第9話 友達リサーチ
僕は普段、昼休みは誰も来ない一階階段下で昼食のお弁当を食べる。お母さんの手作り弁当だ。毎日作ってくれるお母さんに感謝。そしてそれを薄暗いネズミの通学路みたいな場所で頂いてる事に謝罪。せめてと僕が掃除するお陰で、あそこの埃は払われ謎の机が用意されている。
余談だが便所飯なんかしない。バッチィし、トイレは人が集まる場所だ。メリットが一切無いのである。落ち着いて食べていられるものか。アレを思いついた偽りの陰キャ、実行してしまう陰キャ青少年よ、今すぐその愚考を改め給え……!
「タマキ。動きがやかましいわよ」
しかし! 今日は恐怖を乗り越える為、そのマイルームでの食事ではない。さらにお母さんに「今日はいりません」などとウソ言ってアンパン片手に廊下へ移動。双眼鏡で教室を覗き込む!
「タマキ。目立ってるってば」
「そんな訳がないよ」
「ウッソでしょ。自分に対する観察眼と分析力は皆無ね……。んで、何してるのかしら?」
「ヤツが本当に僕との友達適正があるか観察してる」
「ヤツ……?」
指さすその方向には、教室の一角で駄弁っている3人の男子グループ。特に中心になっているのは、あの細目で角刈りの男子だ……!
「あら、真秀呂場ね」
「スキを見せちゃダメだ! いや違う、今は君のアイツへの印象じゃないんだぁぁぁ……! いいかい、僕はまず友達作りというものの基礎を学ぶべきかと考えた。天道さんという本番の前にね。ちょーどよく真秀呂場は友達いっぱいな上僕に無遠慮に近づいては友達ヅラしてくる。女の僕にか? いいや仮に同性だったとしてもクーリングオフ! しかしその理屈には学べるところがある。距離感の近さにどういう理由があるかでは作った友達とどう過ごしているか? それを調べる必要がある!」
「つまり友達リサーチね」
「あっ、うん」
僕の熱弁が一撃で粉砕されたっ……!
しょんぼりしていたその時である。真秀呂場グループに動きが表れた。一人の少女が教室へ入ってひょっこり駆け寄ってきたのである。
「おまた〜、
「よー、
「誰だ!?」
『恭二』って、真秀呂場の下の名前だ……!?
下の名前で呼べる間柄。この時点でとんでもなくハードルが高い!
そんな高いハードルをやすやす飛び越えた謎の少女。双眼鏡を覗き込んで訝しむ。
「あの子誰かしら?」
「他人怖いから見た事ないけど、他のクラスの人かな?」
少女は瑠璃色がかったボブカット、くせっ毛でボリュームがあり、センターで分けた髪型で、その分けた前髪により右目が隠れていた。それがよりふわふわした印象を与える。
服装は……男子向けのズボンか?
ここ星乃花高校は生徒の個性を重んじる学校だという事を思い出した。制服は決められているけど、一般的な男用女用の選択はおろか袖の長さなどの改造が容認されている。不良不可避な校則だけど、意外と見かけない。
なのでズボンやスカートというイニシャルだけで、男女の是非を問うことができない。冬は寒いという理由でズボンを着用する女子がいれば、芸術探求を理由にスカートを着用する男子もいる。
事実『彼方』と呼ばれた少女はズボンを着用し、パーカーを羽織っている。喋りの緩さや愛想の良さ、可愛らしい顔や髪も相まって、なんというか……釘付けになるっ!
「絵に描いたようなギャルやんけ……!」
「大人しくていい子そうね」
ふたりして彼方を凝視してたら、その彼女が懐から何やら本を出した。
「じゃーん! 例のブツ」
「「「ウヒョー!」」」
エロ本だ!
「やってること男子高校生ぃーっ!?」
「オレが本屋に顔利くからって、ホントはダメだぞー?」
オレっ娘なんだ。フワフワオレっ娘にエロ本の調達を……なんてヤツらだ!?
「いやいや助かりまっせ彼方様……」
「はいこれ、ドチャクソ性癖だって言ってたろ? あ、こっち三次元ね」
「女神……」「天使……」
「もー、あんま変な褒め方するとチンコへし折るぞー?」
「脅しこわっ……」
なんて呟きながら凝視してる僕も僕だけど……。にしてもずいぶん色とりどりに揃えてるな。うわっ、えっっっっ作家さん誰だろ。あれは〜? リアルなさんじげ……っ!!?!?
「愉快な男子高校生って印象ね。女の子混ざってるけど。あれ、タマキー?」
ヒカリの認識をも置き去りに、僕は光の速さで緊急避難していた。換気のため空いていた窓の枠にだ。今の僕はまさに、威嚇するネコ……!
「……どうしたのかしら?」
「僕はっ……! ああいう生身の人間の裸体はムリでっ……!」
「アナタお風呂入る時どうしてるの……!?」
「僕の体なんて価値ないからっ……! だから近寄るな三次元、シャーっ……!」
「降りといでー?」
「なんだ……?」「ヤバ……」「誰あの子……?」「どこのクラスの誰……!?」
和気あいあいとした高校の廊下は、困惑の渦と化していた。
*
「聞いたわよ、昼休みの奇行」
放課後。
「あっ、ゴメンなさい……」
「別に謝らなくていいって! アタシが被害を被ったわけじゃないんだし」
「あっ、そうですよね。ゴメンなさ……あっ、いや」
「喋りにくそ~ね~! アタシが聞きたいのは、何がそんなにアンタの精神を病ましたのかってコト!」
「あっ、女の人の裸体です」
もかさんが口をポカンと開け、脳内に宇宙のビジョン広がるネコのように呆然としてしまった。
「あっ、真秀呂場たちの様子伺ってたら、アイツら女の子にエロ本調達依頼してて、それで急に三次元の女の人のヤツが……」
「それはそれでよく分かんない状況ね……。なんだってアンタはコソコソ男子たちの覗きなんかやってたワケ?」
「あっ、そうですよね。というより真秀呂場を見極めてただけっていうか、けどやっぱあんなヤツに話しかけるなんて危険すぎるっていうか」
「……つまり?」
「あっ、えと、友達関係ってどういうのかってリサーチしてました……」
それを聞いたもかさんが、ふか〜く息を吸い込んで「はぁ〜っ」とドでかいため息を一つついた。それを見て思わずビクっとした。
「それなら一言『友達になってください』って言えば? そもそもそんな言葉すら、アタシは言う必要もないけど」
最強コミュ力……!
「あんね。そもそもリサーチとかなんとかいらないのよ、人間関係なんて。実際に話してみたら気が合ったとか、反りが合わないとか。そーゆーのを見極めて人間関係って成り立つモンなのよ。臆病すぎるのよ、アンタって」
「あっ……ハイ」
ついに説教されてしまった……!
「真秀呂場だっけ? 女の子にエロ本調達させてた奴。別にそいつと仲良くしようってワケじゃないんでしょ? というかアタシは止めるわね。アンタ、カワイイんだから。絶対に
「あっ、ハイ」
女の子って自分よりブスだと感じてる人ほどカワイイって言う邪推を聞いた事がある。僕に関しては妥当。そんな僕の事を真秀呂場はオモチャとしか見てないから多分、大丈夫。
「そう考えるとアンタって儚い存在っていうか、要介護人物っていうか、絶滅危惧種っていうか……」
そのひっくぅ~い評価に僕の自己肯定感がドンドン霧のように消滅していくぅぅぅ……!
「ともかく今日は真っ直ぐ家に帰ることっ! 寄り道しちゃダメよ! わかった?」
「あっ、ハイ」
小学生に言い聞かせる先生か。
「じゃ、バイバイ!」
「あっ、さようなら」
釣られて帰りのあいさつみたく言っちゃったし!
*
「タマキ、おうちと違う方向よ? ホラアッチ。もかの言いつけ守らないと」
ヒカリがひょこっとバッグから顔を覗かせ、来た道を指さした。冬の陽が落ちるのは早い。用が無ければすぐにでも暖かいお家へ帰りたくなるというのは、きっと誰だってそう思うだろう。だが、僕はプイプイっと首を振る。
「君も保護者みたいな言い方だと思ってたんだ……。今日はちょっとね。若人の遊びってヤツをちゃんと見てみたくて」
「どういうこと?」
「友達リサーチはああ言われたけど、友達とどう過ごしたいかっていうのは個々によるでしょ? さすがに……。だから僕なりにやってみたい事を見ておこうかと思って」
「あら熱心ね。アナタの洞察力は、そんなマメなトコが由来なのね。好きよ」
「ウェヒヒ、ありがと」
(こーゆークセの強いトコはどうかと思うのだけど)
そうして到着したのは
「という訳でこの双眼鏡で……」
「またソレ!」
目をパチクリ。駅前デッキからスナイパーのように見下ろす僕の目に最初に留まったのは、クレープを買い食いするJKグループ!
下校中に買い食いする高校生、実在したのか……!? このあとの夕食を一切考慮に入れず、エネルギーの過剰摂取にいそしむという、あの!?
「もの食いながら喋れるものか! 次!」
次に見えたのはゲーセン内でクレーンゲームに熱中する男子高校生!
「耳がオシマイになる! 陽キャ臭いしウェイ臭い! 次!」
この世界の光の象徴、イチャつく高校生カップル!
「ゲボボ~ッ!!」
「う~ん、原因ここにありね」
「結局日陰者の人間不信根暗陰キャは家にいるのが一番落ち着くんだ……」
「むむっ、見なさいタマキ。いま駅から出てきたわ」
「真横じゃん。なんだ~?」
双眼鏡で駅を見てみると、そこにはよく知る者の顔が。薄い顔に細目の角刈り男子が。
真秀呂場ーっ!?
「こんなトコでまでアイツと鉢合わせ……。オシマイの概念……」
「そうじゃないわ。真秀呂場も大事だけど、」
「うん、捨て置こう」
「その後ろよ」
考えてみたらそもそも真秀呂場は僕に気づいていない。こんな所で遭遇するとは微塵も思っていないのだろう。友達も周りにいないし、一人でここに用事があるのだ。だからこそ目立つのだ、その真秀呂場に付かず離れずの距離を保つ、同じ星乃花高校の男子の存在が。
「何やってんだろあの人……。真秀呂場なんてコソコソ覗いても面白くないのに」
その男子はボタンを閉めキッチリとブレザーを着て、髪もマッシュショートにカットしてあり生真面目さと清潔感が伺える。一方で元々ツリ目なのか、それが眉間にシワを寄せてより際立っている。見るからにイラだっていて落ち着きない様子であった。
「尾行ね」
「だとしたら恨みを買ったか!?」
「さすがに彼への評価が酷すぎないかしら? だとしたら私、ほっとけないし」
「……まあ、僕も気になる」
ふたりで興味を引かれ、尾行の尾行を始めていた。駅を離れ、繁華街から逸れ、街灯りが目の頼りになる小道に入っていた。気づけば陽も落ちきって、空の主役は月になっていた。
「こんな所に真秀呂場はなんの用事あるのかしら?」
「アニメグッズの専門店とかかな」
「駅周辺には無いのかしら?」
「無くはないよ。けどドンキの中にヒッソリあるぐらいだから。ここにあるヤツはもう少し大きかった筈」
「なるほど、何となく分かるかも。その後で色んなトコを回ったりして目当ての物とか、なんか目についたグッズを求めるのよね」
「……なんか、一週間足らずで染まってる?」
「何に?」
「オタクに」
「良い事ね」
「そうかな……」
「何かに熱中できるってステキな事なのよ」
「一理あるが……!」
そうしてコンビでワイキャイやったら、尾行していた男子がついに行動を起こす。ビルの物陰に身を潜め、様子を伺うように真秀呂場を覗き込むのだ。僕も慌てて電信柱の陰にしゃがんで隠れ、顔を覗かせる。
「目立つわね」
「大丈夫だよ、気づいてない。けど急に何を……」
男子が何かを取り出すような所作で左腕をユラリと動かす。それと共に腕から何かが分離するようにして現れる。僕はその存在を知っていた──。
あれって、リンカー……!? あの人、リンカー能力者なのか!? それが何をしようと!?
現れたリンカーの部位は、再寧の時に見たような、人の形としてのもう一本の左腕ではなかった。赤くツヤのある機械のようで、腕の先にあたる部分には黒く覗く大きな銃口。それらと、生物のような『弧』ではなく『線』の特徴から、ロボットのキャノン砲とでも称すべき代物だった。その銃口が、真秀呂場に向けられ──!
「──っ! ヒカリ!」
「ええ、いつでも」
男子の左腕から伸びたキャノン砲へ、ヒカリの指先が向けられる。
「ニンヒト!」
その指先に光が集束、束となってキャノン砲を撃ち、男を怯ませる!
突然の攻撃。男子はギロリとその発射地点──僕を睨みつける。
「……今の、お前か?」
僕も怯んだ。思ってたより怖い顔を向けられたからだ。
「あっ、あああのいやそうそうそうだお前何やってんだ今の大砲はコラぁ〜……」
「見えてるのか、これが? うわっ。初めて会ったぞ、同じような力を持ってるヤツ」
「何っ、やってんだって、聞いてるんっ、んんっ、ですけどっ」
「は? 見てわかるだろ、これが見えるんなら、しかも攻撃してきたんなら尚っさら。アイツ撃とうとしてたんだよ」
「なっ、なななんで……?」
「昼休み中、あいつらのグループがギャアギャアうるさかったのさ。エロ本がどうとか。俺の飲み物倒されるし。俺はただ友達のクラスだから来てただけなのにな!」
「理由よっわ!? そんなしょうもない理由でこんな事を!?」
昼休みって陰陽関係なく騒いでるものだし、喋ってないのなんて僕みたいなぼっちぐらいだよ!
「ハァ〜、メンドくさいなお前! ロクデナシ教師が憂さ晴らしでキレてくるのとか、露骨に見下した態度取るのもスゲェムカつくだろ。俺は不良でもなんでもなく、大人しい生徒として過ごしてるのに、ただ目についただけで! だから俺がムカついたら嫌がらせしてやるのさ! 俺はずぅ〜っとそうしてスカっとしてきたんだよ!」
矛盾だらけだ! 大人しいのならこんな事しないし、ムカついたのならその教師とやらに面と向かって言ってやればいいのに! しかもリンカー能力を使わなくったっていいのに! コイツ、ものの善し悪しの分別ついてないのか!? どんな能力か知らない。けどケガをさせるぐらいなら、いいやものによっては命を奪うことだってできるリンカーを使って、人を襲おうと!? それを幾度も!?
「……とととっ、取り返しのつかない事になる、ぞっ」
「なんだァ、そのセリフ。脅しのつもりか? ビビってんのが目に見えてんだよなぁ!?」
コイツヤバいヤツかも突然キレたらどうしよう探偵さんはまだ冷静だったからマシだったかも自分の力を制御できなくてケガさせてるだろうし大丈夫大丈夫若者特有の強い言葉使ってるのみに候う是即ち
「ぶぶぶぶっ飛ばすぞコラァ〜……」
「タマキ。色々台無しよ」
「なんだコイツ……一人で一方的に話してきて。その人形みたいなのが話してたか? それがお前の俺と似たような力か?」
ふんっ、ふんっ! と頷いて頑張って虚勢を張ってみせた。自分でも恐怖でパニくってきてるのが分かっていた。
「ただでさえ
男子は号令を下すように、左腕を上げて念を込める。リンカーを出すつもりだ。男子から現れるビジョン、それは、リンカーがリンカー能力者にしか見えないというルールが無かったなら、街がパニックになっていたか、リンカー能力者が世界中に認知されていたであろう、そう思わせる代物だった。
先のキャノン砲から伺えた特徴は、見ての通りの印象であった。赤く、四角形で構成されたそのボディ。全高10メートルはあろうそのシルエット──!
「ロロロロ、ロボットぉ────っ!?」
「『ザ・シューター』! 撃ちぬけェ!!」
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