第10話 任せろよ、がーさい!
夜闇を裂き、2、3階程度の建物と並ぶ高さを誇る赤いロボットがそびえる。名も知らぬ男子高校生のリンカー、彼が呼んだその名は『ザ・シューター』。その左腕のキャノンが、僕らを捉えていた!
「タマキっ!」
ヒカリがバッグから飛び出す!
乱射される弾丸。僕は伏せられた。手から放れ、宙を舞うバッグ。ぶちまけられるノートに筆箱その中身。
元いた地点に転がっていたのは、空き缶であった。その衝撃でスクラップとなっていたその缶、僕は缶を持ってなどいなかったのに……?
「なんだ……? 缶が、弾……?」
「うぅ……。いったいわねぇ」
「ヒカリ!? まさか今の攻撃を食らったの!?」
背中を殴打したんだ! その衝撃で僕ごと倒れて、気づかなかった……! けどそれって、僕とダメージが共有されていないのか? リンカーは本体とダメージを共有する筈じゃ?
「場所がいい。
「補充? ……そういう能力か!」
ともかくベラベラ喋ってくれるおかげで能力の詳細は解った。『物を発射する能力』だ。多分、あの細長いキャノン砲に収まれば何でも発射できる。缶でもペットボトルでもビンでも。ビニール袋や雑誌、コーンに植木鉢まであるぞ! これじゃ『ザ・トラッシュ』だ!
「ヒカリ、大丈夫?!」
「侮られたものね。アイツをブッ倒すぐらいならなんてことないわ」
「大した胆力だよ!」
とはいえどうする? あのロボットの
だからこそ、見極めるべき
ヒカリを抱え、咄嗟に地面を蹴り上げて駆け出す。この目に真っ直ぐ、巨大ロボットのキャノン砲を見定めていた。
「なっ……! 逃がすか!」
敵本体の男子は、さっきまでビビってた女とは思えぬその積極的な行動に、思わず身構えた。ランダムに動き回る僕へ向けようと、キャノン砲の銃口がジリジリと動く。放たれる
思った通りだ、スピードは鈍い! 虫やネズミみたいな小さい動物から見たら、人間の動きは遅く見えるのだという。人間から見た風車みたいな巨大建造物も同じように遅く見える。運動の第二法則だ。質量が大きいほど慣性も大きくなり、物体は加速しにくくなる!
そして──!
「ニンヒト!」
僕とヒカリが指を向けた方向へ、光弾が放たれる。『ニンヒト』の光だ。夜道を翔ける3つの束がロボットの足首関節を、敵本体を打つ!
「いっ……!?」
男子は自らに飛んできた光弾はかろうじてガード出来た。しかし、自らに走る足首へのダメージに戸惑い、コンクリートの大地に膝をつく。
「硬そうなアーマーだ。けど見えたぞ、弱点は3つだ。1つ、質量の大きさによる鈍さ。2つ、その質量による関節の脆さ。3つ、本体の無防備さ! 今、確信を得た!」
「……理解したよ。『ザ・シューター』は俺が召喚するロボットじゃなくって、俺と繋がってる精神体みたいなものだと。得意気に弱点並べやがって、おかげで痛ぇよ。だが、俺が追えもしないターゲット相手に、ヤケクソで撃ちまくったとでも?」
「──! タマキ、周りを!」
ヒカリは声をあげた。僕らの周りを『ザ・シューター』が乱射したゴミ山が埋めつくしていたからだ。逃げ道の足場を悪くし、塞いでいたからだ!
「安心して。この程度の発想なら予想できてる。それよりアイツの一挙手一投足を注視するんだ」
敵本体が手に何かを持っていた。それをさらに拾っている。
「あれって……」
「ライターだ。けどそれでこれらを燃やそうというのなら可燃性が足りない。缶やビンの不燃性物質に阻害されるし、雑誌だって湿気を帯びてる。ちょっと火を着けても意味は無い。問題は──」
幾つか拾ったところで、それらを『ザ・シューター』の左腕へと投げこもうとする!
「そのオイルを燃料とする行為! あれだけは弾くんだヒカリ! ニンヒト!」
光弾はライターを撃ち破壊する。幾つかは入ったものの、それら数本だけで燃やせる程では無い。それでも僕は焦りを隠せないでいた。
「そして僕もこんな所でのんびりする理由はない! 頑張ってこの汚臭にまみれた足場の悪いゴミ溜めを往かなくっちゃならない訳だ!」
「気をつけて、タマキ」
グシャリ、ベコッ。ローファーがゴミ山を踏みしめる。うっかり躓かないように、そして本体にもスキを見せないように。足元と敵を交互に素早く見る。
「ニンヒト、ニンヒト……!」
ロングスカートだから足開くのに小回りが利かない! だからといってミニスカは履きたくない、僕のカワイイ服とか需要ないから!
「鬱陶しいヤツ……! 逃げようがもう関係ないって事を理解してないな!?」
「分かってるよそんな事! やってみろ、自分だって危ないぞ!」
「じゃあやるよ!! ファイヤーっ!!」
「いややめやめやめやめぇーっ!!?」
ヤバイヤバイマジで撃ってくるぞ無鉄砲に!? やっぱり発射するものを選んでたのか、可燃性の物質を手元に残してたのか!
僕はせいぜい、ゴミ山で取り囲んで動けなくなったところを狙う程度の事をしてくると思っていた! それならニンヒトの勢いですぐさま脱出すればいいだけだ、今やらないのは、ただ回避より妨害を優先しただけだ! そうしなくちゃ危険なんだよ!
そう。圧縮したオイルガスなんか放出したら、ガス爆発が起きてリンカー、つまり自分の左腕まで吹き飛ぶかもしれないのが分かってない──!
「僕の最大の誤算は、コイツが向う見ずな事にあった!! 最大出力のニンヒトだ、ヒカリ! すぐにこの場を離れる!!」
「っ! こうかしら!」
地面を指差し、角度を付けさせ──!
「ニンヒトッ!!」
一本の極太レーザーを放出し、水圧ロケットの要領で飛び上がる!
大きな爆発音と共に、僕らが元いた場所へ炎が放たれた。自爆だ。『ザ・シューター』の左腕から煙が上がり、辺りのゴミ山には火が点在する。見れば敵本体は苦しみ呻いて地面に倒れていた。
「や、やった……! 上手く逃げたぞ! アイツも悪運が強いヤツだ、爆発もロボットの左腕がボロボロになるぐらいだ……! その、死んでないよな……?」
なんで僕はあんな爆弾ブチギレヤローを心配してるんだ……! あんなのどうなろうと自業自得だ! クソ、こんな時に強盗に殺された店長のことを思い出しちゃうし……!
「タマキ、戦闘のストレスかしら? 顔色悪いわよ」
「なっ……なんでもないよっ」
呼吸まで荒くなっていたのか? 考えるのを一回やめよう、疲れた。ともかく戦闘は終わったんだ。安心して──。
「タマキ!」
「え? ──ヒカリ!?」
その瞬間だった。ヒカリが腕から飛び出し、飛来してきた物体を、わずか三頭身の体で受け止めたのだ……!
鉄の塊だ……! 焼けた地面に転がってるのは、缶をスクラップみたくギュウギュウに詰めた弾丸だ!
「今日はどうにも痛い目に遭う日みたい。おやつにタマキの分のプリンを二個も食べちゃった所為かしら」
「それはあとで追及するとして……! ヒカリ、なんてムチャを!」
「私の心配より、来るわよ右へ避けて!」
その指示を受け、倒れ込むように咄嗟にかわす!
次の瞬間、僕が立っていた場に、先ほどと同じような鉄の塊が虚空を割いた!
まだ戦闘は終わっていない! ヒカリを抱えてすぐに立ち上がり、電信柱を盾に隠れる。敵本体がユラリと立ち上がるのが見えた。
制服にダメージは無いけど、袖の隙間から血が滴ってる。服を貫通して腕にキズを受けたみたいに。リンカーがダメージを受けた左腕と同じように、それが伝わっているんだ!
「畜生がよぉぉぉぉぉ畜生がぁっ!! 俺は真っ当に生きてんだぞ、誰かに迷惑かけたりなんかしてないのに、それをどうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだよォォォォォ!!」
「危ないって言っただろ、自業自得だ!」
「うるせぇ!! 全部お前のせいだ、邪魔せず真秀呂場を撃たせときゃこんな事には! お前から消えろ!!」
乱射してきた、やけっぱちだ! 遠くで喧騒が木霊する路地裏に、鉄塊が散乱する、炸裂音が響く!
「お、お前ヤバいぞ……! 僕になんの恨みがあるんだ!? ある訳がない、元の憎悪の矛先は僕じゃないんだからっ! そうでなくても、ここまでの捨て身と執念を張るほどか!?」
「俺が気持ちよくないからだよ。誰だって幸せになりたいだろ。だから不幸の芽は摘むんだよ。そうすれば自分を越えられるってっ!!」
「な、何が……?」
疑問を口にしようとすると、それを遮って一際大きな炸裂音が響いた。物陰としていた電信柱がひしゃげたのだ。今にも折れそうで、それどころか倒れそうで、安全は危険に裏返る。
すぐさまその場を離れ、同時に敵を見据えて身構える。物陰から出る行為は、あの鉄塊に真っ向から立ち向かわなくてはならない事を意味しているからだ。
「ニンヒトの一撃を当てるか……!? この距離で、急所に当てて!?」
「私、ビリー・ザ・キッドじゃないのよ。距離もそうだし、アナタがこの鉄の雨を避けながら私が狙い撃つのもムチャ!」
「かといって君を離しても狙われるだけ……! いいや、ニンヒト!」
本体を狙う光。しかし、本体は『ザ・シューター』の足元を盾として避けてしまった!
「こうすりゃよォ、お前らは俺に当てられない。関節の痛みはこの際、気にしない事にする。『ザ・シューター』の関節が脆くても、その胴体は鋼の肉体! そんなショボいビームじゃ致命傷とはならないからだ!」
キャノン砲が僕らに向けられる。黒く覗くその銃口、まるで呑み込まれるかのように不気味で、ブラックホールのようであった。少なくとも僕にはそう見えた!
関節を狙って体勢を崩すか……!? いいや、時間がかかるしスキを見せる事になる! 現実的じゃない! あんなのを街中に放置するのは気にかかるけど……!
「撤退だヒカリ! 敵の遅さを突いて、一度この場を離れる!」
「一時撤退ね。ええ、あくまで一時的。あとで絶対に吠え面かかせる為の戦略的撤退ね」
「負けず嫌いだね!? よく輪ちゃんと仲良くゲームできる! ニ……っ!」
ダメだ、軌道を読まれてる! 今のヤツの反応はそうだった、目線をそらしたその一瞬を見逃さなかった! は、走って逃げるしかないのか……!?
「うおおぉぉぉ横移動ぅぉぉっ!」
「分かりやすいっ! 喰らえやァァァァッ!!」
このまま逃げ切るか、捉えられるか。『ザ・シューター』の砲身から金属の擦れ合う音が響き、鉄塊が放たれた。それは猛牛のように、真っ直ぐに、猛々しく。僕らを打ち倒さんと襲いかかる──!
「──『ロード・オブ・ザ・スピード』!」
声が響いた。次の瞬間だった。確かに撃たれ、空を切った筈の鉄塊。それが90度の不自然な急カーブに曲がり、ビルへ突っ込んで土煙が舞う。
ヒカリを抱え、立ち尽くしていた僕は目を見開く。
「……今のは、その声は……!?」
理解が追いつかなかった。この状況も、
その存在は全身をアーマーが覆っていた。金属が光を反射し、夜の街を映し出していた。ヘルメットのような緑の仮面で顔を隠していた。その声を、仮面の下から覗くその顔を、僕はよく知っていた。しかし、こんな姿は見たことがない。その出で立ちはまさに──!
「まさに彼は、ヒーローだったのね」
ヒカリは称した。
「お、お前ェ……! ザ・シュ──」
声が遮られる。同時に目の前の人物の姿も消えていた。気づけば敵本体が「うげっ」と呻きを漏らしていた。『ザ・シューター』の胴体目掛けて、先の人物がジャンプアッパーを炸裂させていたのだ!
「オレの名前は『フラッシュマン』! 光速のヴィジョンについてこれるかよぉ!」
「お前、真秀呂場ぁ!?」
クラスメイトの、真秀呂場 恭二! 自身の倍以上の巨躯を誇る赤いロボットを殴り倒し、空を舞う宙返りで僕らの前へ降り立った!
「真秀呂場! ……ですよね? えと、その『フラッシュマン』って言ってた能力、お前もリンカー能力者だったの!?」
「イヤイヤ、オレが『フラッシュマン』! 能力は『ロード・オブ・ザ・スピード』!」
「「……???」」
何を言ってるんだ? コイツは……。
「お前ェ……! オマエオマエオマエェ!!」
喚き散らす声にピクリと反応する僕ら3名。敵本体が再び立ち上がったのだ。
「真秀呂場! アイツはとにかくヤバイ! 能力がどうこう以上に、アイツの無鉄砲さがだ! 左腕を見て。あれだけのダメージを負ってなお、銃撃を止めない異常な執念を持ってる! 攻撃が始まるぞ!」
「そうなのか、それはマズイぞ我妻! 『ロード・オブ・ザ・スピード』は5秒の間、一万倍の速さで動くことができる!」
「一万倍!? そんな強力な能力なら……!」
「けど能力を使ったら元の時間での最短使用は5秒! 5秒のタイムラグが発生するんだ、連続使用した今は30秒ぐらい掛かるんだぜ!」
「いやあの、それならちゃんと倒してー!?」
「しかぁしっ! オレ自身が残ってる! この『フラッシュマン』が相手になってやるぜ!」
真秀呂場が拳を握り、右腕を引き寄せ腰を落とす。ファイティングポーズだ、臨戦態勢だ!
「任せろよ、がーさい!」
頼れる背中を向け、真秀呂場──『フラッシュマン』が夜の街へ繰り出す!
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