第8話 それは寂しいから.2
『
同じクラスのA子さんによる証言
『ん〜、素直で真っ直ぐな人。いつも元気で、発言も積極的で。例えるなら太陽のような存在。ところで……え〜加藤さん。教室戻るのならついでに、次の授業で使うプリントを──』
担任の教師X先生による証言
*
などなど。ついでに僕の存在感の無さも知覚しつつ……。
しかしみんなからやたら明るい子扱いされるなんて何か気になる……。入院の理由は元々心臓が弱いことによる病弱体質らしいけど、実はか弱いヒロインだと吹聴してるだけで、盗んだバイクで走り出した事故が真実では……!?
もしかしたら知らないだけでヤマンバメイクのガングロギャルだったりするのでは……!? オラオラ系でツッパる事が勲章みたいな……! 恐怖!
「着いたわよ! ホラ、意識取り戻して!」
「あっ、ハイ……いっ?」
お父さんが勤める病院っスねーっ!?
心臓の鼓動でビートを刻んでいたらたどり着いていたこの場所。でもそう驚く事でもなかったか……。
ここ花見咲の街は、片田舎の住宅街。最近になって田んぼを手放したがる地主が増え、土地に価値が見出された流れで、大きな駅やショッピングモールが建てられ、それからようやく開拓が進んだ街だ。大きい大学病院となると、必然的にここ
ただまあなんというか、親の勤め先っていうのが、なんか気まずい。
逆らう気など今更起きる筈もなく、もかさんに手を引かれ『407』の個人病室に放り込まれる。
「やっ、ぷらな! 元気してるー?」
「あっ、天道の姐さんご無沙汰しております……」
「なんでそんな挨拶になるワケ!?」
「もかちゃん! そっちのおかしな子が我妻さん?」
ファーストコンタクト失敗!
突然現れた、金の目をまるで合わせない怯えたコミュ症女に、ベッドの上の少女は動じることなく笑顔を振りまいてくる。それが天道 聖夢──ぷらな、なのか。
「よろしくね!」
「なっ──!?」
栗色で、毛先が外側にはねたミディアムヘア。肌は透き通るように真っ白で、細身と端正な顔立ちもあって、一見すると儚げな印象を与える。しかし真っ直ぐで満天の笑顔がそんな印象など上塗りするほど眩しく、むしろその可愛らしい笑顔を引き立てる為の、計算された白く美しい柔肌であった。そう感じられた。
少なくとも想像したような素行の悪い少女とは真逆の、大人しくて素直そうな少女だった。予想外にしてその勝手な妄想をした申し訳なさと、全く身構えていなかった状態で陽キャ光線を浴び──僕は一瞬にして蒸発してしまった。
「イヤァっ!? 戻って戻って!?」
「スゴい子が来たね?!」
「ハっ!?」
霧になったけど無事に復活した。しかし、天道さんと目が合い、変顔になって肩を上げて怯む。
「そ、そう怯えなくていいよ?」
(ていうかなんで怯えてるんだろう……)
「タ、タマキ。この子とってもフレンドリーでいい子だから! きっとすぐに仲良くなれるわよ!」
(てかなんでビビってるの……)
「あっ、ハイ」
なんでこの場において脇役の僕に注目する……!
──誰も理解できないのである──!
「ね、ぷらな! 最近調子はどうなの?」
「全然心配ないよ、今朝もスッキリ! もかちゃんはいつでもエネルギッシュね!」
「そりゃあもう! 昨日なんか浮ついた同僚に蹴り入れてやったわ!」
「やりすぎ!」
「「あっはっはっ!」」
当たり障りのない世間話で会話がグングン広がってる……!? は、速い! 何が起きてるのか僕にはさっぱりだ……!
──勿論、全部気のせいである──
「我妻さんは?」
「ウェアバヘェ!?」
「そ、そんなにオーバーリアクションしなくても……」
まさか僕に話を振ってくるだと……。何か僕に見返りでも求めているのだろうか!? やっぱりお見舞いの品とかか……!? 出すしかあるまい、事前調査で割り出した天道さんの好きなもの!
「あっ、あの。つまらない物ですがどうぞ」
そうして取り出したのは、焼き鳥のハツ3本!
「いつの間に買ってきてたの!?」
「あ、ありがと……どおりでいい匂いすると思ったよ」
「あっ、ははっ……」
微妙な反応! お見舞い品は好きな食べ物で同物同治だよ作戦、失敗!
「え〜……えっと。アタシこのあとすぐ副業あるんだけどさ、タマキダメそうよね?」
高校生で掛け持ち……!? い、いや! 僕を置いていくつもりなのか……!? 初対面の僕を見捨てて置いていくつもりなのか!?
けどここで素っ気なくもかさんに便乗して帰ったら、天道さんにとってなんだったんだアイツでオシマイかもしれないし、失礼に当たるのでは……!?
いやそもそも僕と天道さんで会話が盛り上がる訳がない! もかさんを引き止めない選択を取るというのは、ただ僕が誰にも嫌われたくないという自分可愛さの自己保身でしかないんだ! 嫌われる勇気だ、引き止めろ僕! 引き止めろぉぉぉぉぉ!
「あっ、ハイ。大丈夫です」
僕のカス!
「ほんとぉ〜? ほんとにぃ〜? タマキってば、案外ぷらなの事気に入ったり?」
「あっ、ハイ」
何を以てそう判断したんだ……!
「ま、そーゆー事ならアタシ行くわね! お邪魔でしょうし〜」
「も〜、そこまで進展してないって!」
「「あっはっはっ!」」
今のとこホントに笑いどころか……!?
とかなんとか心の中でツッコんでる内に、もかさんはちゃっちゃと身支度を整えて手をシュバっ! と挙げ「じゃ! 待ったね〜」と言い残して出て行ってしまった。
残された僕はものすごく気まずかった。何か会話のキッカケは無いものか。辺りをキョロキョロ見回し、一つ一つを捉えていく。
ハツ、花、テレビ、天道さんのバッグ、自分のバッグ。沈黙、沈黙、沈黙。沈黙が僕を責め立てピリピリと張り詰めていた。思考はとっくに止まっていた。
「……アナタになら、ホントの事言ってもいいかもね」
終わったわ。本音をブチまけられる。「正直沈黙がキツイ」とか「なんで来たの」とか言われるに違いない。退院したらクラスカーストトップ層に「我妻とかいうイミフ陰キャがさ〜」とかウワサを立てられるのだろう。そうしてクラスから完全に追い出され、教室の隅っこという居場所さえ失うのだ。我妻 タマキの
「だって底抜けに暗いもん!」
「んなぁ!?」
すぐネガティブ思考に陥るし、褒め言葉を素直に受け取らない割には、僕は自分に向けられるマイナス評価には敏感だ。
「だから、私の気持ちも少し分かってくれるかもって。そう思って」
「えっ? あの……」
そして、僕は人一倍、周りの空気に敏感であった。だから天道さんの気持ちが沈んでいくのがハッキリ感じ取れた。
予防線だ。僕もよくやるから分かるぞ。その行動の理由は多くあるけど、今の天道さんは不安からその発言をした。言葉と裏腹に理解を得られない不安があるんだ。こんなに明るくて真っ直ぐな子が。それは……。
「我妻さんは、私が入院してる理由知ってるのよね?」
「あっ、ハイ。心臓病って……」
天道さんの容態は事前調査でクラスメイトから聞いていた。
先天性心疾患。僕も医者の子として、そして独学でも学び、その深刻さを理解している。心臓とは血液のポンプだ。それに異常がある為に血液系へ害を及ぼすのだ。
多くは心臓を止めて施術を行う開心術によって、心臓そのものの手術を行う。生命活動の中心部を止めるという行為。聞いただけでもその困難さは想像に難くない。しかし医者の腕は確かだ。手術のほとんどを成功させ、多くの患者の命を救う。僕はそうであると信じている。
それでもカルテを読んだ訳では無いし、知識でしか知り得ない。だから確かな事は言えない。
「何回も検査繰り返して、ダメそうなら手術するの。今回がそのダメなタイミング。もう明後日。3回目だよ? 16年の人生で3回目。心臓病の再手術はリスク高いんだって。それをまた。死んじゃうかもしれないんだよね、私」
それに患者側の視点に置いた場合、自らの意識は深い底へと沈み、その状態で身を刻まれる。ましてや天道さんのような心臓病患者の場合、心臓という人間の機能の中核を成す部位を任せるのだ。不安に満ちるのもやむなしといったというか……。
「……ええと、怖い、ですよね」
女の子はこういう時に共感を求めるっていうけど、僕はそういうの分かんないしなぁ……。男の解決策を求めるっての方がまだ分かる。僕が屁理屈人間だからだ。いやそういう特性を理解してる以上、言葉は選ぶけど。
「ずっとこんな調子なの。さっきはもかちゃんに今朝もスッキリとか言ったけど、最悪の気分だったわ。血の中に針でも入れられたみたいだった。あ、心配いらないのはホントだけどね!」
「痛そうなのは確かですよね……」
「……うん」
こんなに弱音を吐き続けてる。どれだけ周りに明るい子として振る舞っていても、その胸の内では自らの病気に不安を抱えているって事か。
いやむしろ、明るい子であるとイメージを与えるほどだ。みんな気にせずに接して、自分もその通りに応えてきたのだろう。僕みたいな根暗がよっぽど珍しいのだろう。安心とまではいかなくても、ここでようやく本当の不安を吐露できたのか。
「ずっと両親に迷惑かけてるって、自分が負担になってるって感じてるの。だってこんな普通と違う子メンドくさいもの! ……辛いよね、絶対」
「……そんなこと」
「だからもういっそ──」
天道さんは、その言葉の重さと裏腹に明るく微笑み──
「──死にたい。なんて思ってさ!」
ポツリと呟いた。それから、上塗りするように笑顔を作って誤魔化そうとする。だがその重さを誤魔化せてはいない。意味がほんの少しだけ変わっただけだ。
その言葉を聞き、動揺してしまった。心が震える、目を大きく見開く。天道さんの目を真っ直ぐに見る。頭の中では──
──雨の音──
「──死にたい、なんて」
──響くエンジン音──
「……?」
「死に……たい、なんて。そんなの──」
──途切れる世界の音──
──虚空に浮かぶ感覚──
「そんなの、冗談でも、言っちゃダメだっ! ……です!」
声が、震えた。対人の恐怖ではなかった。この中にある感情、これは──
少しの怒りと、哀しみだった。
「死んだら、元も子もないっていうか……それは寂しいから……ダメだ」
言葉を言い切って、気づけば僕の息遣いが、沈黙する病室に木霊するようであった。そんな静寂の中……自分の呼吸音が痛い。我に、返った。
「いやっ! あのホントすみませんザコが生意気言ってイラつきますよね上から目線で命令口調で否定して共感もできないようなヤツ出ていってほしいですよねすみま」
「ねぇ!」
「アッ!」
僕はもう調子に乗らないぞ怯えた子犬だ飼いならされた駄犬だお腹見せて降伏して平伏して人間サマに口答えなんて……
「……ありがと。バカな私を否定してくれて」
「え……?」
天道さんが、安心したような穏やかな口調で言葉を綴る。
「お医者さんはね、ずっと『大丈夫』とか、『医学は日々進歩してる』とか、無責任で同じようなこと言うの。ありきたりな言葉で励ましたり、共感するかで、聞き飽きちゃった。だから我妻さんみたいな叱ってくれる人、親以外にいなかったから。なんだか嬉しくて」
「あっ……ハイ。ありがとうございます」
もしやお父さんが流れ弾を受けた……! 医者の、ここの病院の!
「勝手に話したのは私だけどね。大人しく聞いてくれて、そこんとこもありがと」
「あっ、ハイ」
ひとたびの、沈黙。なんとなく気になっちゃって、僕から話を振る。
「あ、あの。お詫びという訳じゃないんですけど。ちょっと面白いものを……」
「うん? なあに」
わたわたとしてバッグを開く。そこに入っているのはそう、僕のリンカー、ヒカリだ。
人形のフリモードでだらんとなったヒカリの両脇を抱え、ぷらんと持つ。
「……ニ、」
「?」
「ニンヒト〜……」
「……わぁ〜」
ヒカリの指先に灯されたのは、ほのかな光だ。ケーキのロウソクのような、明るく優しいオレンジのスペクトル。
天道さんの顔に柔らかな笑みが浮かぶ。
「面白いオモチャだね!」
「え、へへ〜……」
まさか上手くいくとは……。
「……あの。明日は、安静にしてると思うんですけど」
「まあねぇ〜。手術後ってしんどいから、備えなきゃ」
「あ、あの。ここの病院、僕のお父さんが勤めてるとこで、あっ、今日来てたまたま同じだったの知っただけなんですけども」
「へぇ、そうだったの!」
「手術の次の日以降とか……多分4日後の金曜かな? 面会していいってなったら、誰よりも早く下校して、すぐに会いに来ます……から」
頑張って言葉を言い切った。照れくさかった。けど、そこにコミュ症の恐怖だとか、躊躇はなかった。
そんな僕の言葉を聞いた天道さんの瞳孔が開かれる。
「ありがと、もう寂しくなんてないわ」
天道さんが、心から嬉しそうに微笑みを零した。おかげで僕もまた、不器用ながらデヘデヘ笑う。
「連絡先交換しましょ! 面会してよくなったらすぐレインで連絡するから!」
「あっ、はい!」
家族と警察以外の初めての連絡先交換だ……!
それから僕は、人生で初めて、誰かと「また会おう」、「バイバイ」と言い合って手を振って別れた。
病室を出て、あ、と思い、バッグの中の相棒に声をかける。
「あっ、ごめんヒカリ。変な使い方しちゃって」
「『ごめん』じゃないわ。そこは『ありがとう』って言ってほしいわね」
「……ありがと」
「どういたしまして」
『光を出す人形』というこの能力。初めてのリンカー戦では微妙だと感じたけど、存外悪くない。こうして一人の女の子を笑顔にできた。ビームなんて如何にも戦い向きみたいな能力だけど、掘り下げれば意外な事に使えるのかも。
「今度は元気な調子で会えると良いわね」
「うん!」
今度会ったら、そのときちゃんと言おう。「友達になってくれませんか」って。こんな僕でも「友達」を求めていいのなら──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます