せ」
「え?」
「さっきケガしたろう。ヒカリさんはそのまま、警戒していてくれ」
再寧さんがケガした僕の腕に軽く触れる。包丁でやられた切り傷に、飛び道具の刺し傷だ。それがぬぅっと、ちょっと気持ち悪い感覚でキズが塞がる。
「
見ると再寧さんの腿の弾痕も塞がれていた。リンカー能力の応用だ。ともかくおかげで血は止まったぞ。
しかしと言うべきか、やはり目の前の男はその様子を不快そうに見ていた。顔を歪ませ目の色を変える。
「プッ」
頬張った銃弾を吐き出す、スイカのタネでも飛ばすみたいに! それだけなら大した事はないけど、ヤツのリンカー能力で速度のついたソレは確かな凶器となるのだ!
ヒカリが前に立ち、銃弾を腕で弾く!
「汚い」
「キ、モ、チ、ワ、リぃ〜!! 女が3人寄ってたかってよォォォ!!」
ヒカリの呟きに、男は顔をしかめ倍以上の声量で怨嗟を吐いた。コイツの底がいよいよ見えてきたぞ。
警戒しつつ、ヒカリに釘とフォークを指差しながら手渡す。さっき僕を刺してくれたヤツだ。
意図を理解したヒカリは、リンカーとしてのパワーでそれらを長柄山へ投げる! サイドスローだ! 角度のついた投擲武器は、回転しながら敵を狙い──!
──ギュウゥゥン!
ダメか、不自然な方向に曲がって長柄山の真後ろへ行ってしまった!
「まさか正面じゃなきゃいけるとでも? 滑稽だなァ!!」
まただ、包丁を投げてきた。アレはさっき引き戻して僕の腕を切っていったから手元にある。
それをヒカリは、腕で弾く要領で壁に叩きつけガード、動かないようにそのまま押さえつけた。
簡単に対処されたからか、長柄山は鳩が豆鉄砲喰らったみたく目を丸くする。そんなヤツに僕は言ってやろうと考えた。
「対してアンタはワンパターンだな」
「……ハァァァァァァっ!! ゴミっ!!」
癇癪起こしながら長柄山が飛び降りる。ここは4階だ、普通ならタダでは済まないが、何せリンカー能力者。
一瞬焦ったが、見ると仰向けのまま落下していき、段々とスピードが落ちて着地、住宅街へ走り去っていく。
「追うぞ!」
「ケガしてるんです、ムチャしないでくださいよ!」
「言えた事か!」
再寧さんはコートを脱ぎ、それを街へ放り投げて地面に落とす。それを見てから『トータルリコール』の能力を発動し、半透明のコートを生成、空中で『一時停止』するそれに乗る。
僕はその足場の不安定さに臆するが、泣き言言ってる場合じゃない。ヒカリに人形サイズになって頭に乗ってもらい、僕は再寧さんにギュッと抱きつく。
魔法のカーペットのように、グニャリと動き出し降りるコート。なんて不安定な足場、スゴく怖いぞ……。
降り立ち、追いながら僕は再寧さんに話しかける。
「さっきヒカリに投げさせた金属の軌道、見ましたか?」
「ああ、不自然だ。真正面からの銃弾は減速して止まった。だがカーブして迫ったフォークと釘は、バウンドするボールのような跳ね方をした。……どう見る?」
「ええ、ようやく分かった! アイツが操ってるのは『磁力』じゃない、『磁界』だ! フィールドそのものに『磁界』を発生させてる、それがリンカー能力!」
ヒカリは眉を寄せて話を振る。
「『磁力』を強めて止めたりしてるんじゃなくて、まるで流れるような軌道だったのも『磁界』、つまり結界みたく張り巡らせてるから、よね?」
「うん、そうさ。中心は長柄山、もしくはアイツのリンカーだ」
「さっき深里が私たちの前に出てきた時に金属が動いてたのも『磁界』が理由。それって結構な広さだわ」
「規模がデカい事は分かった、じゃあどうする!? 大人しく戦闘を断念するか!?」
「まさかとんでもない。捕まえるんでしょう? 追って叩きのめしてやります」
「何故だ?」
思わず、足を止める。2人揃って。
「なんでそこまでして戦う? さっきもムリを言って。民間人の君が、無関係の君が。何も情報提供だけで充分な協力になるというのに……!」
再寧さんは、少し悲しそうな目をしていた。
なんでって。
僕は確かに『守る』のに必死になって、それで戦おうと思った。妹のため、友達のため、街のため。大切な人を『守る』ために。
再寧さんはどうだ? この人は『守ってくれる』側の人だ。僕の言う『守る』ために戦う理由とは、違う。
一つ、ハッキリしてる事があるとすれば。戦う理由があるとすれば──
「泣きそうな再寧さんのため、ですよ」
再寧さんは目を見開く。そしてすぐにしかめっ面になった。
「私に同情してるのか? さっきの話のせいか?」
