第33話 名付けて『ジョニー・B・グッディーズ』!

 廃倉庫で僕とヒカリ、それから彼方さんは襲撃を受けていた。

 砂埃で土色に濁った水が渦のようにうねる。水中でありながら地上、廃倉庫に展開された水に囚われていた。

 彼方さんに異常な執着と愛情を向ける厄介ファン──五十嵐 繭結いがらし まゆさんの能力だ。

 能力は『水槽を作り出す」こと。学校の体育館ほどはあろう広さのこの屋内、そのほとんどを一瞬にして水で埋め尽くした。


 その五十嵐さんが、迫る──!


「ニンヒト!」


 ヒカリが放つ光線、その詠唱! 放たれた光はしかし、その角度を不自然に逸らして五十嵐さんを真っ直ぐ捉える事はなかった。

 原理は屈折だ。水を展開できるとはつまり、水を無くす事もできる。部分的に水を無くし、光線を屈折させたのだ!


「なんだかよく分からないけど、この人叩きゃいいんでしょ!」

「待って彼方さんっ!」


 ギターケースが投げられて浮かび、我先にと突っ込む彼方さん。

 僕ら3人は彼方さんの何らかのリンカー能力によって、潜水服を着込んでこの水中に適応していた。リンカーの事も知らないのに、不慣れな環境なのになんて適応力だろうか。


 その彼方さんの周りを、3体の小人が周り始めた。それらが、変形する。

 1体は潜水服の背中にスクリューとなって装着、残る2体は合わさって長い槍となり、それを手に取る!


「今度は槍が? あの子の能力は一体……?」

「僕はちょっと確信してるよ。彼方さんのリンカー能力は『小人リンカーを武器に変形させる』事!」

『ソノ通リ! アイツラハ、オレ達のブラザーダゼ!』

「誰ぇーっ!?」


 頭の上から話しかけられる感覚、僕のリンカー潜水服か、まさか!?

 その間にも彼方さんは五十嵐さんへ攻撃を始める。水の抵抗をほとんど受けない細い槍は、この水中にあって充分な素早さだ。

 だが五十嵐さんはフワリと浮き上がり、それをかわしたではないか!


「外した、速い!」


 落ち着いて観察してようやく解った。まず分かってる事として、五十嵐さんは自分の周りだけ水を展開していない、そんな芸当もできる。

 だからだ。その器用さを応用したか、ほんの少し自身の体を水で浸しながら、この水槽内で魚のような身のこなしを演じてみせたのだ!


『オレハ「二弦にげん」! ソッチノ子ノ潜水服ニナッテルノガ「五弦ごげん」ダゼ!』

「マイペースに自己紹介するんですね……」

『ベラベラトウルサイナァ……』

「そうね、私の潜水服。あんなクールな彼方のリンカーが、まさかこんな小うるさい小僧だったとは」

『ンダトォーッ! 人ガセッカク丁寧ニ教エテヤッテルノニヨォーッ!』

「いやホントにベラベラ喋るリンカーだね!? 彼方さんの意思とは関係ないの!?」

『彼方ノ本音ノ一部ダゼ!』

「……楽器専門店で僕のこと『乳デケェ』とか言ってたのも?」

『……』

「なんか喋れや」

「オイ! 何その変な連中とおしゃべりしてんだ、まずはこいつでしょ!」


 能力者本人が全くよく分からないって反応だ!? ホントに彼方さんのリンカーなの!?


 戦闘も余裕とばかりに、五十嵐さんは彼方さんに話しかけていた。


「いいよ彼方! もっと負の感情を吐き出してっ!」

「はぁ〜、じゃ止めたり」

「え?」

「スキだらけっ!」


 悪役のやり方だそれぇーっ!?


 ドスッ!


「うぐっ……!?」

「彼方さん!?」


 しかし、ダメージを受けたのは彼方さんの方だった。振るった槍の穂先は五十嵐さんに届くことなく、逆に彼方さんの腹部に、何か矢で穿たれたような攻撃を受けていた!

 浮力のある水中、彼方さんの身がこっちまで流される!


「大丈夫、補修ならすぐできる! クソっ、バッチィ水がキズ口に入ってなきゃいいけど!」

「……彼方さん。いったん僕らと作戦会議をしよう」

「作戦会議? キミらね、ぜってぇケンカなんてした事ないでしょ」

「意外だね。彼方さんって偏見とか言わないタイプだと思ってた」

「っ……! 理解った気になるなよっ!」

「これはタダのケンカじゃない、リンカーっていう能力の知恵比べだ。リンカーの事なにも知らないでしょ?」

「お前……言ってくれるね」


 言われた通りだ。僕は殴り合いのケンカなんて姉妹でもした事ない──というか小さい頃から輪ちゃんに一方的に負けてた気がする──し、僕らは彼方さんのことをまだよく知らない。その複雑な心を。

 けれどそれは彼方さんもだ。チーム戦である以上、能力の情報だけでも共有しなくちゃならない。


「まずは時間稼ぎだ! ヒカリ!」

「来ると思った」

「ニンヒト!」

「そして、彼方さんはこっちに! できれば僕らにもスクリュー付けて欲しいな!」

「急に頼れるなぁ! 了解了解っ!」


 ヒカリと彼方さんの手を取り、ヒカリには片手で『ニンヒト』を撃たせて牽制。

 中距離の光線を見極めるには距離が充分だ。五十嵐さんはその間の水を角度をつけて消失させ、上方向に屈折。簡単に避けられた。

 それでいい、時間稼ぎになった。リンカー潜水服にスクリューが取り付けられ、廃倉庫の反対側へ一気に加速。水中を飛び出し、外へ逃げることができた!


「逃げれた! なんだあっさりじゃん!」

「まだだ! 五十嵐さんはジメっぽい、陰湿だ! 追跡してくる!」

「迎撃……いや、その為に逃げたんだ? つまり」

「そういう事! もう少し距離を取ろう!」

「そりゃそうだ!」

「あっ、潜水服、一旦解除していいですよ。ずっと出してると疲れるでしょ」

「お気遣いどーも」


 隠れながら、僕ら3人の潜水服、そして彼方の持っていた槍がグニョオォ、とムリヤリ詰め込んでるの? と言いたくなるような生物じみた形で徐々に変形、さっきチラと見えた、前腕サイズの小人の姿になる。計6体のリンカーらしい。

 見た目は、お人形と言うにはいかつ過ぎるし、アクションフィギュアと言うには可愛らし過ぎる、そんなデッサン人形に表情がついて、スカートみたいなパンツみたいな服を履いたとでも形容すべきリンカーだ。


「……あんまジロジロ見ないでくれる?」

「あっ、すみません」


 ヒカリに追及された時といい、リンカーをよっぽど見られたくないんだなぁ……。


「あっ、そのリンカー……何にでもなれる、んですか?」

「基本的にはね。リンカーってのもなんとなく解ってきた、能力バトルでしょ? ヒカリさんが能力者?」

「ちょっと違うわ。私自身がリンカーで、タマキの能力で存在して、繋がってるのよ」

「ふーん、よくわからないけど、わかった。ただオレのこの能力、例えば機械みたく、複雑なのはオレが分からないからムリ、そこは諦めて」

「……え、戦闘機」

「戦闘機? あー、さっきのか。あれはフィーリングでホバリングしてただけ、大した事やってないよ」

「……なぁ〜るほどぉ?」

 全部そのフィーリングでどうにかしてくれないかな……。


「逆に聞くけどさ」

 逆に聞かれた。

「あっ、ハイ」

「こっちの双子リンカー、ヒカリさんにも潜水服が必要なワケ?」

「ええ。こないだ淹れたてのコーヒー飲んでたら、勝手に熱がって面白かったわ」

「おもしろ」

「その節はどーも……!」

 出たなヒカリのおちょくり……!


「それで、そんなオレの能力で、どうやって対策立てようか?」

「あっ、まずは攻撃方法ですかね。僕とヒカリの光線は、五十嵐さんの水で屈折させられる。近接攻撃しようにも水中じゃ動きが鈍る。相性が悪いんだ。その点、彼方さんがさっきやってた槍は効率が良い」

「まあ、細い方が水の抵抗もそんな無いかなって」

「そこで提案するのが水中銃だ」

「水中銃?」


 僕は人差し指をピンと立てて、説明を始める。


「その名の通り、水中戦を考慮した銃のことさ。機構を手短に話すと、銃弾は矢みたく細長くて、ボウガンや弓矢みたいなイメージ。水中のボウガンって言うとスピアガンのが近いかな? ゴムでモリを引いて、トリガーでロックを外して……」

