タマキの願い
第7話 それは寂しいから.1
『お姉ちゃん』
『んー? おかえりなさい、どうかしたのかしら?』
『ゲームやろ』
『アナタ好きねぇ。ん〜? ソレ昨日クリアしたばっかじゃない』
『DLC。先週出たばっかの』
『あー、ダウンロードコンテンツとかいうのだったかしら? 遊べるステージかなんか増えるとかいう。ずっとゲームしてられるわよね、そーゆーの』
『……やるの、やらないの?』
『グッド! この本も飽きてきたトコだったわ、手足の指で数え切れないぐらいは読んだもの。けどね、
『そーゆーのいい。化学とか数学とか、中学高校になってからやるものでしょ? 残念な生き物図鑑見てる方が全然楽しい』
『けど選んだのはゲームなのね。ん〜、ん〜。eスポーツってのも流行り始めてるけど、eスポーツゲーマーとかいうのにでもなるのかしら?』
『お姉ちゃん、将来の事考えすぎだよ。パパとママも言ってた』
『生き方よ、生き方。ま、二人の言い分も分からないでもないわね。けどね〜、悩むのよ。何やろうかって、やりたいのは何なのかってねぇ〜』
*
朝の光が瞼を照らす。その光で目を覚ましたのはヒカリだ。タマキの部屋で、三頭身四十センチの体を丸め、身長相応の短い腕と足を曲げて眠っていたのだ。
「……あらま。私って夢というものを見るのね。輪が妹、私がお姉ちゃん。可愛らしい夢」
ふとヒカリは傍らを見る。タマキである。部屋主であり、顔を横に向けうつ伏せの、轢かれたカエルのように足をコの字に曲げ、熟睡しているタマキの顔を見つめた。
「タマキがいないのは寂しいわねぇ。ええ、全然寂しいわ。つまりこうね、私が長女の三姉妹。それがベストね、うん」
ヒカリはタマキの寝顔を吟味するかのようにジィっと見つめる。胸がつっかえ、やや息苦しそうにクゥクゥ寝息を立てて眠っていた。ヒカリは手を振り上げ──
「タマキ、起きなさい」
「ヘブゥ!?」
バチンっ! さらにもう一撃! 目覚ましビンタを炸裂させた。
*
僕は痛みで飛び起きた!! もう目がギラギラだでも大混乱だ!
「な、なっ!? 何どうしたのっ!? 敵襲!? いやヒカリが襲ってるのコレは!?」
「タマキ。朝は起きるものでしょう。だから起こした」
「…………え〜っと、はぁ。いや、確かにそうだけど……」
そう言いながらこないだは起こさずにリビングに向かって僕の家族と団欒してたのになぁ。僕の
「ていうか何時……? ゲッ!」
「なによ大袈裟ねぇ」
「5時だ! まぁだ5時だよ、学校に行くには早すぎる! だいたい僕は遅くとも12時までには寝て7時に起きるんだ、そーゆーサイクルをしてるんだよ! それを2時間も早く起きて、いいや起こされてしまった! 5時間しか眠っていない! 家族だってみんなぐっすりさ!」
「あらゴメンなさいね。ホントは構ってほしかったのよ、なんとなく」
「グッ……ギッ……! グギギギギィ……イィッ!」
その、ちょっとツンってしながらも下唇を噛んではにかむ甘えた顔をやめなさい……! こう、お上品でクールなネコ、例えばロシアンブルーが不意にかまってちゃんモードになったみたいな……! その仕草に僕は胸キュン!
ちらっとヒカリと目を合わせー、やっぱり目を逸らす!