「昨日の酔っ払った再寧さんを見てからですよ。それまではちっちゃくてもカッコいい大人だったのに、急に弱々しくなって」
「っ……! そ、それは違うだろっ!」
「けど再寧さんの本音だったのは事実ですよね?! そりゃあそうです、ずっと気を張ってなんかいられないですもんね。お家ぐらい気を緩めて過ごしたい」
「当たり前のことだ!」
「僕はそんな再寧さんの姿も見れて良かったです!」
「……なに、言ってんだ」
再寧さんは口を尖らせる。気恥ずかしいのか、それともやっぱり悔しい想いがあったのか。拳を握り、話し始める。
「哀れみなんかどうだっていい。いつか止む雨を待つより、私はいまカサが欲しいんだ」
一瞬、面食らった。
再寧さんってそんなポエミーな事言うんだ。ああ、けどそっか。
最初会った時、リンカーについて子どもみたいになって説明してくれたっけな──。
「僕だってカサなんか持っちゃいないです。けど、雨の中で踊っていいと教えることはできる」
「ハァ? ダンスなんか苦手だ」
「エスコートしてあげますよ。僕だって苦手ですけどね!」
「クサいセリフを吐かないでくれ。一人で十分だ、そんなヤツ」
「貴女に踊らされたからですよ」
本当にクサいセリフを言ったと思う。けれど、僕は気分が良かった。
対して再寧さんはとても呆れた様子だった。眉を寄せて、青みがかった目を見開き、息を大きく吸い込んで、吐き出す。
「……っはぁー! やれやれ、君と本気で話し合うとこうなってしまうのか?! 今度は仕掛けてやったってのに、調子狂う……」
「あっ、ハハっ……。すみませんでした調子に乗って……」
「いや、いい。別にいい。説得上手の話し下手め、私を納得させやがって」
なんかビミョーな貶され方された……。
「それで? 何か考えがあるんじゃないのか。ヤツと戦うにあたって」
来た。
電撃のような嬉しい衝撃が僕に走る。
頼られてる。
僕はニンヤリと満面の笑みを隠さず、再寧さんの顔を見る。
「まずは僕らが先に行きます。いいですね?」
「カンタンに約束を
「あっ、いや、それはですね……」
「急にいつもの調子ね」
だんまりしてたヒカリに煽られるし……!
*
長柄山は住宅街を抜ける直前、国道を目指していた。その手前の廃工場に今いる。
人が多く目立つ所へ逃げ込もうという算段だろうか。裏でコソコソしている犯罪者集団の人間が、目立つ場所とは。
「『ニンヒト』」
僕とヒカリは追いついていた。再寧さんの『トータルリコール』で追跡、予想できたおかげだ。
そこで等身大ヒカリの威力で背中から狙ってやった。が、長柄山の背後に出現した、マグネットを装着したロボットのような存在に光線を弾かれる。ヤツのリンカー、『インナーシティ』だ。
「マヌケなヤツかと思ったら、案外ちゃんと警戒してるじゃないか」
予想ついてた僕はむしろ、挑発を目的にした。長柄山が振り返る。
よぉし、さぞイラついたって表情だ。
「さっきのガキ共かよ……! ウゼぇなぁ!」
「合法ロリのお姉さんが良かったわよね、クソガキのおじさん」
「てンめ……!」
「『ヘモグロビン』は、赤血球内のタンパク質だ」
「……は?」
「カンタンに、酸素を運ぶ役割を担ってる。アンタが言いたいのは乾燥する、じゃなくて止血だ。その役割は『血小板』の方だろ。通い直せ、中学からな」
「──殺すッ!!」
僕らはマトモに会話をしてやるつもりはない。コイツ自体がマトモに会話できるとは思えないからだ。情報は別の方向性で得る。
挑発に乗り、激昂した長柄山は大きく振りかぶって釘に石、フライパンに鉄パイプまで飛ばしてくる。
そんな物を持ち歩いていたのかとツッコミたくなるけど、ヒカリの拳に『ニンヒト』、さらに距離のおかげもあってカンタンに叩き落とせた。
「このガキ……!」
「遅いな」
取る距離は5メートル以上。その間合いを保ち、再び『ニンヒト』を連射する。当然弾かれる。
再び鉄製の物が投げられる。これもまた当然弾く。
「お互い
「いいのさ、そろそろ仕掛けてくる」
攻撃中、じわりと廃工場を背に向けていた長柄山。それが攻撃の準備だ。それを見逃さない僕──いいや、再寧さんじゃない。
「──オォラっ!!」
「っ!? こっ……んぅのガキぃ!!」
事前に予測して回り込んでいた再寧さんは、長柄山の背中に一発キックをぶちかました! さらにリンカーを発動し──
「『トータルリコール』、
「ぐふぅ!? コ、コイツっ!」
背中への一発が
殴りかかる長柄山の腕を、再寧さんは掴み上げ流れるように背負い投げ! 倒れるソイツへ追い討ちのストレートだ!