「つまり槍を銃で飛ばせってコト?」

「あっ、ハイ。……あっ、一応なんですけど、水中銃の弾丸はクギぐらいのイメージでして、それにも薬莢がありますね。彼方さんのリンカーがどの程度再現するかにもよりますけども、薬莢に火薬が詰まってて、それを叩いて発火させるから水中でも発射できるだけで、それで」

「あー、わかったわかった。要するにボウガンなら遠くからでも攻撃できるよねってコトだよね。あと水中でも燃える。花火とかもそうだもんね、オレ化学とかよくわかんないけど」

「あっ……すみません」

「いいって」


 話が完全に逸れてた。彼方さんに呆れられたかなぁ……。


「あっ、僕が一つ気にしてるのは、あの水がどこまで五十嵐さんの意思で操れるかってトコでして。それと、五十嵐さんのリンカーのビジョンが見当たらないって事」

「テニス部の副部長さんとは逆に、リンカーが隠れてるってコトかしら」

「そうかもしれない、用心するに越したことは……」


 なんて話していた時だ。

 ふと、魚が宙を浮いているのが目に映った。


「……エンゼルフィッシュ?」

「「……は?」」

 そんな、わけ──!

「彼方さんっ!! 潜水服を──!」


 ドボンッ!!


「がっ……!? ぼあぁっ!」

 これは、まさか──!


 いまの魚がリンカーだ! さっきもいきなり水を出現させて不良を沈めたというより、魚で予め準備してから水を出したのか……!? どこまでそれができるのか、今は水位が低いけど、さっきみたく7メートル、いやっ! より高く、水深を上げられるのなら……!


「ビンビッ……がぼぁっ!」

 『ニンヒト』の詠唱なんて出来るわけもないか、そりゃ!

 せめて敵の位置を2人に知らせなきゃ、でなきゃ待ってるのは溺死だ! 指で、ヒカリに……!

 クソっ、敵の動きが速い! 水中の魚だから当然か!


「──我妻さん、ヒカリさん!」

「あぷ……! か、彼方さ、かぷぉ!」

『落チ着ケェ! イマ排水中ダ、オレラガ潜水服ニナッテルカラヨ!』

「助かったわ。タマキは私の分まで溺れるものね」


 いつの間にか潜水服を着ていた、それもさっきより分厚い。

 他2人のを見てみると、二重にそれを着込んでいた。二重構造になって僕らの潜水服に残る水を排水してるって事か!

 それってつまり、2×3=6体。彼方さんのリンカー全員分だ!


「僕らで時間を稼ぐ! あの魚リンカーが攻撃してくるものならだけど……!」


 五十嵐さんはさっき、矢のような攻撃を仕掛けてきた。正体はまだハッキリしないけど、流圧に関するものかも。

 それが今度はリンカーだけを不気味にけしかけ、しかもそのリンカーも僕らに近づかずに水中を揺蕩たゆたっている。むしろコッチから仕掛けるべきか……!?


「なんだ、優柔不断な女」

 五十嵐さんの声──!

「待ってヒカリっ! まだ一点を見ず、周囲に警戒を!」


 声の方へ視線を向けるヒカリを止め、周囲をより俯瞰的に捉えようと試みる。五十嵐さんが仕掛けるかもしれないからだ。

 その予測は的中した。


「ヒカリっ!! 前方三十度に動きが!」


 僕の警告で咄嗟に右へ避けるヒカリ。客観的に注視して判った、水中の歪みが! 波じゃなくて、鋭く透明な水のうねりだ!

 多分、作った水を操れることを応用して、水圧で水の槍を作った、そういうイメージか! いや、のんきに分析してる場合じゃ……!


「ニンヒト!」


 隙を突いて反撃すべきだ。そう判断し『ニンヒト』を唱え、三本の光線が魚リンカーを狙う。

 しかし、いややはりと言うべきか、魚リンカーは水中において素早く動き回り、容易くかわしていく。屈折すら利用する必要ないという事か!


 ならばと牽制の隙に、僕ら3人は物陰へと身を隠す。声の方向は分かっても、攻撃できる位置かは判らない。しかも排水もできてない身を晒すのは不利に決まっているからだ。


「くっ、さっきから不利な状況に追い込まれるなぁ、オレら!」

 彼方さんは苦々しく吐き捨てる。

「本当に……! 水中でも銃撃戦なんて! また銃撃戦!」


 クソっ! こんな時にナイーブになるな僕……! あのときは雨で、相手は手練の元兵士で、一般人に過ぎない五十嵐さんが殺しにくる訳がないじゃないか!

 ……真秀呂場の時とは違う。させない、僕が、僕らが絶対に!


 その為にも、まずは──。


「……彼方さん。さっきの攻撃、見えました?」


 コクリと静かに頷く彼方さん。息を飲んで、この人も落ち着いて見極めているという事なんだろうか。

 五十嵐さんの声が、また響く。姿は見えない、敢えて追う必要はないからか。


「聞こえてる? 彼方。一つ交渉をしよ」

「ヤダって言ったら?」

「彼方の性格からして、そんな事できるのかな? 私がホンキだってコト、さっきの攻撃で分からないかな? そっちの女たちが無様に水中に浮かぶトコ、見たいのかな?」

「ヘタな脅しが通じるもんかよっ!」

「かわいそうな彼方。またいらない荷物を背負ってるんだ。こんなトコでも自分のアイデンティティを決めつけられて……誰にも理解されない彼方。本当にかわいそうに」

「……彼方さん」

「分かってる。いや、分かってきた、って言うべきかな」


 粘着ストーカーの吐息の混じった声だ。対して彼方さんは、むしろ毅然とした声色のまま。

 相手はまだ交渉とやらの文句を続ける。


「このリンカーって力、私は昨日手に入れたばかりなの。すぐに理解できた、自分の心みたいなものだって。名付けるなら『ダイブ・トゥ・ブルー』。彼方にはリンカーの名前もない。自分の心と向き合う事もできなくなって、本当にかわいそう」

「マウント取ってんのかオメェ……さっきからさぁーっ!」

「言ってみればそうかもね! どこからも追い出されて、バンドも辞めて、独りぼっちの彼方! そんなアナタの居場所になれるのは私だけだもの! 私のモノになってよ彼方、それが交渉!」

「わかった! わかったからこの能力とかいうヤツ解いてくれ! 金ならある。さっき沈められたギターとか」

「いや何その小物みたいな言い方!?」

「ダメダメダぁ〜メっ! 彼方はもっと反抗心あって、ムカついたらツバ吐いて、くたばりそうでも血反吐はき散らして、それでも自分のロックを突き通すんだから」

「コッチは相当ヒドい厄介オタクだな!?」


 ずっと真意が分からない……! 五十嵐さんはつまり、何がしたいんだ!? それとも彼方さんに何かさせたいのか!?

 傍目から見れば、自己解釈の結果、逆張りばっかして、推しを奮い立たせようとしてるメチャクチャな厄介ファンって印象だぞ!


「今なら生演奏つき、シャツにサインも」

「ダメ」

「どうしても?」

「思い出してよ、彼方! あなたのロックを!」


 彼方さんが、目を見開いてため息をつく。


「あっそっ」


 ──ボゴォウッ! ドスッ!


 鈍い気泡の音と共に、倉庫に向かって放たれたそれは──矢のような弾丸だ。刺突音が水中に鮮明に響き渡る。

 水中で音を鳴らすと音は鈍り、水中で地上の音を聞くと、まるで遠くから音を聞いてるような感覚になる──同じ水中にあって、そう表現するのは変だけど──。


「イっ……ッタァーっ!!」

「他人に言われるほどロック精神腐っちゃいねぇよ」


 つまり、五十嵐さんに攻撃が当たった!

 彼方さんはリンカーを僕らの潜水服から切り離して、隠密に捜索していたのだ! 五十嵐さんの潜伏場所を!


「リンカーは願いだってぇ? ならオレのリンカー、ちょっとは認めてやってもいい。野心だけは人一倍だから。名付けて『ジョニー・B・グッディーズ』! 6つの弦で、心を奏でる!」

「か、彼方さん!」

「何度も呼ばなくていいから! そ、れ、と!」

「ち、近い……」

「彼方でいいよ、呼び捨てで! 排水もオーケー! いったんアイツブチのめそっか、タマキ、ヒカリ!」

「こ、怖いっ……!」

「なるほど。これがロックってヤツなのね」


 彼方さ……彼方はニッ、と僕らに微笑みかける。

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