だが! カンタンに心を許してしまって良いものか!? 少なくとも不当な扱いを受けてるのは僕の方じゃないか……!? それをただ構ってちゃんされただけで許すのは甘やかし──。
「ゴメンなさい」
「いいよっ!! 早起きして遊ぼっかっ!!」
思えばあんまりヒカリと話せてなかったもんなぁ。むしろ輪ちゃんやお母さんのが会話してそう。いや仕事が忙しいお父さんでさえ僕より話してる可能性まであるぞ。それは寂しいとか、嫉妬とか、もしくは羨ましいとか、そういう感情すら通り越すぞ。
「なので僕はサイクリングするってワケ」
「楽しみだわ」
僕は登校で自転車を使わない。駐輪許可証を配られたときにビビって申請しなかったからだ。それでも徒歩20分程度で行けるし、年子の妹である輪ちゃんが同じ
とか何とか心の中で言い訳しながら緑の芋ジャージに着替え、ママチャリのカゴにヒカリをヒョコっと乗せ、白い半キャップモデルのヘルメットをスポっと被り、冬の夜明けの暗さを考慮してライトも付けて準備万端。寝ぼけ眼の街へと繰り出すのだった。
「しっかり掴まっててね」
「坂道が多いわね」
「山だった所に道路敷いてるからね、ド田舎あるあるの歴史さ。戦国時代は城なんかも構えてたらしいけど、風水最悪だったから今じゃ見る影もないみたい」
そんな坂道をピューっと爽快に下っては上り、下っては上り。
「……いや速い速い怖い怖いっ!!」
「おー」
その勢いは衰えるところを知らず僕の駆る自転車はついにシャーっと空へ飛び立った──。ステキな浮遊感──。
「まるで、鳥になった気分だ──」
「寝起きのテンションね」
*
同じ頃。人も動物も寒さに
信号が赤に変わったのを見て、少しの休憩として徐ろに速度を落とし、ゆっくりした足踏みをする。彼の細い目が、朝焼け色に染まる空を見上げた。
「寒く……なってきたよな〜。マジ動きづれぇって感じだわ。ま! 夏よりっつうか、前よりぜぇ〜んぜんマシだから良いんだけどよ〜」
彼の日課は早朝のトレーニングである。自宅周辺の決めているランニングコース3kmを走り、帰ったら3分の休憩の後、腹筋スクワット腕立てそれぞれ30回。運動終了後にはプロテインでタンパク質を補強する。彼のモーニングサイクルである。
今朝のトレーニングはまだ始まったばかりだ。信号が青に変わるのを合図に、エンジンを踏みつけたかのように駆け出す。
「ンっンぅ〜今日も絶好調だぜぇ〜! ホォップ、ステェップ、ジャ〜ンプっ!」
軽快で、ゴキゲンで、爽快! 真秀呂場は見事な三段跳びで宙を舞う──
「あぁ──────」
そして彼は──
空中で、自転車と追突した。
*
「ひ……轢いてしまったぞ、人を! しかも空中で! なんでこんな跳躍力の人間がいるんだ!?」
宙を翔ける自転車が、運悪く同じく宙を舞う何者かと追突してしまった……! 幸い僕とヒカリにケガはない。人一人を轢いてもバランスを崩す程のスピードと重量ではなかったようで、相手を一方的に跳ね飛ばすのみに留まったんだ!
なので不幸の全てを被ったのは、轢かれた方の人だ!
「タマキ、まずは生存確認よ。死んでたら全力でトンズラしなさい」
「ダメだそれはーっ! 罪が重くなるっ!」
必死になって相手の安否を確認! ふと、仰向けに倒れたその人物の顔が目に入る。そして僕は瞬時に理解した。自分のやるべき事を。
「あっ、なんだ真秀呂場だ。逃げよう」
「あらそう」
「チョイチョイチョイ待てぇいっ!?」
「げぇっ、生き返った!?」
思わず立ち止まってしまった。そんな律儀に言う事を聞く理由など無いのに。おかげで真秀呂場に捕まるのに。
「オォヤァァァ誰かと思えば
「オシマイの概念……」
怖くて目を合わせられなかった。というか白目をむいた。他人恐怖症という自分の性質ではなく、純粋に自分の頭一つ分ほど大きい人が目をカッ開き、頭から血を流して肩揺さぶってくるのは、ただ単純にビジュアルが怖い。
「あっ、のその……急に飛び出すのは危ない……ですよ」
「だよなー。次から気をつけるわー」
うっかりうっかり。帰ろうとする真秀呂場。
「いや違ぇよオメーどんだけ度胸据わってんだよ一方的に人のせいにするとかよォ!?」
「ギエエェェェェ僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない!!」
「現実逃避しないでチョーダイ!? オレ撥ねられたお前に轢かれたソレ事実!」
「オシマイオシマイオシマイオシマイ……」
──呪詛のように『オシマイ』と繰り返す。脳内では逮捕から人生の終わりまでのデッドエンドプランが完了しているからだ──。
見かねたのか真秀呂場が、咳払いを一つして肩を組む。
「ま〜、ホラアレだ。仮に骨折だ打撲だやってても、オメーを起訴するようなこたぁねーからさっ。安心しろよっ」
「あっ、ハイ」
めちゃめちゃピンピンしてるけど……。
「タダでさえ友達のいねぇオメーがさ、」
事実陳列罪!