「警察、ナメんなよ」
「やったぞ! さすがに直接攻撃なら『磁界』展開能力は関係ない! 格闘戦では再寧さんが圧倒的に有利だ!」
そのまま抑えつけ、完全に身動き取れない! リンカーも抑えつけられてるぞ!
「さて、普段ならワッパをかけて確保したいとこなんだが。まずはその厄介なリンカー能力をどうにかせにゃそれも出来ん。オラっ、
チンピラ警察! 踏んづけてそれを
「あっ、あの〜……『ニンヒト』を頭に打ちましょうか?」
「今なら全力いけるわよ」
「君らもなかなか酷いんだな」
「いや、再寧さんには負けます……」
せめて痛みを最低限にしてやって……!
「ブツブツ……クソ……ねクソ女……ブツブツ……」
そんな時だ。長柄山がブツブツ呟いてるのに気づいた。当たり前かもしれないけど……。
「俺はな、小学生からイジめられてきたんだよ。クソ女達だった、ブスだった。ムカついたからハサミで脇腹ブッ刺してやったんだよ。したらピーピー甲高い声で鳴きやがるんだよ。無様に、滑稽に。延々と血が流れてさ、ホントクソのクセによく逆らえたよな」
コイツは一人でずっと何喋ってるんだ……?
「逮捕する、もう喋るな」
再寧さんが締め上げようとする、その瞬間──!
ブシュアッ──。
「なっ……!? ガフっ!」
「再寧さん!?」
「イジメっこは全員死んでもいいんだよなァァァァ!!! 偽善者は特にだ、かわいくても心がブスだからなァァ!! かわいけりゃ辱めてから殺せてオトクなんだよなァ!!」
腕から出血を!? 吐血まで!
なんでだ、ヤツの能力の影響だとしたら──!?
「『ニンヒト』っ! ヤツに近づくのはミスだった!」
ヒカリが放つ『ニンヒト』の光! 3発放たれたそれらは今度は全て命中した!
再寧さんに集中してるからか、そのせいか!
「テメェももう邪魔ァッ!!」
長柄山の反撃がくる! 大振りに腕を振るい──!
何も、来ない……? ……いや!
「ヒカリ伏せて!!」
僕は傍目に見えた違和感を察知し、咄嗟に地に伏せた。ヒカリも遅れて頭を抱えて伏せる。ギリギリだった。
ガララァーンッ!!
凄まじい音が僕らのすぐ傍で響いた。
鉄筋だ! 深里さんもコレを喰らいそうになったのか!? 冗談じゃない!
パンッ! パンッ!
銃声が響く。再寧さんが撃ったんだ。
弾道が全て逸れる。例え近距離でも、いいや近距離であればあるほどだ! 金属は全て当たらない──!
「さっきは血のことでバカにしてくれたがよォォォ……。血にだって鉄分がある。直接『磁界』を操作すれば、その血を逆流させることだってできんだぜェ」
「血を逆流、やっぱり! コイツ、分かってやってるのか!?」
「フゥーっ……! ハァ……コフっ!」
やっぱりだ! 再寧さんの呼吸が乱れ始めてる!
血管は繋がってる、心臓を中心に! 心臓の鼓動で弁を開いて血液を送り出してるのが逆流すれば、その送り出す血液が減る。血液中の酸素もだ! 肺にも負担がかかって、咳や呼吸困難に陥るんだ!
僕らも呼吸を荒げる、焦りでだ! ヒカリが前に出る!
「再寧さんを助けるわ! 突っ込むわよいいわねっ!?」
「通じるか、ヒカリの拳は……!? ムチャはナシだ、ダメージを受けるようなら中距離で!」
素早く踏み込み、懐に入り接近戦! ヒカリのラッシュは速い、けど向こうの『インナーシティ』も散々コッチの光線を弾いただけあって追いつく、防がれる!
ガッ!
「んっ!」
ヒカリの腕が掴まれた!
「本体が来るとはなァ!!」
能力が来る、『磁界』が!
「『ニンヒト』!」
零距離で懐! 長柄山に大きな痛手を与えて後退させる!
「ぐふッ……! このガキ、俺の能力が効かねぇ!?」
「生憎、お人形なモンで」
ヒカリが再び指鉄砲を向ける! 合わせて詠唱を──!
「『ニンヒ』──危ないっ!」
ゴンッ!! ドスドスッ!
「いっ……!」
「うぅっ! コ、コイツ!」
釘にドラム缶が飛んできた! このフィールドはヤツの仕込める隙が多すぎる!
モロに喰らい、吹き飛ぶヒカリ。それによって繋がりのある僕もダメージを被る! う、腕がジンジン痛むぞ……!
『磁界』が発動する。鉄筋が浮かび上がる。ぶつけられる、アレを──!
「生意気なガキ共ッ!! 制裁を受けやがれェェェェェェェ!!」
パンッ! パンッ!
「ゲフぅ!? ……え?」
銃声が響いた。『インナーシティ』のマグネットの胴体が砕かれ、貫かれる。半透明の銃弾に。
再寧さんは構えていない。だが──『トータルリコール』を発動していた。
「
仕込んでいたのはヤツだけじゃない。僕らも仕込んでいたのだ。再寧さんの『トータルリコール』で
再寧さんは、静かに語り始める。
「イジメは確かに犯罪だ。私も容姿のことでからかわれた、男子にな。だからよぉく分かるよ、その不快感。しかもイジメを行う加害者がヒーロー気取りでそれを行う事も多々ある。自覚のない悪意だ。お前のその心が歪んで偏屈になったのも、そのイジメが理由だとしたら? そうでなくとも、お前が被害者であった事実は確かだろう」
「なら──喜んで死ねェェェェェェェ!!!」
「──だが」
素早く『トータルリコール』が長柄山にジャブを喰らわせる。
「ガフっ……!? ゴホォ」
「私には嫌いなものがある」
えずく長柄山。再寧さんは静かに、制裁の言葉を告げる。
「自分は被害者だと、そう言って自覚がある悪意を振りかざし、平気で他人を傷つける自称被害者の、犯罪者だ」
『トータルリコール』が、再寧さんが踏み込み──!
「ッシャアアァァァァァァァ!!!
蹴りの連撃をお見舞いするっ! それが
「ふぅ……! あと、酢豚に入ってる……パイナッ……」
「再寧さんっ!」
前に倒れた、酸欠だ! 長柄山は既に伸びてる、僕なんてせいぜい全身痛い程度だ!
さっき再寧さんの能力で塞いでもらった傷が開いてる……! いいや関係ない! 再寧さんの応急処置だ!
まずは……僕が落ち着くんだ。確実に、生命を救うんだ!
「タマキっ! ……構えなさい、こっち来て、早く……!」
「え?」
一瞬、ヒカリの言っている事が分からなかった。戦闘自体は終わってる。確かに必死な僕はその点に関して気を抜いていた。
だからこそ──ソイツの存在を認めた瞬間、胸の奥がゾワリと、そして全身が緊張で強ばるのを感じた。
包帯で覆われたような顔。そこから覗くギョロリとした白抜きの右眼。痩せぎすの白い肉体に囚人のようなボロボロの衣服。胸にポッカリ空いた黒い穴。不気味なその出て立ちを、僕は忘れる筈もなかった。
「『ドグラ』……『マグラ』……!」
痛むのも気にせず、僕は足を踏み込みヒカリと並び立つ。守るように再寧さんを背にした。
対する『ドグラマグラ』は長柄山を背に立っている。回収するつもりか、ここまで来て……!
『オイオイ……まさカ、ここでやり合う気カ? とっくニボロボロノ癖しテ? 若者ノ無茶ハ嫌いじゃないガ、聞き分けノないガキハ嫌いだネ』
「『ニンヒト』っ!!」
感情を抑えきれなかった。ヒカリから放たれたソレは極太のレーザーとなり、『ドグラマグラ』を狙う!
だが──レーザーは飲み込まれた。『ドグラマグラ』がかざした右手にだ。
負けじと、深呼吸して感情を整える。落ち着きはしない、これ自体がエネルギーとなるように──込めてやる!
「『ニンヒ』……ガホぉっ!!」
「タマ……! うぅっ……!?」
『感情ニだってエネルギーガ必要なんだゼ? 怒り続けるにモ、はしゃぎ続けるにモ、簡単ニ言えばスタミナ、かナ? 空っぽノエネルギーなんて動かせやしないだロ?』
跪く……! こんなところで……!