「ちょっとやそっとの事でオレに嫌われるなんつーのは、動物園に来たけど思ったより動物達がアクション起こしてくれなかった時と同じぐらい、イヤだろうからよ」
撥ねられたのはちょっとどころじゃないだろ、その例えもなんなんだ。
「んでぇ〜、オレちっと気になってたんだけどよ。そのカゴに入ってる人形なんなん?」
「へあっ!?」
思わず声を挙げてしまった。別に後ろめたい事でもないのに。真秀呂場の言う人形とは紛れもない、ヒカリの事だ。
ヒカリの順応性は素早く的確で、既に瞼を閉じて全身の力を抜き、人形のフリモードに入っていた。
もし興味を持った真秀呂場がヒカリをベタベタ触ったらどうしよう……。ヒカリがキレて殴りでもしたら、動く人形としてあっという間にウワサが広がって、僕が世間から注目の的になってしまう! よりによって僕の力とも言い難いヒカリでだ……! そうなれば僕の平穏はブチ壊し! それに僕のヒカリに手を出して欲しくないっ! それが一番ヤダ!
「触っていいか〜?」
「うおぉぉやめろぉぉぉぉっ!!!」
「やあぁぁぁっ!?」
ドロップキックをブチかます!! 轢かれて蹴られて、不当な扱いを受けた真秀呂場の身は既にボロボロのズタズタであった。ついに地に伏せ動かなくなった!
「逃げるっ!!」
「面白いヤツね、彼」
「どこが!?」
「私も学校に行ってみたいわ」
「良くない!」
爆速でママチャリを漕ぎ、風を切って走り去る!
この時間なんだったんだチクショー! ヒカリとウキウキ早朝サイクリングだったっていうのに、とんでもない地雷踏まされた! あぁこの後の登校が憂鬱だ。オシマイの概念……。
*
学校に着き、教室に入り、辺りを警戒。
僕の席は窓際の一番前だ。対して真秀呂場の席は後ろから二番目真ん中の席、そこで友人らとワイキャイハシャいでる。
僕はバレぬようにと前の扉からコッソリ入り、素早く、足音も立てず自身の席に向かった。
しかしその予想に反して、真秀呂場は行動を起こす事はなかった!
真秀呂場が突っかかってこない。普段は僕が何もしてない時にこそ、壊れたオモチャみたいに絡んでくるクセに? もしや許されたのか、僕は!?
「タマキ」
呼びかけた声は野郎のものではない。そして馴染みの声だ。一瞬ビビりながらも、机の窓際側フックに吊り下げたスクールバッグをジジ〜っと開くと、その声の主がコッソリ頭を覗かせる。
「結局押しに負けて連れてきちゃったし……!」
ヒカリである。
ま~カワイイお人形さんに上目遣いでおねだりされたら断れる人類存在しませんよね~!
「あら、さっきの彼がいるわ」
「目を合わせちゃいけません、アイツはイカレてるんだから!」
「どうして?」
「えっ。…………え〜〜〜〜〜っと。普段は、ヒマそうな僕を見て、そういう時にわざわざ絡んできて…………」
ダメだ、どう言い訳しても僕に非がある感じになる……! 他人をワルモノ扱いできない……!
「ふぅん? 健全ね。何も無い時間に彩りを加えてくれる存在、そういう事ね」
ほら言わんこっちゃない! ヒカリの中で真秀呂場は完全に「愉快で良い奴」みたいな評価になってしまったぞ! それでヒカリの方から真秀呂場に興味を惹かせるような事態になったらどうしよう! 僕の学園生活は横に喧しい奴がいて過ぎ去る「友情エンド」ならぬ「狂騒エンド」だ! オシマイの概念!
「ターマーキっ」
「ギエアッ!?」
死神が終焉を告げに来たのかと思った。ツインテと長い触覚が4つの鎌で、赤みがかった髪色が返り血かと。しかしよく見たら、最近馴染みの人だった。
「あっ、
神子柴 もか。あと9日で辞めるバイト先の仲間だ。まさか本当に同じ学校だったとは……。
「『もか』で良いって言ったじゃない、タマキ」
「えっ、えっ」
「何その反応? 一昨日の事、もう忘れたワケ?」
適当に返事してたから分からん……推測しやすい事ではあるけど。
「えと、下の名前で呼んでいいみたいな」
「そうよ。『ハイ』って返事してくれたじゃない」
距離感バグってるんか?
「えと……何の用でしょうか」
「用なんて無いわよ、せっかくだから顔見に来ただけ」
「はぁ」
ウッソだろ、用も無いのに話しかけにきたの!? 陽キャヤバすぎる……。フットワーク軽すぎてそのうち富士山登って自撮りしてそう。
「ンねっ、何か気になる事とか無いの?」
「えっ!?」
気になる事!? まさか恋バナとかいうヤツ!? 僕みたいな色気ナシ女に男が寄り付くワケもなければ、僕みたいな学校のカスにコクられたらその相手が可哀想なぐらいなのに!? は、話逸らそ〜……。
「えと、このクラスには使われてない席があって……」
「あー、あの子の事かしら?」
あるの使われてない席!?
もかさんが自分の頬に人差し指を添えながら思考し、見つめた先は教室の真ん中席だった。
そう、僕には教室の賑わった空気がキラキラしているように感じられ、見ているとかき消えそうになる。なので教室の真ん中を見れてないのだ。教室のダンゴムシなのだ。
「……さすがに入院中だってのは知ってるわよね?」
「あっ、入院先までは知らないです」
ウソです今の今まで存在すら知りませんでした。
「へぇ、気になる? そんなら今日の放課後、一緒にお見舞いにでも行く? アタシ、あの子と友達だからさ」
「あっ、ハイ」
「決まりね! んじゃアタシは自分の教室戻るから、またね!」
「あっ、ハイ」
アクティブなもかさんは約束を取り付けると、すぐに教室を出ていってしまった。僕は……頭を抱えた……!
なんで断れないんだ僕は……! 初対面の人間が急にお見舞いに来ても気まずいだけだろ……!
「そういや真秀呂場。今日は我妻さんにちょっかい出さないのか?」
真秀呂場の友人との会話か、今のは!?
瞬時にイスの上で座禅を組んで心を無にし、明鏡止水に至り、自身の存在を感知させないよう試みた。普通に真秀呂場に見られ失敗した。
「ああ、良いんだよ。今日のアイツは用事があるみてぇだし」
「ハッ! あの我妻さんに友達が!?」
「いるハズの無い友達が我妻さんに!?」
事実で刺してくるなモブ共め……!
「彼、空気読んだわ。ホントに面白いヤツね」
「絶対アイツに興味持っちゃダメだよ……!」
何故ヒカリの中で真秀呂場の株がドンドン上がっていく……! いずれどれだけめんどくさいヤツなのか暴いてやるからな……!
────けど。
「絡まれないと、それはそれで寂しい……なんて」
最初っから、いつものダル絡みをすれば良い。ウザくて、鬱陶しくて、追い払えなくて。一人になりたい事が分からないヤツであればいい。
けどやっぱり、真秀呂場は僕の暇つぶしに付き合ってくれてたような気もする──。
「とにかく今は情報収集しよう……!」
ブンブン勢いよく首を振り思考を切り替える。初対面の人のお見舞い、そこで会話に困らない為に、お見舞い相手の情報収集を始めるのだった。
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