ヤツが長柄山を抱える、ヤツが逃げる……!
「『ドグラマグラ』……!」
真秀呂場を、僕の友達を手にかけた、アイツが……!
「僕はお前を絶対に許さないッ!! 逃げてみろ、またどこかで人を傷つけてみろ! 僕はますますお前に怒りを向ける、怒りの感情をエネルギーにするッ!! 亜空間に逃げ込もうがお前を追い詰めて、絶対に倒すッ!! 絶対にだッ!!」
消えていく『ドグラマグラ』。僕は呼吸を一層荒らげる。悔しさで、胸がいっぱいになる……!
「タマキ……さん」
ハッとした。呼びかけたのは再寧さんだ。気を失っていない。
「長柄山を逃がした事なら……ひとまず問題ない。『ドグラマグラ』との接触が確認できただけでも上々だ。私の仲間には連絡してある。じきにヤツの部屋を調べにやって来るだろう」
「再寧さん……」
「私たちは……勝ったんだ」
僕の胸の内は、確かに、晴れやかになった。
「……ありがとう、ございます。僕のワガママずっと聞いてくれて、本当に……!」
「そうか? じゃあ、私のワガママを……少し、一休み……甘え、させ……」
うつ伏せに倒れたままで、くぅ、と呼吸し始める再寧さん。僕は焦ってその体を起こそうとする。……が、予想外、重いぃ……。
「何やってるのよ、もう」
「あ、そんなヒョイと……」
あっさり持ち上げるヒカリ。リンカー馬力が羨ましい……。
そして何故か再寧さんを僕に持たせた。重いんだって。抱きかかえるような体勢だし。
顔で訴えかけてやったけど、得意げな顔でスルーされてしまった。
こんな時にこんな事思うのもなんだけど、やっぱちっちゃい子どもみたいだ。穏やかな寝息で……。
それが“再寧 華蓮”という人の本質でもあるのだろう。
教団を追う理由が他にあるとしたら──それは、再寧さんの方から自ずと話してくれるだろう。それが、僕と再寧さんとの間に結ばれた『絆』、でもあるのかも。
今はこの、小さくて優しい警察のお姉さんを、ゆっくりと休ませてあげたい。
「お疲れ様です、再寧さん。僕の憧れの、大人のひと」
再寧さんを抱いて、僕らは警察の到着を待つのだった。
*
長柄山は気絶から目を覚ました。さっきの場所とは全く異なる廃倉庫だった。辺りを見回しても、何も無い。
痛む体を起こそうとすると、目の前にふと、誰かが現れた。さっきまで人の気配などまるで無かったのに。
「……『ドグラマグラ』、だな? クソっ、アンタが早く来てくれりゃ……」
不気味に佇むリンカー、『ドグラマグラ』。僅かに浮かび、体を重そうにしている長柄山を見下ろし──
『──フンっ』
土手っ腹に、膝蹴りをかました。
「コフっ……!? カハっ! うぅ、ボエェッ!!」
『お〜オ〜! 盛大ニ吐いちゃってサァ〜。まだ被害者ヅラ? 気持ちわりぃわお前ホントニ』
「てンめ、何をっ!?」
『お前サ、ゲロ片付けた事あっカ? 洗面台トその周りニ吐き散らかされたヤツとかナ。あれ酸っぺぇ臭いデくっせぇんだよナ、貰いゲロしそうでマジキショイ。ねぇよナァ? お前みたいな世ノ中ニ逆恨みしてるカス野郎なんかサ、そーゆー地道ナ努力したことないよナ? エ? とりあえず死ねヨ』
もう一度、蹴り上げる。出るものも最早出し尽くされ、男は呻き声しか漏らせなかった。
『ドグラマグラ』は不気味に口角を上げていた。目を細め、さぞ楽しそうに、いたぶっていた。
なのに──
『マ、もう飽きてきたナ』
急に、男の心臓を貫いた。
男は動かなくなった。
不気味な野獣は、貫いたその手の上にコロコロと、タマキ達が発見したあのリンカー能力者にする機械を転がし、退屈そうにしていた。
「丹羽様? ……不信心者の慰霊、ですか?」
一人の青年が声をかけた。『ドグラマグラ』に。
白く、細い胴体をしたリンカーだった筈の存在は、いつの間にか、黒いスーツの、華奢でスラリとした体つきの女性に置き換わっていた。
「わかってるっての。用事なら、とっくの昔に済んでる」
女性は桃色がかった髪を傾け、細めた目から僅かに紫の瞳を覗かせ、振り返った。
丹羽 ネル。
タマキが幾度も照日公園で出会っている、あの女性である──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます